第12章 遭遇戦 an encounter ~その4~
「すまん。助けてくれて、ありがとう」
謝罪なのか礼なのか、何だか良くわからない言葉を悠斗は口にした。
だが素直に言えるようになっただけ、変わったのだ。
「あとは私たちがやろう。古式さん、ダーリンのことを頼む」
汐莉は腰に差してある愛刀を抜いた。
今度は本格的な剣士である。
アブー・バクルも悠斗相手のようにはいかない。
「凍結の嵐!」
しかし、ここで真っ先に動いたのは織姫だった。
兄を傷付けられて黙っていられるはずがない。
氷姫の目に闘志が宿る。
「火炎の障壁!」
アブー・バクルは落ち着いて対処する。
火炎の障壁は凍結の嵐を通さないが、その防御力は流石に低下した。
そこへ何ら躊躇せず迅雷を発動させ、汐莉は一目散に飛び込んだ。
炎がまとわりつく前に、驚異的なスピードで火炎の障壁を突き抜ける。
「はっ!」
気合のこもった掛け声と共に、汐莉は愛刀を横へと一閃した。
だが愛刀は空を切る。
すでにアブー・バクルは後方へ下がっていたからだ。
これまでの戦闘でアブー・バクルは己の精霊力を酷使していた。
新たに現れた可愛らしい精霊使い3人も、かなり手強そうである。
「また会おう」
エジプトアラビア語でそう告げると、アブー・バクルは撤退を決意した。
小さい閃光の精霊魔法を放ち、公園から離脱することに専念する。
幸い誰も追いかける余裕はないようだ。
まんまとアブー・バクルは無事に逃げおおせた。
「ふん、逃げたか」
近くにいた汐莉が視界を奪われ、一番被害を受け追撃が不可能となってしまったのだ。
「炎のお兄さんも、隅に置けないねえ」
しみじみとケルベロスは言った。
途中から観戦モードに入り、悠斗とアブー・バクルの戦いを眺めていたら美少女3人が乱入してきたのである。
もちろん悠斗が殺されそうになったら、本格的に介入する予定だった。
しかし、その必要はないと判断しニヤニヤしていたのだ。
「誰が本命なの?」
「ほっとけ!」
「やれやれ。誰も選ばないと、全員が傷つくよ?」
「子供が利いた風な口を叩くな」
悠斗は辟易したような渋い表情を浮かべる。
確かケルベロスの実年齢は小学生の範疇のはずだ。
はっきり言って小生意気である。
「江東の虎がいたな」
愛刀を鞘に収めながら、汐莉が口に出した固有名詞に一同は皆厳しい顔つきになった。
ただ1人、ケルベロスを除いて。
「あと1歩という所で、例のアブー・バクルに邪魔されたよ」
「そうか。残念だったな、ダーリン」
「ええ、とても残念ですよ」
ごくわずかな間、悠斗は沈痛な面持ちになるものの、すぐさま元通りの顔に戻す。
それを目にした織姫の胸中は複雑だった。
江東の虎が悠斗の両親を巻き込まなければ、悠斗は紅家に来なかったからである。
「あれが林彩華の言っていた黒旗軍ですか。いかにも無法者といった感じですね」
精霊レンジャー課から、当然連絡のあった総司は公園の戦いの一部始終を見ていた。
何というか、とにかく力押ししか考えていない。
もちろん精霊使いとしての実力は、それなりにある。
ただ、それだけだ。
総司の目には、さほど脅威には映らなかった。
むしろ黒旗軍を相手取って戦闘を繰り広げていた、シリウスの猟犬部隊のが統率が取れており、しっかりと目的を果たすべく行動していたように窺える。
組織としての強さ考慮した場合、圧倒的にシリウスの猟犬部隊に軍配が上がった。
数の差と、どういう訳か悠斗とアブー・バクルを守ることに腐心していたため、押されていたのだ。
背後に気配を感じ、総司は振り返る。
そこには予想していた人物が、鍛えられた軍人といった風情の男と一緒にいた。
「日南さんと自衛隊精霊大隊のエース、市野成樹さんですね」
総司の涼やかな声が日南と成樹の耳に届く。
精霊レンジャー課の課長は片頬を歪めた笑みを浮かべる。
「初めましてだね、北条総司君。それとも聖騎士と呼んだ方がいいかな?」
成樹は握手を求め右手を伸ばした。
「その呼び名は恥ずかしいので、勘弁して下さい」
苦笑いを浮かべながら、総司は成樹の右手を握る。
日南があちこちで吹聴しているのが、火を見るより明らかだ。
立ち話も何だからという事で、3人は近くにあるファミレスに移動した。
「それでどうです、総司。第三分校は守れそうですか?」
ドリンクバーをいくつかカクテルした飲み物を、日南は啜っている。
子供かと思い、総司と成樹はかすかに眉をしかめるが、両者とも口には出さなかった。
「不意を突かれなければ、恐らく大丈夫かと」
精霊レンジャー課としては、黒旗軍が精霊学園第三分校を襲撃するとの見解で一致していた。
それを想定して総司も返答している。
狙いは人工精霊石だ。
黒旗軍のような連中を寄越すとは、ただ目的の物を盗み出して済ませる気はなさそうだった。
「あるいは黒旗軍も中国の中央から疎まれているのかもしれません」
この日南の発言に総司と成樹は、はっとなる。
思考の盲点を突かれた気分になった。
「中国政府が厄介ばらいをしたがっていると?」
「その通りですよ、成樹君。甚だ迷惑極まりないことですが」
もしこの場に陸遜がいたら、日南の意見に大いに賛同しただろう。
ひょっとすると彼が一番の犠牲者かもしれないが、3人にそんなことを知る術はなかった。
チベットや東トルキスタンで暴動が起きたら、さすがに世界中に報道されてしまう。
締め付けは必要だが、爆発させてはいけない。
だが黒旗軍はやり過ぎるのである。
疎まれるのもわかる話だった。
「雷帝を完全に敵に回したくない、という思惑も働いたようです」
「日南さん、その雷帝という精霊使いの正体は掴めてるんですか?」
夏休み前から気になっていた総司は個人的に様々な資料を漁ってみたが、活動範囲以外は情報が手に入らないのだ。
その異名から雷の精霊魔法を行使するのは、十分想像できたが。
総司の質問に対し、日南は片頬を歪めた笑みを浮かべながら肩を竦めた。
お手上げ、である。
「そうですか……」
総司はテーブルに目を落とした。
雷帝という呼称を耳にすると、何故か胸がざわつくのを感じるのだ。
決して日本と敵対しているのではなく、むしろ助ける形になっているのにどうしてだろうか?
ただの杞憂であって欲しいと総司は思いつつ、いつか戦うことになる。
そんな予感がした。
「まあ今回の件に雷帝は絡んでいませんよ。アブー・バクルの対策を練りましょう」
この日南の割り切りが、非常に羨ましい総司だった。
「シリウスという民間軍事会社と、共同戦線を張る必要がありますね」
日南はにやを片頬を歪めた笑みを浮かべる。
それを見た総司は、
――ああ、名案という名の悪巧みが思い付いたんだな。
と察した。
悠斗ほどではないが、それなりに長い付き合いの上司である。
すぐにわかった。
「お互いに1人ずつ人員を交替させるのが、いいかもしれませんね。そうすれば意思の疎通も図りやすいですし、連絡も取りやすい」
日南の意見はイチイチもっともなのだが、こちらを見ながら言うのを総司は止めて欲しかった。
嫌な予感が背筋を這い上がってくる。
「僕は第三分校の方に回りますから」
しれっと総司は先回りして、交替要員になるのを避けようとした。
「そっちは悠斗君がいるから、大丈夫ですよ。彼のが交友関係も幅広いですし」
日南の中ではどちらをシリウスに出向させるか、すでに決まっていたようだ。
悠斗の周りには優れた精霊使いがいる。
彼らを動かすには悠斗を第三分校に残した方が良い。
精霊レンジャー課でない人間さえ、戦力として計算してしまうのはどうかと思うが。
「では総司、シリウスの方は任せましたよ」
無情にも日南は告げる。
自分がババを引かされるであろうことも、総司はわかっていた。




