番外編 生徒会長の思い出 ~その1~
んんんんん~!
夏休みの精霊学園第3分校には、当たり前だが人気が少ない。
生徒が休みだからである。
「織姫さん、後は私がやっておくから上がって」
そんな中、生徒会は雑務を片付けていた。
明るい時間の長い夏の日の、ようやく陽が傾きかけた頃だ。
茉夏は織姫に帰宅するよう促した。
「ですが」
どうも仕事を押し付けてしまうようで、織姫は帰るのを渋る。
「お義兄さんを、汐莉や愛李さんに取られるわよ?」
冗談めかして茉夏がそう伝えると、大人しく織姫は片づけを始めた。
げんきんなものだ、と茉夏は頬が緩む。
「では会長、失礼します」
「お疲れさま。明日もよろしくね」
「はい」
短く返事をすると織姫は急いで生徒会室を後にした。
義理の兄とはいえ気になる異性に夢中な織姫が、茉夏はちょっぴり羨ましい。
それが決して成就しない、何故なら恐らく本命は別の子である、とわかっていても。
「ふう。今日はここまでね」
そろそろ下校時間が近づいてきたこともあり、茉夏も手早く1人となった生徒会室の整頓を済ませた。
窓の外に目を向けると、部活動(!)にいそしんでいた運動部も校庭をせっせと整備しているところだ。
その光景を眺めていると、茉夏はなぜか胸がじんとしてしまう。
「そういえば、先輩もよくこの時間に外を見ていたわね」
今ならハッキリと先輩の気持ちが理解できた。
半ば戦うことを義務付けられた精霊使いにとって、最も平和を感じられる空間だからである。
茉夏も憧れていた男子生徒がいたのだ。
今年の3月に卒業した前生徒会長の先輩がその相手だった。
勝手に舞い上がっていただけかもしれないし、恋をしている自分が好きだっただけなのかもしれない。
ただ特別な感情だったのは間違いないはずだ。
まだ半年も経っていないのに、茉夏はずいぶん遠い昔の事のように感じられた。
蒼家の次期当主候補である蒼茉夏は、精霊学園第3分校に入学してすぐ、当然のように生徒会に入れさせられた。
役職は副会長である。
まあ副会長は1人ではないのだから、実質的には来年度の生徒会への育成枠といったところだろうか?
副会長から生徒会長という流れは、どうやら伝統的なものらしい。
ということは、いずれ織姫が生徒会長になる可能性が高いのだが、それは置いておく。
「茉夏さん、精霊争覇戦お疲れ。新人戦個人戦、惜しかったね」
夏休みのある日、先輩は茉夏を労いつつ励ました。
茉夏は優勝まであと1歩と迫ったのに、決勝で翠瞬に破れ気落ちしていたからだ。
「まあ、本戦の方も大したことなかったから、茉夏さんが落ち込むことないよ」
情けなさそうに先輩は愛想笑いを浮かべる。
信じられないことだが、第3分校は優勝争いとは無縁の状態で精霊争覇戦を終えていた。
茉夏が新人戦個人戦の決勝に進出したことさえ、快挙だったのだ。
「はい。ありがとうございます」
先輩は何かと茉夏の事を気にかけてくれていた。
蒼家の次期当主争いで勝つこと、他の当主候補を蹴落とすことを強いられていた茉夏にとって、それは非常に心休まる瞬間である。
それを落ちこぼれというのなら、そうかもしれない。
だが他人の気持ちや痛みをわからない人間が、本当に人の上に立つ資格があるのだろうか?
先輩を見ていると、茉夏は心底考えさせられるのだ。
「今日はそろそろ終わりにしようか」
3年生の先輩は、2学期になれば生徒会長の任期を終える。
そのせいか、やや名残惜しそうに見えるのは茉夏の気のせいだろうか?
片付けにもたついてしまい、生徒会室には先輩と茉夏の2人きりとなってしまった。
だからといって何か特別なドラマが起きる、ということはない。
先輩はずっと窓から外を眺めている。
茉夏がいるということさえ気付いていない。
「あれ? 茉夏さん、帰ったんじゃないのか。何か用事?」
「いえ、片付けにもたついてしまって」
「なんだ、そうか。じゃ、一緒に帰ろう」
さらっと先輩は提案する。
いやいや、自分が意識し過ぎなのだと茉夏は自覚していた。
「はい」
蚊のなくような声で、茉夏は返事をする。
2人は並んで、いや茉夏は若干下がり目に歩いた。
「やっぱり虹七家の人間は、優秀なんだね」
別に嫌味でも何でもなく、ただ感心したように先輩は言った。
「新人戦個人戦は準優勝、生徒会の仕事もちゃんとこなすし、凄いよなあ」
「そんなこと、ありません」
「いやいや、大したもんだよ。それに次の生徒会長に推薦しているんだ」
「私が、ですか?」
さすがに茉夏はびっくりした。
2年生の役員がなるものと思っていたし、彼らが納得するのだろうか?
「茉夏さんなら、きっと俺より上手くできるよ」
先輩はそう言うが、茉夏には全く自信がなかった。
しかし、評価してもらえるのは素直に嬉しい。
蒼家では経験できないことである。
「それで結局、茉夏は生徒会長選に立候補するのか?」
始めて腰にぶら下げている刀を見たときは、銃刀法違反ではないかと驚かされた同級生の壬生汐莉が好奇心丸出しの目をこちらに向けている。
このとき汐莉も風紀委員で活躍していた。
「2年生で立候補する生徒がいるなら、譲るつもりでいるわ」
「どうして?」
「それは……」
茉夏は返答に窮する。
口が裂けても先輩がいないのなら、生徒会なんかやっていても無意味だとは言えない。
「なかなか大変なのよ。私は蒼家の次期当主も狙ってるし、掛け持ちはね」
茉夏は違う理由をあげた。
蒼の血を引いていない人間を当主に据えるなどという案が現当主の口から出たとき、大いに慌てたものである。
「それこそ生徒会長になっておいた方が、有利に働くんじゃないか?」
素朴な汐莉の疑問は、茉夏に再考を促すには十分なものだった。
「そういう考え方もあるわね」
「まあ精霊大学の推薦入学という特典もあるが、茉夏の成績ならそっちはオマケだな」
にやりと汐莉は笑う。
セクシー担当が台無しな気がするのは茉夏の気のせいではない。
「話は変わるが、今の生徒会長のことをどう思う?」
「どうって、どういうこと?」
「頼りないというか、腑抜けというか」
どうやら茉夏と違い、汐莉は精霊争覇戦の結果が気に入らない様子である。
負けてへらへらしていたことに、大層ご立腹だったことを思い出した。
「勝つことだけが、全てじゃないわ」
矛盾した発言だと、茉夏は理解している。
次期当主になれなくてもいいとは思っていないからだ。
でも、それが全てではない。
それが全てだったら、悲し過ぎるではないか。
「私たちは精霊使いであると同時に、高校生でもあるわ。だから学生が勝利至上主義に走るのは違うと思う」
「ずいぶん庇うんだな。意外だよ」
「家でも学校でも張り詰めていたら、保たないわ」
ああ、そうか。
生徒会長になる十分過ぎる理由があるではないか。
それに茉夏は思い至った。
落ち着ける場所が欲しい!
生徒会長になれば生徒会は自分の好きに出来る。
こういう風に考えれるということは、今の生徒会も居心地が良い居場所に違いない。
先輩は大したものなのだ。
「あと先輩は優しいわよ?」
茉夏はにこりと微笑んだ。
まさかの発言に汐莉は目を瞬かせる。
「茉夏、もしかして? でも、確か会長には……」
「どうかしら? もしそうなら一方通行、ということになるわね」
さほど気にしていない。
憧れは抱いているが、先輩に恋をしているという確信が茉夏には持てなかったからだ。
もっとも汐莉からすれば、強く意識しているという時点で惚れているということになるのだが。
本人の捉え方の問題ともいえる。
「よし! 生徒会長選に出るわ!」
ともあれ、茉夏は高らかに宣言した。
「そうか。茉夏さんが生徒会長になってくれるのなら安泰……、いや向上だね」
妙な褒め言葉を先輩は口にした。
それが正しかったことは、次の精霊争覇戦で証明されることになる。
生徒会推薦の現役副会長かつ蒼家の次期当主候補が出馬するということで、他の立候補者は無し。
予想通り、しごくあっさりと茉夏は次の生徒会長に決まった。
あとは先輩の任期満了までに引継ぎを終わらせるだけである。
ただ他の役員には3年生の引退に伴い空席ができるため、そこは半年後に入学する1年生で埋めるつもりだった。
また風紀委員も代替わりが行われ、汐莉が風紀委員長となる事が決定している。
およそ半年後に波乱に満ちた事件を精霊学園第3分校が迎え撃つことになるが、今はまださざ波1つない平穏な航海の最中だった。
「まだ、いたんですか?」
下校時間ぎりぎりまで生徒会室に居残って窓の外を見ていた先輩の背中に、茉夏は声を投げた。
「うん。生徒会長も今日で最後だからね」
茉夏に振り向いた先輩は、どこか淋しげな面持ちだ。
生徒会長として2年も生徒会室に通ったのだから、色々と愛着があるのだろう。
自分も引退のときに、同じような郷愁が胸にこみ上げてくるのだろうか?
2年後にならなければわからない。
「先輩、じゃあ最後の戸締りもお願しますね」
思い出に浸る先輩をそっとしておき、茉夏は生徒会室から去った。




