第12章 遭遇戦 an encounter ~その3~
「その精霊力を、一体どうやって手に入れたの?」
王慧琳は聞かずにはおられなかった。
「生まれた直後かな?」
けろりとケルベロスは答える。
しかし、これでは王慧琳に事実は伝わらない。
「奴は、アメリカの優秀な精霊使い同士の遺伝子を掛け合わされて作られた」
孫虎江は淡々と告げた。
「作られたって……」
「お姉さんも香港四天王なのに、お人好しだねえ。僕は試験管ベイビーなんだよ」
「試験管、ベイビー?」
聞き慣れぬ言葉に王慧琳は眉をひそめる。
その響きに、そこはかとなく胃が痛くなる気がした。
「僕は試験管で生まれたからね。まあいいや。この話題、僕はもう飽きたよ」
会う人会う人に訊ねられては、ケルベロスも面倒になってしまう。
あまり深入りしてこないのは、炎のお兄さんくらいだ。
まあ悠斗の場合、避けているだけなのだが。
「で、どうする? 逃げるなら僕は追わないよ」
捉えようによっては、不遜ともいえるケルベロスの発言だった。
「負けっぱなしでは、帰れんのでな」
ぎゅっとファイティングナイフを握り直し、孫虎江はやる気を漲らせる。
江東の虎としての意地があった。
「ふうん。いいよ、やろうか」
言うが早いかケルベロスは印を結び始める。
それを見て孫虎江は猛然とダッシュした。
互いに有利な状況を作るべく、動いているのだ。
ケルベロスは距離を置くために、逆に孫虎江は接近戦を挑むために。
「岩石の杭!」
だが、まず精霊魔法を放ったのは王慧琳だった。
最後の香港四天王としての誇りが、彼女にもある。
「そうか、そうきたんだ。岩石の扉!」
急遽、ケルベロスは片手の印を変更し防御魔法を展開した。
火、風、土の3属性の精霊と契約しているケルベロスからすれば、造作もないことだ。
突貫工事的に展開した割に岩石の扉は、しっかりとその役目を果たし岩石の杭を防ぐ。
が、同時に岩石の扉は消滅した。
そこへ孫虎江が飛び込んでくる。
「炎熱の投げ槍!」
ニコニコとした笑顔をぴくりとも変えずに、ケルベロスは精霊魔法を極めて冷静に孫虎江に向けて放つ。 かなり肉迫されたというのに、狙いは正確だ。
「流水の球!」
だが孫虎江も尋常ならざる精霊使いだった。
至近距離まで迫った炎熱の投げ槍に臆することなく、流水の球をぶつけ突進を止めない。
完全に炎熱の投げ槍の効果を減殺できなかったため、体に多少の損傷を受けてしまうが無視する。
ここで始めてケルベロスの表情が変化した。
「ふん。どうする? 逃げるなら追わないが?」
孫虎江はケルベロスの喉元でぴたりとファイティングナイフを寸止めする。
少しの動作で喉を切り裂けた。
もちろん印を結ぶ暇などない。
「1対2で1勝1敗なら、上出来かなあ?」
降参降参、とケルベロスは両手を上げた。
「他の戦いも終わったようだし、シリウスへの妨害は防げたからね」
だからケルベロスはあっさり負けを認めたのだ。
この状況で死んだら馬鹿馬鹿しい。
「引き揚げる」
あっさりとファイティングナイフを収め、孫虎江は踵を返し公園を後にした。
変わった精霊使いのアラブ人のことを調べる必要がある。
どうもケルベロスとシリウスとかいう連中が暗躍しているのは、そのアラブ人が関係しているみたいだからだ。
「お姉さん、香港に帰ったら東方不敗によろしくね」
「あなた、東方不敗様を知ってるの?」
「ソウルで戦った間柄だからね、よく知ってるよ」
子供らしい笑顔を回復させ、ケルベロスは王慧琳の質問に答えた。
思わず、
「嘘だ!」
という言葉が王慧琳の口をついて出そうになったが、ぐっと堪える。
今回の戦いぶりを見て、十分に有り得る話だからだ。
ブータンでの強力な魔法も、ケルベロスの仕業みたいだし。
「わかったわ」
ケルベロスに一瞥をくれて、王慧琳も孫虎江の背中を追いかけた。
「炎のお兄さんも、逃げられたようだね」
つまらなさそうに、ケルベロスは呟く。
目を転じれば悠斗が脱力していた。
文句を言うのは間違いだとわかっている。
それならば、さっさと孫虎江と王慧琳を片して悠斗の援護をすれば良かったのだ。
しかし、ケルベロスは適当に流した。
理由はわからない。
あの2人は、ここで殺さない方がいい、そう思ったからだ。
「強い力は、別の強い力を引きつけるか」
自分に火の王、魔神イフリートと契約するだけの力があったから、あのとき孫虎江と紅京介を呼び出してしまったのだろうか?
ついぞ悠斗は10年前のことを考えてみるが、答えは出ない。
「古代精霊を譲れ! そうすれば、命は助けてやる」
そして今より強力な古代精霊を手に入れた後に、エジプトへ帰ってネメスを、軍を打倒し再び大統領を中心とした政権を蘇らすのだ。
軍に政治を任せるなど、正気の沙汰ではないというのがアブー・バクルの考えだった。
この辺り、建前上は軍隊のいない日本に住んでいると、政府と軍の関係がピンとこないのが普通である。
軍隊は政府の命令で動くのではないのか?
そう考えてしまいがちだ。
何故なら平和な日本では、自衛隊が政府の命令を聞かず勝手な行動を取るということはないのだから。
しかし、往々にして外国では軍隊が独自の権力を握っていたりする。
エジプト軍がその典型的な例で、なんと大統領を解任してしまった。
選挙で決めたにも関わらず、だ。
だからアブー・バクルは戦わなければならない。
民主主義を取り戻すために、かつての栄光を取り戻すために。
「古代精霊って、何だよ!?」
不得手な防御魔法を展開しながら、悠斗は吐き棄てた。
先ほどの孫虎江との戦いで、少々精霊力を消耗しすぎたようだ。
両親の仇となれば、我を失うのも仕方ない。
「火炎の刀剣!」
だがアブー・バクルは悠斗の都合などお構いなしに、次々と精霊魔法を繰り出してくる。
「炎熱の重量刀!」
火炎の刀剣を炎熱の重量刀が受け止めたとき、常軌を逸した熱量が周囲に発せられた。
悠斗とアブー・バクルの精霊魔法の威力が半端ではないという証左だ。
「うぁっつう」
熱に炙られ悠斗は後ろへ下がる。
それはアブー・バクルも同じだった。
この間、どういうわけか自分達を守るように戦っている連中がいるのだが、後で礼を言っておくべきだろうか?
そんなことを考えていると、火炎の刀剣と炎熱の重量刀は同じタイミングで消滅し、場は仕切り直しとなる。
「炎熱の渦!」
今度は悠斗が先手を取った。
そして精霊魔法を放つと同時に地面を蹴って前に出る。
「火炎の障壁!」
定石通りにアブー・バクルは防御魔法を展開し、そこから精霊魔法を放とうとする。
防御魔法は炎熱の渦を抑えこんだものの、反撃は不可能だった。
なぜなら悠斗が珍しく接近戦を挑んだからだ。
その手には轟炎の剣が握られている。
「そらあっ!」
運動が苦手な事を悠斗は、この際どこかの棚に上げることにした。
あまり好きではないが、とにかく気合で轟炎の剣を振り回す。
密かに汐莉に剣術を学んだことで、多少はマシになっているが緒戦は付け焼刃だ。
それにアブー・バクルの体捌きは、セクシー担当ほどではないが、今は悠斗を上回ればそれで十分というレベルに達していた。
だが悠斗は諦めずに轟炎の剣で攻撃を続行する。
精霊魔法の潰し合いになったら、精霊力を消費してしまっていた自分の勝ち目は薄いと悠斗は判断したからだ。
とにかく精霊魔法を使わせないことに腐心した。
「良い剣だ」
アブー・バクルは内心で快哉を叫んだ。
いい!
目の前の少年の契約精霊を是が非でも我が物としたくなってしまう。
それにはまず、この少年を殺すしかない。
アブー・バクルは無言で一気に悠斗の懐へ飛び込み、腹に拳打を浴びせた。
「ぶはっ!」
思いも寄らぬ痛打に悠斗は体を折り、その場に跪いてしまう。
「精霊との契約を解除しろ」
「な、何言ってやがる……、ぐあっ!」
今度は強烈な蹴りを喰らい悠斗の体は地面を転がった。
アブー・バクルの方が体術が秀でているのは明白だ。
「ならば、殺す」
決してアブー・バクルはテロリストではないし、黒旗軍のような無法者でもない。
あくまで政府に忠誠を誓う1人の精霊使いとして、戦ってきたのだ。
だから年端もいかぬ目の前の少年を殺すことに躊躇いがあった。
しかし警告をしても聞き入れられないのでは仕方ない。
覚悟を決めてアブー・バクルは印を結び始めた。
「火炎の斧槍!」
今だ地面に寝転がったままの悠斗を串刺しにすべく、火炎の斧槍は顕現し獰猛なまでに獲物に襲いかかる。
防御魔法を展開することもままならないほど、悠斗の体は傷んでいた。
これまでか。
諦めたような目で悠斗は自分を貫こうとしている火炎の斧槍を見つめる。
「岩石の城壁!」
だが、何の前触れも無しに悠斗の視界が岩石の城壁で塞がれてしまう。
それはもちろん自分の身を守ろうとしてくれたものだ。
悠斗はケルベロスが防御魔法を展開してくれたのかと思ったが、違った。
「悠斗さん、大丈夫ですか?」
「古式さん、どうしてここに?」
まず礼を言うべきなのだろうが、まさかの援軍に悠斗はこの場に現れた理由を尋ねてしまう。
「この公園で派手な戦闘が行われていると聞いてな。それでやってきたというわけだ、ダーリン」
「またお兄様1人で動いて、いい加減にしないと怒りますよ?」
汐莉と織姫が両脇を支えて、悠斗は立ち上がることができた。




