第12章 遭遇戦 an encounter ~その1~
「精霊使い同士の戦闘が始まりました」
無機質に告げるオペレーターの声で、一気に車内の緊張が高まった。
「アブー・バクルか?」
ジョゼフ・フッカーはすぐさま指揮官の顔に戻る。
手にしていたコーヒーを一息に飲み干した。
「いえ、違います。ですがケルベロスが一緒にいるそうです」
「ケルベロスが……?」
いくら優秀な精霊使いとはいえ、あんな子供を派遣するとはペンタゴンは一体何を考えているのかジョゼフ・フッカーにはまるで理解できない。
その生い立ちには同情するが……。
「どうされますか?」
「近くを配備中の者を3人ほど向かわせてくれ。日本の精霊使いの実力を知る、良い機会だ」
「わかりました」
オペレーターは抑揚のない口調で返事をし、指示された通りに現場に近い狂犬部隊の隊員3人を呼び出して指示を伝えた。
態度は素っ気ないものの、仕事は迅速かつ的確で文句の付けようがない。
ジョゼフ・フッカーも、彼女に女性としての魅力を求めているわけではないので忠実に働いてさえくれれば、それで構わなかった。
「その戦っている2人が何者なのか、わかるか?」
「少々お待ちを。じきに映像が送られてくるはずです」
そのオペレーターの言葉通り、ややあってモニターに戦闘の様子が映る。
良い手際だった。
「まさかな。現場に向かった隊員に手出しをしないように伝えてくれ」
座席に深く座り、ジョゼフ・フッカーは手にした資料をめくる。
それは日本人および日本に滞在していると思しき有力な精霊使いが列記されているものだ。
映像には戦闘中の2人以外に、他に様子を見守っている人物が2人いた。
1人はケルベロスだが、いま1人は香港四天王の王慧琳である。
「どうして香港四天王が?」
先のスタジアム襲撃の際に、香港四天王は全員返り討ちにあったとジョゼフ・フッカーは聞いていた。
1人だけ釈放されたのだろうか?
さらに問題なのは、戦いを繰り広げている2人の方だ。
ナイフを手にした男もかなりの使い手と見たが、それが一方的に押されていた。
「あれが、紅悠斗か」
わざわざ資料に目を通さずともジョゼフ・フッカーは八割方気付いていたが、念のため確認したのである。
日本最強の精霊使いと目されているだけあって、強い。
「これほどとは」
ジョゼフ・フッカーの予想の遥か上を行っていた。
「あの顔に火傷のある男は、恐らく江東の虎ではないかと思われます」
捕捉するようにオペレーターが付け加える。
「何だって!?」
勢いよく立ち上がり、ジョゼフ・フッカーは食い入るようにモニターを凝視した。
「恐らく、ですが」
「ああ、すまん。その事実に驚いたんだ」
江東の虎こそ、どうして生きているのだ?
今、まさに対決している紅悠斗に殺されたはずだ。
瞬間的にジョゼフ・フッカーは頭の回転が止まりかけた。
不自然な点が多過ぎる。
「む! どうした?」
突然映像がブラックアウトしたことに、ジョゼフ・フッカーは焦れた。
悠斗が必殺の一撃を放とうとしていた、ちょうどクライマックスの場面だったからだ。
「閃光が走ったため、目が潰れてしまうと判断しモニターを切りました」
「そうか」
落ち着いてジョゼフ・フッカーは再び座席に腰を落ち着ける。
確かに切れる寸前、モニターが徐々に白くなっていたように見えた。
再び映像が映ると、ジョゼフ・フッカーは鼻白んだ。
アブー・バクルがモニターの向こう側にいたのである。
頼りのナサニエルはいない。
「俺が出るしかなさそうだ。アブー・バクルを探す必要はない。全員に現場へ向かうよう伝えてくれ」
こんなに早くアブー・バクルと遭遇するとは、ツイているのか運がないのかジョゼフ・フッカーには知る由もない。
それにアブー・バクルだけではなく、他の存在も要注意だった。
一歩対応を誤れば、狂犬部隊は全滅の憂き目に合う。
だから隊長自ら出向くのだ。
ところが紅悠斗と江東の虎の戦いを目撃していたのは、シリウスの狂犬部隊だけではなかった。
黒旗軍も様子を窺っていたのだ。
孫虎江と王慧琳が陸遜のホテルを出たあと、部下に命じて後をつけさせたのである。
「共倒れになればいい」
劉永福は物見遊山で観戦を決め込む。
自分に恥をかかせてくれた江東の虎など、死んでも別に構わなかった。
あの王慧琳という女だけは、後で楽しむために生かしておいてやろう。
屈服させ、思う存分体を味わったときのことを想像しながら、劉永福は戦いの行方を見守る。
「なんだ、紅悠斗の圧勝か。口ほどにもないな。おう、お前ら。そろそろやるぞ、準備しておけ」
もう少し消耗させてから襲いたかったが、仕方ない。
あれだけ精霊魔法を使わせただけマシかと割り切り、劉永福は部下に命令する。
そんなとき、閃光が迸った。
「ああっ!?」
露骨に不愉快さを顔に出し、劉永福は吐き棄てる。
出鼻を挫かれたような感じがしたからだ。
「誰だ、ありゃ? アラビア人か?」
あまり見慣れない人種の人間が、戦いに乱入したのだ。
もう少しで生意気な孫虎江の死ぬ場面が見られたというのに、余計な事をしてくれる。
「女以外は、全員殺せ!」
ガサツな劉永福は、ずいぶんと雑な命令を下した。
「「「「「おう!」」」」」
しかし、部下たちはその方がわかりやすくていい。
気勢を上げて公園に駆けだした。
「は! こうでなくちゃな」
ホテル暮らしが長く黒旗軍はストレスが溜まりに溜まっていたのだ。
好きに暴れ、好きに殺し、好きに奪い、好きに犯す。
我慢するなど心底馬鹿馬鹿しい。
チベットや東トルキスタンではそうしてきた。
そうそう抑えが効くものではない。
人目につこうが関係なかった。
しかし黒旗軍が公園に乗りこんだとき、奇妙な事態が生じており、勢い任せに暴れまわるというわけにはいかなくなっていたのだ。
「どうなってやがる?」
劉永福でさえ慎重にならざるを得ない。
紅悠斗とケルベロス、江東の虎と王慧琳、アブー・バクル、シリウスの狂犬部隊、そして劉永福率いる黒旗軍という5つの勢力?
が一堂に顔を合わせてしまったのだ。
最初に動いた勢力が負けるとは言わないが、他から袋叩きになる可能性が高い。
悪名高い黒旗軍が身動きを取れないでいた。
「古代精霊が何かは知らないが、今、かなり厄介な状況だというのはわかる」
悠斗は周囲を見回した。
まずアブー・バクルが、次いでいかにも職業軍人といった連中が現れ、さらに傍若無人に見える屈強な男たちが押し寄せる。
まるで状況を咀嚼できない。
「炎のお兄さん、あの人たちがシリウスだよ」
「ということは、そちらは気にしなくてもいいのか」
大丈夫だと信じたい。
隊長らしい人物が自分を見る目が厳しく感じられるのは、悠斗の気のせいに違いなかった。
「……黒旗軍ダ」
仮面の男、孫虎江が低い声で呟く。
江東の虎からしたら、黒旗軍こそ味方に思えなかった。
「どうすればいいんだ?」
きょろきょろ首を回し、悠斗はアブー・バクル、シリウス、黒旗軍の様子を探る。
牽制しあって誰も動こうとしない。
それは悠斗も同じだった。
今回ばかりは撤退してもいいのではないだろうか?
「そなたの古代精霊を頂くぞ」
均衡を破ったのはアブー・バクルである。
おもむろに印を結び始めたのだ。
急速にアブー・バクルの精霊力が上昇していく。
「よりによって、お前か!」
やむなく悠斗もアブー・バクルに対抗すべく印を結ぶ。
明確に自分を狙っている奴が、真っ先に動くとはツイてなかった。
「火炎の斧槍!」
太陽の精霊と呼ばれるラーは、契約すれば火属性に近い精霊魔法を扱うことになる。
だが汎存種精霊や亜種精霊より強力だ。
はたして王の精霊とは、どうだろうか?
見ものである。
「炎熱の重量刀!」
悠斗も即座に炎熱の重量刀をぶつけ対処した。
火炎の斧槍と炎熱の重量刀は激突すると、辺り一面に炎をまき散らし迷惑をかけてから、ぱっと弾けたように消え去る。
これを合図に、或いは2人の戦いの巻き添えを食うのを避けるために、この場にいた全員が活発に動き出した。
「じゃあ、僕の相手は2人だね。仮面のオジサンとはブータンで一緒に戦っただけに残念だよ」
間違いなくシリウスを狙うであろう孫虎江と王慧琳を、ケルベロスは足止めする。
2人を自由にさせては面倒な事になるのは確実だ。
「王慧琳、油断するな。この子供がケルベロスだ」
「ソウル防衛戦で東方不敗様と互角に戦ったという、あの?」
「そうだ」
孫虎江は首肯した。
「ブータンでは一緒の陣営にいて、その実力を目の当たりにした」
「そう。見た目に騙されては、駄目ね」
学生に負けた苦い感情が王慧琳の胸によぎる。
決して相手を見くびらず、気を引き締めた。
「2人の戦いの邪魔をさせるな!」
ジョゼフ・フッカーは隊員たちに紅悠斗とアブー・バクルを守るように指示を飛ばした。
これは決して悪い状況ではない。
太陽の精霊ラーと魔神イフリートのデータが取れるのだ。
オーナーも手を叩いて喜ぶだろう。
理想は契約者の捕獲だが、それは欲張り過ぎというものだった。
まずは戦闘データを入手することに全力を傾ける。
それをもとに対策を立てればいい。
「ナサニエルの出番はなさそうだな」
ジョゼフ・フッカーはほくそ笑んだ。
「邪魔する奴は、全員ぶっ殺せ!」
それが黒旗軍の提督、劉永福の下した命令だった。
彼らの行く手を塞いだのはシリウスの狂犬部隊である。
ここに、それぞれの戦う相手が決定した。
パズルのピースがハマったのだ。




