第12章 遭遇戦 an encounter ~その2~
「撃て撃て撃て! ぶちかませ~!!」
しばらくホテルに押し込められた劉永福にとって、久し振りの殺し合いである。
口から唾を飛ばす勢いで部下に頭ごなしに命令を下した。
黒旗軍の陣営から銃弾が乱れ飛ぶ。
流れ弾が公園の外にまで溢れてしまうほどに。
対するシリウスの狂犬部隊は全員精霊使いだ。
防御魔法を展開し、銃弾をシャットアウトした。
さらに精霊魔法で反撃を開始する。
「ぬ。あいつらも精霊使いなのか。おい馮雲山、行って蹴散らしてこい!」
劉永福は副官の馮雲山に目障りな障害を取り除けと告げた。
「は!」
ビシ!
っとした敬礼をして黒旗軍随一の精霊使いは戦場に飛び込んだ。
他にも精霊魔法を使用できる兵が続いた。
これだけの人数を収容するには狭過ぎる公園に精霊魔法が飛び交い、あっという間に破壊の輪が拡大していく。
「なんだ、あいつら。無頼の集まりか」
ち!
思わずジョゼフ・フッカーは舌打ちした。
あまりに力押しな敵の戦い方に、苛立ちが募っていく。
これではチンピラ同士の喧嘩である。
ジョゼフ・フッカー自身も精霊魔法を放ち応戦した。
兵の質では狂犬部隊のが上回っているが、数においては劣勢だ。
現状のように、かくも接近戦となってしまっては、このまま押し切られてしまう可能性が高い。
「こんな無茶苦茶な戦い方をする連中に」
ジョゼフ・フッカーは歯ぎしりするが、状況を打開する手段を考えなければならない。
「オペレーター、まだ到着していない隊員は敵の背後に回るように伝えてくれ」
「了解しました」
「任せた」
オペレーターに余計な事を告げる必要はない。
これで十分だった。
「隊列を崩すな! 固まって目の前の敵に集中しろ! 防御を優先するんだ!」
やや憤りを孕んだジョゼフ・フッカーの声に、狂犬部隊の隊員は即座に反応する。
密集体型をとり、消耗を抑えることに専念した。
「何をしているんだ馮雲山は! さっさと皆殺しにせんか!!」
自らは戦闘に参加していないのも関わらず、劉永福は怒号を発した。
どうもチベットや東トルキスタンでの、一方的な殺戮に慣れきってしまったようだ。
自分たちと同じ、あるいは格上の敵と相対したときの戦い方を忘れている。
たった1人の『雷帝』と呼ばれる精霊使いに、こてんぱんに叩きのめされたというのに……。
業を煮やした劉永福は精霊魔法を撃ちこんだ。
敵味方の都合など、お構いなしに。
「おい! お前ら、これでいいのか!?」
怒髪天を突く勢いでジョゼフ・フッカーは敵兵に向かって叫ぶ。
黒旗軍の提督をやっているだけあって、精霊魔法の威力はなかなかのものだった。
狂犬部隊に多くの犠牲が出たが、それは黒旗軍も同様なのだ。
「味方を巻き込むとか、何を考えているんだ?」
ジョゼフ・フッカーには微塵も理解できないし、したくもなかった。
英語が通じないのか、これが日常なのか知らないが、なおも黒旗軍は果敢に攻勢に出る。
むしろ今まで以上に攻撃が激しくなっていた。
人質でも取られているのか、はたまた恐怖で縛られているのか?
戦線が支えられなくなってきている。
「ナサニエルを連れてこなかったのは、失敗だったか?」
ふっとジョゼフ・フッカーは自嘲気味の笑みを浮かべた。
途中から参戦してきた敵の精霊使いの中心的人物が、優れた指導力を発揮していたのも誤算といえる。
ならず者だらけの中に、そんな人物が存在するとは普通思わない。
が、現実はこの通り狂犬部隊は窮地に陥っているのだ。
「はあ? 背後から攻撃だあ!?」
劉永福の全身に怒気が立ち上った。
八つ当たりをされてはかなわないと、近くにいた黒旗軍の兵たちはすぐさま応戦する。
狂犬部隊の隊員が5人ほど、ようやく到着したのだ。
「危なかった」
ジョゼフ・フッカーが嘆息するのも無理はなかった。
まさに間一髪で狂犬部隊は壊走させられるところだったのだ。
前後から挟まれるカタチとなった黒旗軍は、ほんのわずかな時間ではあるものの、対応に躊躇する。
退くべきか?
押すべきか?
迷っているその隙を、ジョゼフ・フッカーは最大限につけ込むことにした。
「あの指揮官の精霊使いを狙え!」
それは馮雲山のことだが、ジョゼフ・フッカーは名前は知らない。
しかし隊員たちは誰の事を言ったのか、わかったようだ。
ごろつきどもの中にあって、1人だけ洗練された動きをしている人物に精霊魔法が集中した。
「馮雲山を助けてこい!」
劉永福は数人兵を回し、気絶してしまった馮雲山を回収させる。
副官であるし、自分の次に精霊使いとして優れた能力を持っているため、まだまだ使える男だった。
「はっ! しょうがねえか」
面倒なことが劉永福は大嫌いなのだ。
こんなときこそ馮雲山の出番なのだが、生憎と気を失っている。
逃げるようで嫌だったが、劉永福は退却を決意した。
「野郎ども、帰るぞ」
増援が来るまで、またあのホテルで浴びるほど酒をかっくらうとしよう。
それに敵の情報が必要だ。
陸遜を叩けば簡単に手に入るに違いない。
「させるか!」
ジョゼフ・フッカーを始めとした狂犬部隊は追撃態勢に移る。
馮雲山がいなくなり、予想通りに戦況を覆したのだ。
「おらよ!」
再び劉永福が精霊魔法を放つ。
甚大な爆発が起き、狂犬部隊は足止めを喰らった。
これだけの被害を出して逃したとあっては、シリウスの面目は丸潰れだ。
しかし、爆発が収まったあとジョゼフ・フッカーが目にしたのは、無残な姿に変わり果てた敵の背後に回った隊員たちだった。
「くそっ!」
地団駄を踏んで悔しがるも、ジョゼフ・フッカーに出来ることはない。
隊員に命じて遺体を回収させる程度だ。
「オペレーター、今の連中のことを詳細に調べておいてくれ」
「あれは、黒旗軍です」
すぐに無線越しにオペレーターの無機質な声が返ってきた。
どうやら戦闘中に調べていたらしい。
「黒旗軍?」
「はい。劉永福を提督とした軍団です。日本に来ているのは、その一部ですが。チベットや東トルキスタンでの乱暴狼藉で勇名を馳せています」
「当然、ペンタゴンは知っていたのだろうな」
「……我々は民間軍事会社です。ペンタゴンが情報を提供する理由はありません」
やや言い辛そうにオペレーターは答えた。
もともと軍にいた彼女は複雑な胸中のようだ。
「アブー・バクルのデータは取れたか?」
話題も視線もジョゼフ・フッカーは転じる。
すでに悠斗とアブー・バクルの戦いは終わっていた。
「そちらは問題ありません」
「そうか」
黒旗軍のせいで、直に戦いを目に出来なかったことが、ジョゼフ・フッカーは少し残念ではある。
映像ではわからないことがあるのだ。
撤収の指示を出し、ジョゼフ・フッカーは自身もバンに乗り込む。
軽い眩暈がし、体がずんと重くなった。
アブー・バクルに黒旗軍という強敵たちに対し、予想以上に肉体が消耗していたからだ。
「シリウスの人たち、頑張るなあ」
ケルベロスは孫虎江と王慧琳を向こうに回して余裕だった。
孫虎江は悠斗との戦いで疲弊していたという事情があるにせよ、こうも実力差があるものかというほどに。
両手で印を結び2つ同時に精霊魔法を放つ、というのは愛李と全く同じだが、違うのは別の属性の精霊魔法を行使するという点だ。
土の防御魔法を展開し、火の精霊魔法で攻撃するといった具合である。
「どうして、こんなことが出来るのよ……?」
始めてケルベロスが精霊魔法を放つのを見たとき、王慧琳は身震いした。
「仮面のオジサンは知っているよね?」
ニコニコと子供らしい愛嬌のある顔で、ケルベロスは孫虎江に説明するよう促す。
「奴は3体の精霊と契約している」
その孫虎江の言葉に、王慧琳の顔面の筋肉は硬直してしまった。
それほど、衝撃的な事実である。
「だから3つの頭を持つ犬になぞらえて、ケルベロスと呼ばれている」
「仮面のオジサンの言う通りさ、だからこんなことも出来るよ」
両手でケルベロスは印を結び始めた。
孫虎江と王慧琳も防御魔法を展開すべく印を結ぶ。
何やら手強い精霊魔法が行使されそうな気配だ。
「行くよ~! 炎熱の嵐!」
火と風の複合魔法をケルベロスは選択した。
ブータンで中国巴蜀軍の一部を壊滅させたのは、この魔法の上位版だ。
風によって煽られた炎が舞い上がる。
この2つは相性が良いのか、猛烈な勢いで威力が自乗して増していく。
「岩石の城壁!」
防御魔法を展開しないと確実に死ぬ!
本能的にそう悟った王慧琳は、それこそ死にもの狂いで持てる防御魔法で最高なものを準備した。
「流水の凧盾!」
幾重にも張り巡らされた岩石の城壁の後ろに、孫虎江は流水の凧盾を配置する。
これでもまだ、不安だった。
抵抗するために、精霊力を高めておく。
「ちゃんと手加減したから」
そうケルベロスは嘯くが、炎熱の嵐は一撃で全ての防御魔法をぶち壊してしまう。
激甚な威力だった。
「この子は、本当に人間なの?」
王慧琳の全身から冷や汗が噴き出す。
3体の精霊と契約していると聞いても信じられなかったが、今の炎熱の嵐は確かに火と風の精霊魔法を組み合わせたものだ。
それだけでも驚愕もののだが、3体の精霊を扱えるだけの精霊力が備わっていることが、さらに王慧琳を戦慄させる。
名古屋のスタジアムで戦った翠瞬も強かったが、このケルベロスという少年は人間としての強さを逸脱していた。




