番外編 霧の都の休日 ~その5~
『流水の滝!』
広範囲をカバーする防御魔法をシャルロットは選択した。
流水の滝は衝撃波の威力を抑え、誰も切り刻まれることもなく、せいぜいSPが何人か仰向けにひっくり返った程度で済んだ。
『こんなにも強力な精霊魔法を……。どうしてRIRAに』
完全に防げるとシャルロットは思っていた。
それが裏切られたときのショックは大きい。
弱気を振り払うため、今度はこちらから仕掛けることにした。
『海神の三叉槍!』
『旋風の赤槍!』
それにも関わらずディルムッドはこちらに猶予を与えず、畳み掛けるように精霊魔法を繰り出す。
虎の子と言われるだけのことはあるようだ。
その証拠に海神の三叉槍は、いとも容易く旋風の赤槍にかき消されてしまった。
日本で銃弾にも臆せず、自衛隊とロシア軍人の争いを余裕で止めたシャルロット・クロウリーが翻弄されている!
否が応でも認めざるを得なかった。
『炎熱の投げ槍!』
『落雷!』
火と雷の精霊魔法が戦場に割り込み、旋風の赤槍を撃ち落とす。
この支援がなかったら、もしかするとシャルロットの命は失われていたかもしれない。
『達也に、セシリア!』
ふとシャルロットの頬がほころぶ。
なんだかんだでアテにしているのだ。
『あ~、悪い。フィンとグラーニアには逃げられた』
『申し訳ありません、お嬢様』
それで2人は急いで、こちらに駆けつけたという次第だ。
『いえ、助かったわ』
シャルロットは素直に礼を言った。
下手をしたらディルムットに殺されていたかもしれないのだ。
『どうやら、こっちが本命らしいな』
並々ならぬ精霊力を発するディルムッドを見て、達也は看破した。
単に精霊使いとして見た場合、これほど圧力を感じる相手を前にするは始めてだ。
強敵、である。
『あの、他に精霊使いの人はいないの? 3人だと厳しそうなんだが』
『残念ながら、精霊使いのSPはいません』
達也の質問に答えたレストレードも、精霊魔法は使えない。
『そう、ですか……』
つい、達也は困ったように視線が宙を泳いでしまった。
その視線がオズワルドを捉え、苦笑を浮かべる。
『シャルロットは防御に専念を。オズワルドさんの事も忘れずに。攻撃は俺がやる。セシリアさんは押せそうなら攻撃を、逆に押し負けそうなら防御を、それぞれサポートして下さい』
次の瞬間にはスイッチが入ったように、達也はてきぱき指示を出した。
『わかったわ』
『わかりました』
クロウリー家の従姉妹は共に黙って指示に従う。
シャルロットは達也の戦術家としての面を評価していたし、セシリアはこれまでメイドとして指示に従うことに慣れていた。
『炎熱の渦!』
まずは作戦通り達也が精霊魔法を放つ。
『旋風の鎌!』
しかしディルムッドは新たな防御魔法を展開せず、攻撃するという判断を下した。
普段から用心して張り巡らせている竜巻と、精霊力で抵抗できると踏んだのだ。
達也は眉間に縦じわを刻む。
舐められているのか、それとも潜在能力の高さからくる自信なのか?
『流水の凧盾!』
しかも嫌らしいことに、確実にオズワルドに狙いを定めてくる。
そうはさせじとシャルロットが防御魔法を展開した。
『雷の柵!』
流水の凧盾では防ぎきれないと見たセシリアは、流水の凧盾の上からさらに防御魔法を敷く。
それは正しく、2つ防御魔法を重ねてようやく旋風の鎌は消滅したのだ。
シャルロットとセシリアも優秀な精霊使いなのに、防御ですらギリギリである。
そして達也の炎熱の渦は、あっさりと掻き消されてしまった。
『これは、マズイな』
達也の胃がきゅっと締め付けられる。
状況を打開する術が見つからない。
幸い?
な点はディルムッドの標的は、あくまでオズワルドということだ。
そこさえ守りを固めておけばいい。
それにしても3人で攻撃を凌ぐのが精一杯というのは、いささか情けなかった。
幾度目かの精霊魔法による激突が繰り広げられた後、ようやく状況に変化が訪れる。
『やっと騎兵隊が到着しましたよ』
レストレードが安堵の溜め息を吐く。
いかにも軍人といった風貌の屈強な男たちが姿を現したのだ。
『アレクシスお父様!』
その屈強な男たちを率いていたのはシャルロットの父、アレクシス・クロウリーだった。
SAS連隊に所属している。
特に精霊使いを選りすぐって連れてきたようだ。
不利を悟ったディルムッドは、すでにこの場から離脱している。
何人か追跡に入ったが、果たして捕えることが可能だろうか?
『よく頑張ったね、シャルロット。レストレードの連絡を受けて、非番の者に声をかけていたら遅くなってしまったよ』
アレクシスはシャルロットを抱き締める。
他の者はその様子を、ただ眺めていた。
『よくぞ来てくれた。この恩は忘れんぞ』
SPの影に隠れていたオズワルドが、ここぞとばかりに出てきて握手を求めた。
『いえ。私はあくまで娘を、一般人を助けに来ただけですので』
さり気なくアレクシスはスコットランドヤードを立てた。
SASが本格的に介入したとなると、後々厄介なのだ。
『確かに、誤解されかねんな』
事情を察したオズワルドは大きく息を吐く。
『シャルロット。私はオズワルド議員を自宅まで送っていく。お前はクロウリーの家に帰りなさい』
『わかりました、お父様』
軽く挨拶を交わし父娘は別れた。
セシリアさんには何もないのかと、達也はアレクシスの背中にきつめの視線を投げつけた。
『2人も良くやってくれたね。スコットランドヤードを代表して、礼を言わせてもらうよ』
それに対してレストレードは如才なく、達也とセシリアに感謝の言葉を述べる。
この2人がいなければ、確実にオズワルドは命を落としていただろう。
真の功労者は達也とセシリアということを、レストレードはわかっていた。
『いえ。結局、誰も捕まえることは出来ませんでしたし』
未然に防いだだけでも素晴らしいのだが、逆にそれが達也の限界でもある。
相手が強過ぎた、という事情があるにせよだ。
『達也さんの指示に従っただけです』
相変わらず?
セシリアの態度は感情が籠っていない。
『あの3人を捕まえるのは難しいですが、シャムロックの本拠地を突きとめました。ロンドンからテロ組織が1つ、失くなりますよ』
これが今回の事件のレストレードの成果だった。
『あえて泳がした。違いますか?』
達也の言葉は的確に事実を突いているものだ。
意図的にテロ組織の構成員を逃がし尾行する。
本拠地に辿り着いたところを、スコットランドヤードの警官隊が踏み込むというシナリオのはずだ。
「タツヤ、タカヤナギ。あなたは大した方だ」
「日本語を!?」
「タツヤも英語が話せるではないですか」
レストレードはニヤリと笑う。
つられて達也も笑い始めた。
こちらの素性は全て筒抜けだったのだ。
まんまと手の平で踊らされてしまったと、達也は肩を竦める。
実際には、そんな事はないのだけれども。
「精霊大学を出たら、スコットランドヤードに来る気はありませんか? コネで入れて差し上げますよ。考えておいて下さい」
本気とも冗談とも取れない台詞を発し、レストレードは手を振りながら立ち去る。
「評価してくれるのは嬉しいが、まだ6年以上先の話だしなあ」
さすがにそこまで先のことは考えておらず、達也は1人ごちた。
その後、1週間ほど達也はロンドンの日常を楽しんだ。
セント・ジェームス・パークのベンチでサンドウィッチをつまんだりした。
『セシリアも日本に行かない?』
その最中、シャルロットが何やらセシリアに話しかけている。
この従姉妹が会話するようになったのは、トラファルガー広場での戦い以降だ。
それ以前は会話どころか、目を合わせようともしなかった。
ずいぶんと関係が進歩したものである。
『いえ。私はロンドンを離れたくありません。それにアレイスター様のお世話もしなくては』
まあ、セシリアの方はいつもの平坦な受け答えに終始していたが。
それでも返事を寄越すだけマシといえる。
ついでに言っておくと、セシリアは外に出るときはメイドの格好をしない。
トラファルガー広場のときは、着替える時間がなかったのだ。
そしてシャルロットの従姉妹だけあって、冷やかなイメージがするものの、すれ違った男性は十中八、九振り向いてしまうだろう容姿をしていた。
セシリアの方がシャルロットより年上なため、より美人度が完成されている。
達也でさえ……。
「がっ!」
「どこを見ているのかしら?」
シャルロットはニコニコと笑みを浮かべながら、セシリアに見蕩れていた達也の足をぐりぐりと踏みつけたのだ。
「良く似た従姉妹だなあって」
「無理しなくていいわよ? セシリアの方が綺麗だもの、見蕩れるのも無理ないわよ」
「いや、シャルロットだって十分に」
「だって? だってって、どういう事よ!?」
物凄い剣幕でシャルロットは達也を睨みつける。
その様子を日本語がわからないセシリアは、相変わらずの鉄面皮で見ていた。
日本語が理解できても、表情は変わらないだろう。
ただ少しだけ心が動かされた、そんな気がした。
『達也』
ぽつり、とセシリアは呟く。
『ありがとう』
達也の目には、セシリアが微かに笑ったように映った。
達也の話は、これで終わりとなります。
日本以外の物語を練ろうとすると、誰かを無理矢理海外へ旅行させないといけないのが、辛いですね。
ディルムッドら3人は、レストレード警部に任せましょう。
恐らく、うまく話しに組み込むことが出来ないので、登場しないと思います。




