第11章 導火線 a fuse ~その3~
「あれは劉永福か。精霊騎士団の団長として、どう対応する気です?」
自衛隊精霊大隊のエース、市野成樹三尉は車の助手席に座っている日南に問いかけた。
横浜中華街の陸遜が経営をしているホテルの入り口付近で、2人は張り込みを行っているのだ。
「さて、どうしましょうかねえ」
日南は片頬を歪めた笑みを浮かべる。
現段階でどうするもこうするもないのだ。
王慧琳と仮面の男の跡をつけてきたら、ここへ辿り着いた。
しばらくして、劉永福が顔を出したという次第だ。
「黒旗軍が来ているとは。それにペンタゴンから別件で協力要請がありましたし、自衛隊からもっと人を出せないのですか?」
恨みがましい目を日南は成樹に向けた。
「自分が応援に来るだけでも手続きが大変だったのに、出せるわけないですよ」
様々な書類を提出し、何度も書き直させられたとき成樹は辟易したものだ。
「あとは伊織君ぐらいですかねえ」
精霊レンジャー課の手だけでは足りないことを、日南は自覚しているから違う組織に属している人間を1人でも多く引っ張りこもうとしている。
引っ張り込まれる側にしてみれば、いい迷惑なのだが。
「黒旗軍が何の目的で日本にやってきたか、日南さんは掴んでいますか?」
「もちろんだよ、成樹君」
日南はお得意の片頬を歪めた笑みを浮かべる。
それドヤ顔か?
うっすらと白い目を向けるも、成樹は日南の説明を大人しく待った。
「精霊学園第三分校の進藤玲奈という歴史の教師が、どういう経緯か知らないのですが開発に成功した人工精霊石の奪取と耳にしました」
玲奈の名を出すことを若干躊躇いつつも、日南は事実を告げる。
協力者に情報の提供を渋るような真似はしてはいけない。
そんなことをしたら、信頼を失ってしまう。
「作成方法は、まあ親中派の科学者とか政治家とかが情報を流してしまいましたが、やはり実物がないと完全な複製は難しいようです」
いい加減、日本の情報が敵国にダダ漏れなのを防がないと、いずれこの国は痛い目を見ると日南は深刻に捉えていた。
「第三分校って、確か例の火の王と香港四天王筆頭を生け捕りにした生徒のいるところじゃ……?」
「ええ、その通りです成樹君。だからそちらの方は、あまり心配していないのですよ」
「それでいいんですか?」
日南の言い草に成樹の顔がひきつる。
学生に厄介事を押し付けてヘラヘラしていられるのが信じられなかった。
「良いも悪いもありませんよ。それに悠斗君も総司も、僕よりもずっと頼りになりますから」
第一、総司は精霊レンジャー課の一員である。
日南は総司に玲奈の護衛を命じることにした。
実に都合が良い配置だ。
「さっき言っていた、別件とはアブー・バクルの事ですか?」
自衛隊にもペンタゴンから情報が提供されていた。
成樹としては、どちらかといえばこちらの方が気になるところだ。
「そうですよ。ケルベロス1人寄越して、あとは自分達で何とかしろとのことです」
やや憮然としながら日南は答えた。
アブー・バクルの目的が不明瞭だというのもあるし、意図的に日本へ誘導したのではないかと疑っているからだ。
確かにエジプトの暴動で政府側についていたという理由で、エジプト軍ならともかく他国の警察組織が逮捕・監禁するのは難しい。
だからといって日本へ送り込むことはないだろう。
問題を起こしてくれと、言っているようなものだ。
「なるべく早く逮捕して、エジプトに強制送還する必要がありますね」
日南の目が妖しく輝く。
それが許可されるかどうかは知らない。
しかし、何か起きてからでは遅いのだ。
未然に防げるなら、それに越したことはなかった。
「そろそろ戻りますか」
成樹が日南に告げる。
これ以上、ここで張り込む必要性もない。
黒旗軍の存在を確認できただけで、かなりの収穫だった。
もちろん悪い意味で。
日南が反対しなかったので、成樹は車を走らせる。
2人とも、じきに導火線に火が点くのをひしひし感じていた。
ある日の下校中、再びケルベロスに捕まった悠斗は強制的に巡回に付き合わされることになった。
日南から出来るだけ協力するよう連絡があったからだ。
「ケルベロスは、アブー・バクルの位置を把握しているのか?」
悠斗は当然の疑問を口にした。
「え? そんなの知らないよ?」
「おい! じゃあ、あてもなく巡回しているのか? ただの散歩じゃないか!」
「う~ん、そうなるかなあ。久し振りの日本だし、いろいろ見て回りたいなあと思って」
「観光で来いよ……」
思い切り悠斗は脱力してしまう。
全く意味のない行為で時間を潰してしまったことに、後悔しかかったが強い精霊力を感じてぎょっとした。
「仮面のオジサンだ。お~い!」
街中で仮面を嵌めているのはどうかと思うが、ケルベロスは陽気に手を振って駆け寄る。
だが悠斗はその場で硬直したまま、ぴくりとも動かない。
いや動けなかった。
その仮面の男の正体に気付いたからだ。
これは偶然なのだろうか?
「仮面のオジサンとは、ブータンで一緒だったんだ。こっちのお姉さんは知らないなあ」
仮面の男が連れていた妙齢の女性を見て、ケルベロスは首を右に傾けた。
自己紹介しろと、暗に促しているのである。
「その必要はない」
中国語で仮面の男は遮った。
王慧琳の素性を知られると、彼女にとって都合が悪いからだ。
「ああ、そうだな。無意味な事はするもんじゃない」
すでに悠斗は2人の正体に気付いていた。
だから自己紹介など意味がないのだ。
「瞬の奴、余計な事を」
サラマンダ―の目を通して、瞬が翠家の本宅に王慧琳を匿っていたことを悠斗は知っていた。
どうして瞬がそんな事をしたのか、今度問い詰めなければならない。
しかし、目下のところ仮面の男の方が悠斗にとって喫緊の課題だ。
「そこの公園に行くぞ」
悠斗が顎でしゃくった方向に小さな公園がある。
公園といっても滑り台と砂場、そしてベンチが申し訳程度に備え付けられている程度のものだ。
だから人が少なく、逆に都合が良かった。
「炎のお兄さん、どうしたの?」
「こいつだけは、絶対に許すわけにはいかないんだ」
「ふうん」
やけに戦う気満々の悠斗にケルベロスは不思議そうな顔をするも、止めたりはしない。
傑出した精霊使い同士の戦いを、久し振りに観戦できるからだ。
ブータン王国では兵卒相手に大きい魔法をぶっ放して終わりだった。
「どういう事?」
悠斗と仮面の男が戦おうとしていることを疑問に思うのは、王慧琳も同様である。
2人の因縁を知らないのだから無理もない。
「妹を助けてくれたことは感謝するが、それで許せるものでもないからな」
両親を殺され家族もバラバラとなった。
今の悠斗が現場にいたら、それを止めれただろう。
しかし当時の悠斗は世の中について右も左もわからない、本当に子供だった。
「当然だな」
何の感慨もなく呟き仮面の男は、その仮面を外す。
紅悠斗相手では邪魔だと思ったのだ。
そのただれた顔を見て悠斗は顔を顰めるも、同情はしない。
2人は正面から対峙する。
合図も無しに両者同時に動いた。
悠斗は印を結び始め、孫虎江はナイフを抜き大地を蹴って突進を開始する。
「炎熱の柱!」
圧倒的な速さで悠斗は印を結び終え、防御魔法を展開した。
地面から生えた複数のそれは、もはや柱ではなく壁のようである。
孫虎江の足が止まった。
立ちはだかる炎に飛び込むのを躊躇したのだ。
その一瞬の合間に、炎熱の柱の向こうから数本の火を纏った矢が孫虎江に殺到した。
後方へ下がりつつ、確実に1本1本手にしたナイフで火の矢を撃ち落とす。
「炎のお兄さん、こんなに強くなったのか」
ケルベロスは感嘆の吐息を漏らした。
ただ強力な精霊魔法を放つのではなく、勝つための道筋に沿った戦い方をするようになっているのだ。
2年前のソウル防衛戦とは、まるで別人だった。
ケルベロスの目には孫虎江が悠斗と間合いを空けてしまった時点で勝負が見えたのである。
防御魔法の準備のために印を結び始めた。
どちらに必要なのかは、火を見るより明らかだ。
悠斗の精霊力が急速に高まる。
対して孫虎江も防御魔法を展開すべく印を結ぶ。
今から全力でダッシュしてもナイフは悠斗に届かないだろう。
とにかく次の精霊魔法を凌がなければならなかった。
「これで終わりだ!」
悠斗がとどめの一撃を放とうとしたときだ。
凄まじいまでの閃光が走り、公園にいた4人の視力を奪う。
ほどなくして、眩しい光は収まり目が見えるまでに回復した。
公園に1人男が増えている。
先ほどの閃光は、この男の仕業だろう。
アラブ人独特の濃いひげに、浅黒い肌の色。
「炎のお兄さん、そいつがアブー・バクルだよ」
「何だってこんなときに」
すでに炎熱の柱も掻き消えていた。
悠斗はどちらを相手にするか、判断に迷う。
「一時、休戦としよう」
孫虎江がそのように申し出た。
江東の虎の方が押され気味だったから、というわけではなさそうだ。
再び仮面をつけ、孫虎江はアブー・バクルに集中する。
仮面の男は精霊レンジャー課なのだから、アブー・バクルを優先するのは当たり前だった。
「……いいだろう」
渋々ながらも悠斗は孫虎江の申し出を受け入れる。
「もちろん、僕も手伝うよ」
ニコニコと微笑みながら、ケルベロスは悠斗の隣に並んだ。
「手伝うも何も、お前の仕事だろ!」
「ん? そうだったね」
ぬけぬけとケルベロスは言ってのける。
こういうところがイラッとくるが、せっかく目標が向こうの方から現れたのだ。
悠斗はこの機を逃したくなかった。
「強力な古代精霊の契約者は、お前か?」
アブー・バクルが悠斗を指差す。
英語だったので、言っていることはわかった。
しかし、
「古代精霊?」
聞き慣れぬ単語に、悠斗は表情を曇らせるのだった。




