第11章 導火線 a fuse ~その1~
プロローグはありませんが、ここから3部です。
「進藤先生、何の御用ですか?」
夏休み明け早々、悠斗は進藤玲奈という歴史の教師に呼び出され、ほぼ彼女が占有している資料室を訪れた。
織姫が不安げな目を向け心配していたが、これはもう、どうしようもない。
「そこへ腰かけて。もう1人来るまで、待ってもらえるかしら?」
促された席に、悠斗は文句を言うでもなく腰かける。
さっと玲奈は紅茶の入ったティーカップを、悠斗の手前に置いた。
30を超えて独身とはいえ、色白で清楚な感じのする玲奈はその気になれば、即結婚できるはずだ。
教え子に粉をかける目的で、悠斗を呼んだのではあるまい。
「悠斗君も進藤先生に呼び出された口かい?」
その耳触りの良い清涼な声で、もう一人が誰か悠斗はすぐにわかった。
「北条先輩が呼ばれたという事は、特に問題があって呼び出されたわけではなさそうですね」
「主語を悠斗君に入れ替えて、そっくり同じ台詞をお返ししよう」
2人は互いに顔を見合わせ、軽く微笑んだ。
「生徒会の副会長と風紀委員が、何か後ろめたいことでもあるのかしら?」
総司にも紅茶を用意し、玲奈は2人の前に着座した。
そして何やら面妖な石を2つ取り出す。
「どう思う?」
石を受け取った悠斗と総司の反応を、玲奈は身を乗り出すような態勢で待った。
悠斗と総司は目で合図をし、まずは悠斗が思い付いたことを述べる。
「これは精霊石ですか? 封じ込めてある精霊力は少ないようですが」
眉間に皺を刻みながら悠斗は目を凝らした。
「精霊魔法を1度放てるかどうか、くらいでしょうか?」
「ふむふむ、なるほど。北条君はどう思う?」
律儀にメモを取りながら玲奈は総司に水を向ける。
「そうですね。悠斗君の言う通りですが、これなら十分に精霊使いの補助に使えると思いますよ。精霊使い同士の戦いでは、ほんの少しの精霊力の差が生死を分けることになりますので」
なぜ総司がこのような解説をしたかというと、進藤玲奈という歴史の教師は精霊使いではないからである。
だから玲奈は2人を呼びつけたのだが。
「実用化は可能、と」
その部分を玲奈は赤字で書く。
俄然やる気が出ているようだ。
「もしかして、人工的に精霊石を作ることに成功したのですか?」
今までの会話のやりとりから悠斗は、そのように推測した。
本物の精霊石というのは、実際には精霊の化石のことである。
膨大な量の精霊力が込められているが、大変な希少物だった。
それが少しの精霊力とはいえ量産が可能になれば、かなり大規模な戦闘に影響してくるのではないのだろうか?
「大量生産、とまではいかないわ」
その玲奈の返事に悠斗は残念なような、ほっとしたような感情が入り混じった胸中だった。
「技術的な問題ではなくて、製作方法の都合上、不可能なのよ」
意見を求めたのだからと、その廉価版精霊石の制作方法を玲奈は2人に教えた。
精霊力というのは、精霊やセンスのある人間の内から滲み出る不思議な力だ。
だが、玲奈の研究によると実は微かにではあるが精霊力は空気中に漂っているらしい。
精霊魔法を放つと、精霊力のカスが大気に残留する。
とある方法でそれを集めて、特殊な石に注入して完成だ。
「さすがに、とある方法は企業秘密で教えられないわよ?」
とても倍ほども年が離れているとは思えないほど、玲奈は若々しい笑顔を浮かべた。
「だが、これは……」
総司が今一度、廉価版精霊石を注視する。
苦さと険しさが入りまじった表情をしていた。
「北条君、何か気になることでも?」
「ええ。例えば精霊使いの多い国なんかで作ったら、どうなのかな? と思いまして」
「まだ、そこまでは研究が進んでいないわね。うん、一考の余地があるわ」
玲奈の声が弾んだ。
精霊使いの人口が多いということは、それだけ精霊魔法が多用され大気中に流れる精霊力の密度が濃いという事実に思い至ったからである。
「2人ともありがとう。日南先輩に目を付けられるだけのことはあるわね」
「進藤先生は、日南さんを知っているんですか?」
意外なつながりに、悠斗は目を瞬いた。
「ええ。同じ大学の冬月ゼミの先輩だったわ」
当時を懐かしむような口調で玲奈は言う。
待て番外編、乞うご期待!
ウソ。
「冬月ゼミというのは、もしかして冬月樹教授の?」
総司の清涼な声が耳朶を打つと、玲奈の美白な顔がさらに色白になった気がした。
「そう。例のアナスタシア事件の主犯ね。娘の阿弥さんが実行犯だったわ」
「すみません、辛い事を聞いて」
「いいわよ。私は事件に関わっていないし。恩師の冬月教授を逮捕した日南先輩のが、ずっと辛いもの」
玲奈は遠い目をする。
ちょうど1年前の話だ。
悠斗もそうだが、人間は様々な重荷を背負って生きていた。
あの片頬を歪めて笑う男も例外ではないようだ。
その日の帰宅途中、いや精霊学園第3分校の正門をくぐってすぐのことだった。
「炎のお兄さん、遅いよ!」
呼び止められて、悠斗は戦慄してしまう。
嫌な顔、ではないのだ。
危険な顔をしたのだった。
「どうかしたのですか、お兄様?」
「悠斗さん?」
「ダーリン?」
「悠斗?」
上から順に織姫、愛李、汐莉、達也がただならぬ様子の悠斗を見て首を傾げているのだ。
声をかけてきたのは、金髪の可愛らしい少年だった。
悠斗が何を怖れているのか、その少年の正体を知らない4人にはわからない。
「け、ケルベロス。どうして日本にいる?」
「もちろん、炎のお兄さんに会いに来たんだよ」
「嘘つけ!」
取りつく島もない言い方を悠斗はする。
旋風の貴公子とは違う意味で関わり合いになりたくない相手だった。
無論ケルベロスというのは仇名、コードネームで本当の名前は別だ。
「いやいや、本当だよ」
ケルベロスと呼ばれた少年は人懐っこい笑みを浮かべる。
大半の人間は、これに騙されるのだ。
「みんな、先に帰ってくれ。俺はこいつと話がある」
それだけ言い残すと悠斗は踵を返し、学園に戻った。
まだ学食は空いている。
ろくでもない話なら、じっくりと腰を据えてするべきだ。
しかし悠斗の後に続いたのは、ケルベロスだけではなかった。
結局、学食のテーブルを6人で囲むことになったのである。
「帰れって言ったのに……」
悠斗は頭を抱えた。
まずは自分というフィルターを通してから、みんなに話を持ちかけたかったからだ。
ケルベロスはれっきとしたアメリカ軍所属の精霊使いなのである。
「帰れと言われて、私たちが素直に帰ると思ったのか、ダーリン?」
みんなの気持ちを汐莉が代弁した。
「そうだったな。で、ケルベロス。どんな要件なんだ?」
いきなり悠斗は切りだす。
無駄話をしている心理的な余裕がなかった。
「炎のお兄さんは、せっかちだなあ」
「早く言え!」
「仕方ないなあ。最近エジプトで暴動が起きてるのは知っているかな?」
ケルベロスはジュースを啜りながら質問を繰り出す。
「確か選挙で決めた大統領が結果を出せなかったから、軍に政治を任せようということになったはず」
応じたのは達也だ。
時事にも詳しくなっている。
イングランドに旅行に出た影響だろうか?
「そう、そのとき政府側に強力な精霊使いがいてね。軍側は手を焼いたんだけど、どうにかこうにか国外追放……、もとい国外へ逃亡させるまで追い詰めたのさ」
得意気にケルベロスは語るが、この少年は現場におらず何もしていない。
土の王、魔獣ベヒモスの契約者が追い払ったのだ。
そのことに達也は気付いたが、ここで明かしても意味がないと考え黙っていた。
「まさか、その国外逃亡した精霊使いが向かった先が……」
じっとりと悠斗の手の平が汗で滲んだ。
「察しがイイね。炎のお兄さんの予想した通りだよ」
「それで捕まえるのに協力しろと?」
「大当たり~! すでに精霊レンジャー課にも要請してあるよ」
無邪気に笑うケルベロスを前に、悠斗はがっくりとうなだれた。
「まあ日本で一番頼れる精霊使いだからね、仕方ないよ。それに、他にも面倒なことが色々あるんだ」
「仕方ないよ。じゃありません! お兄様を一体何だと思っているんですか!」
我慢しきれずに織姫がどやしつけた。
悠斗には全く関係ないではないか?
だがケルベロスは年齢に似合わず織姫の剣幕に全く怯まず、
「強い力を持った精霊使いという名の、殺人マシーンかな?」
けろりと言い返した。
「なっ……」
これには言った本人と悠斗以外の全員が色を失ってしまう。
「こいつは、こういう奴なんだ。それで、他にも面倒なことというのは?」
説明を続けるように、悠斗は促した。
「うん。日本に来たのは、エジプトの精霊使いだけじゃないんだ」
ケルベロスが言うには、まずその精霊使いを追ってアメリカの民間軍事会社シリウスが、精鋭を日本へ派遣したらしい。
どうも、そのエジプトの精霊使いは特殊な精霊と契約しているため、データ収集が目的とのことだ。
次に、目的は不明だが中国の黒旗軍と呼ばれる部隊も日本に上陸した。
これはアメリカ国防総省本部庁舎、すなわちペンタゴンからの情報なので確実である。
「精霊争覇戦に香港四天王との戦いが重なったけど、今回も厄介なことが同時に押し寄せてきそうだなあ」
軽い頭痛に襲われ、悠斗は思わず情けない声を出してしまう。
「シリウスは敵じゃないから大丈夫。戦場でかち合うことはあるかもしれないけど」
ケルベロスは気楽に言うが、まさにそれが現実となるのだ。
「取り敢えず、エジプトの精霊使いを捕まえるのが先決か」
1つずつ片付けていくしかない。
最も容易に思えたことから悠斗は手を付けることにした。
しかし、結果から逆算すれば、それが一番難関だったのである。




