第13章 最前線は精霊学園 ~その1~
「ごほっ、ごほっ! 申し訳ありません、劉永福さま」
ホテルの一室にあるベッドに横たったまま、馮雲山は黒旗軍の提督に謝罪した。
精霊魔法の集中攻撃を浴び、しばらく戦闘不能の状態に陥ってしまったのだ。
「ちっ、使えねえ奴だなあ! 次が本命の作戦なんだぞ? おい、陸遜! もっと腕の良い医者を連れてこい!!」
苛立たしげに劉永福は、陸遜に怒鳴りつけた。
ある意味、自分の采配ミスで馮雲山は大怪我したのである。
八つ当たりに他ならなかった。
「無茶を仰らないでいただきたい。今でも最高の医者に高い金を払ってますよ?」
それこそ母国では受けられないほどの治療を施している、とは陸遜は言わない。
だからこそ馮雲山はわずかな期間で、意識は明瞭となり会話ができるほどまでに回復したのだ。
「ふん! 仕方ねえ、おめえ抜きでやるか」
不機嫌なオーラをまき散らしながら、劉永福は部屋から出て行く。
本命の作戦とはいえ、先の戦いよりも楽になることが確実だった。
学校を襲撃するのである。
黒旗軍がその偉容をもって押し寄せれば、それだけで学生は逃げ出すはずだ。
そして例の精霊石モドキを奪う。
たった、それだけのことだった。
馮雲山がいなくとも問題無いのだ。
「よく、あんな人のもとで戦っていられますね」
劉永福の大きい足音が完全に消えてから、陸遜は口を開いた。
「確かに仰る通りですし、味方を巻き込んだりします。だけど黒旗軍は解散しないし、強い」
そのように馮雲山は断言する。
チベットで雷帝に不覚を取ったとはいえ、それまでは連戦連勝だったのだ。
劉永福が味方も一緒に精霊魔法で吹き飛ばしてしまうが、それでも生き残る兵もいる。
精霊魔法に耐えられるだけの強さを身に付けている故だった。
生き残りたければ強くなれ!
これは戦いを生業にする者なら、常識的な考えだ。
陸遜は戦場に身を置く人間ではないため、理解しづらい話ではある。
「ですが馮雲山。今度の相手は、一筋縄ではいかないと思いますよ?」
「それはどういう事だ、陸遜? 何か知っているのか?」
「はて。聞かれたことは全て包み隠さず情報を提供しましたよ」
意味ありげな陸遜の言い回しに、馮雲山の胸をじわじわと不安が占めていく。
聞かれた事は、間違いなく教えた。
しかし聞かれていない事まで、わざわざ教えるような真似はしない。
知りたければ自分で少しは調べろというものだ。
横暴な黒旗軍に陸遜が友好的になるはずがなかった。
伏せてある情報は、いくらでもある。
雷帝に匹敵する火の王がいること。
精霊学園第三分校には香港四天王を単独で撃破した精霊使いが2人もいること。
極めつけは母国が黒旗軍を切り捨てたこと。
さらに……。
「何を隠している! 陸遜、教えろ!!」
冷笑を瞳に湛えている陸遜を目の当たりにし、馮雲山は総毛立つ。
「全力で治療しても全快しなかった、あなたは運が良い。全てが終わるまで、ここでゆっくりしていてください」
「それは一体どういう意味だ、陸遜!」
「馮雲山、あなたは精霊使いでしたね。ならばこれが何か、わかると思います」
陸遜は近くに置いてあった石を馮雲山に手渡した。
てっきりオブジェだとばかり馮雲山は思っていたが、違うらしい。
「この石が、どうしたんだ?」
まじまじと馮雲山が手渡された石を見ていると、この部屋に孫虎江と王慧琳の2人が顔を見せる。
どうやら陸遜を探していたようだ。
「後始末は、おふたりに任せましたよ」
陸遜は孫虎江と王慧琳に、ある仕事の依頼をしてあった。
「それは引き受けるが、馮雲山に例の石を見せて大丈夫なのか?」
焼けただれた顔を孫虎江は馮雲山に向ける。
黒旗軍の副官に対し、不用意だと思ったのだ。
「大丈夫だから、見せたのでしょう?」
「王の言う通りですよ。彼が黒旗軍に合流することは、未来永劫ありえませんので」
不穏極まる発言を陸遜は、あえて聞こえるようにした。
それを耳にした馮雲山は気が気でない。
まさか……。
「安心して下さい。あなたを殺したりはしませんよ。それより、その石はどうです?」
朗らかに陸遜は微笑みかけた。
問われた馮雲山は、手の中にある石に改めて集中する。
「微弱だが、精霊力を感じるな。しかし、これでは精霊魔法が1回放てるかどうかというところだろう」
無いよりはあった方がいい。
馮雲山にとって、その程度の代物だ。
どうして、こんな取るに足らない物の感想を聞いてきたのか馮雲山には理解できなかった。
次の言葉を聞くまでは。
「それが例の人工精霊石ですよ。或いは廉価版精霊石と言った方がいいかもしれませんね」
何かとても重要な事を陸遜はさらっと口にしたように、馮雲山の耳には聞こえた。
「今、人工精霊石って言ったか?」
恐る恐る、馮雲山は震える声で訊ねる。
もし、その通りなら黒旗軍がやろうとしていることは……。
「ええ、言いましたよ。馮雲山、今あなたが手にしている石が、黒旗軍に奪取するよう命じられた人工精霊石です」
「な! それでは我々、黒旗軍は一体何のために戦うのだ?」
「それは自分自身でお考えください」
「陸遜! 提督を呼び戻してくれ、頼む!!」
頭を下げ、馮雲山は必死の懇願を行う。
しかし、それは徒労に終わった。
「無理ですよ。母国の命令に逆らう訳にはいきません」
陸遜は無情な返答を告げる。
あくまで表向きの話であって、都合が悪い命令は裏から手を回して帳尻を合わせる、もしくはより大きい成果を差し出すのだが。
「政府が黒旗軍に、見切りをつけたのか」
馮雲山の胸が、今度は絶望で塗りつぶされた。
孫虎江と王慧琳に頼んだ後始末というのは、黒旗軍の生き残りを片付けることだろう。
もはや馮雲山に切るべきカードは残されていなかった。
精霊学園第三分校をわずかな犠牲で制圧し、戦力を温存したまま帰ってくるのを待つしかない。
ふと我に返れば、すでに孫虎江と王慧琳の気配が消えている。
動けぬ我が身が、馮雲山はとても腹立たしくて仕方なかった。
「なあ陸遜。この石、どうやって手に入れた?」
「簡単な事ですよ。精霊学園第三分校に、協力者がいるんですよ」
「その協力者に、こっそり盗んできてもらったというわけか」
「正解です。ただ、その協力者は最近、見返りの要求がエスカレートしてきて、使えなくなってしまったのが残念でしてね」
要するに陸遜は、その協力者を切ったのだ。
まず黒旗軍が精霊学園第三分校を襲撃する極めて正確な時間を伝える。
そのうえで、精霊レンジャー課に内通者の存在を知らせた。
たったそれだけだ。
それだけだが、襲撃の日時を把握しているという事実が内通を証明してくれるだろう。
「きっと今ごろは捕まっているはずです」
陸遜の情報網には、しっかりと精霊レンジャー課のことが含まれている。
あの片頬を歪めた笑みを浮かべる男が、ヘタを打つはずがないと信じていた。
「教師が内通しているとは、世も末だな」
「気が合うなダーリン。私もそう思っていたところだ」
風紀委員の委員長と下っ端1年生は、日南からもたらされた情報そのままに内通者を捕えた。
生徒が教師を捕まえるというのもどうかと思うが、これも精霊学園ならではの光景かもしれない。
「介錯をしてやるから、腹を切れ!」
愛刀を抜いたことから、汐莉が本気で言っているのがわかる。
「壬生先輩、あとは警察に任せましょう」
さすがに悠斗は押し留めた。
それに、まるで物を捨てるかのように内通者が処分されたのも気になる。
主として誰に協力していたのか、聞きださなければならない。
内通者の奥で糸を引いている黒幕こそが、真の犯人なのだから。
「それに黒旗軍の襲撃まで、もう時間がありません。早く生徒を避難させないと」
そろそろ内通者が自白した時刻が訪れる。
黒旗軍の方が悠斗は気がかりだった。
「大丈夫だ、ダーリン。茉夏が手を打っている」
「蒼会長が?」
悠斗が首を傾げ、しばらくすると学園中のスピーカーから独特の効果音が流れだし、全校放送が始まった。
声の主は精霊学園第三分校の生徒会長以外に有り得ない。
「生徒会より、精霊学園第三分校の全生徒に連絡します。これより我が校は黒旗軍なる武装勢力と戦闘状態に入ります。これは訓練でも演習でもありません。繰り返します。生徒会より……」
悠斗は唖然としてしまった。
確かにこれなら間違いないけども。
「戦う気のある奴だけ戦えばいいのさ。逃げた者が咎められることはない。茉夏は生徒達に選択肢を与えているんだ」
「確かに、壬生先輩の言う通りですが……」
「すでに織姫さんを中心として、生徒会が避難誘導している。生徒達を巻き込んでいるわけではないさ」
やっぱり精霊学園で生徒会長や風紀委員長を任される人間は、どこか違うのだなと悠斗は痛感した。
自分は一兵卒の視点から抜け出せない。
「もちろん風紀委員は戦闘に参加する。行くぞ、ダーリン!」
近くにいた生徒に内通者を任せ、汐莉は床を蹴った。
「まあ、そうだよな」
悠斗は口角を引きつらせつつも、汐莉の後に続く。
特一級精霊使いとしての肩書もある自分が、ここで避難する側に回るわけにはいかない。
2人が校舎の外へ出ようと急いでいると、轟音と共に廊下が激しく揺れ出した。
いよいよ本格的な戦闘に突入したようである。
「来たか」
悠斗の顔は、一瞬前とは別人のように変わっていた。




