第10章 それぞれの決着 ~その2~
織姫はここぞとばかりに悠斗の体に寄りかかる。あくまで疲労からくるものであって、不可抗力だ。
2人の体はぴたりと密着するも、織姫にとって非常に残念なことに悠斗はあくまで作業として医務室へ運ぶことに意識を集中していた。
間違っても義理の妹に欲情することはないようだ。
「織姫、大丈夫か?」
思い切り体を預けてくる織姫に、悠斗は表情が硬くなる。
それほど苦しいのだろうか?
先ほどから織姫の顔が火照り、体温も高くなっているのが触れている体を通じて悠斗に伝わっていた。
「全然、大丈夫ではありません。ですから、このままずっと抱き締めていて下さい」
精一杯のわがままを織姫は言ってみる。
「……は? あの、織姫、ちょっと?」
「次の試合も棄権します」
ぎゅっと織姫は悠斗にしがみついた。
ますます全身が、かっと熱くなる。
「お願いします、お兄様」
悠斗の気を引くために、わざとらしく織姫は弱々しく呟いた。
これが汐莉なら悠斗の耳元で甘く囁き誘惑の1つでもするのだが、織姫にそんな度胸も経験もない。
せいぜいか弱い女の子を演じるのが関の山である。
そんな自分は、とても卑怯者だと織姫は自覚していた。
いつも手を伸ばせば届く距離にいるのに、このようなズルいことしかできない自分に嫌気がさす。
愛李や汐莉は、こんな姑息な手は使わないというのに……。
「医務室までだぞ?」
無機質なまでに、抑揚のない声で悠斗は答えた。
それでも織姫は嬉しくなり舞い上がる。愛李との死闘の疲れも吹き飛んでしまったほどだ。
「はい、お兄様!」
もはや行く必要もなかったが医務室に辿り着くまでの短い間、もやもやしたものを頭から追い払い、織姫は存分に悠斗に甘えるのだった。
「策はあるか?」
蓮にそう訊ねられたとき、一瞬、達也は何を言われたのかわからなかった。
それほどまでに予想外の言葉だった。
孤高のプライドを持つ蓮が、他人に意見を求めるなど誰が予想できよう。
「策……、作戦と呼べるほどの代物じゃないが」
自分達と相手チームの技量を踏まえた上での理想的な戦い方、というのなら達也はイメージ出来ていた。
「次の相手は見たところ攻撃役が1人、防御役が2人という編成だから守備的なチームといえる」
達也は要点をかいつまんで説明する。
3人1組なのだから、チーム内における各々の役割は決まっているのだ。
編成は極めて単純で攻撃役1人に防御役2人の守備重視か、攻撃役2人に防御役1人という攻撃重視の2パターンしかなかった。
攻撃役3人とか防御役3人というチームはありえない。
前者は攻撃を防がれた瞬間に負けが確定するし、後者は攻撃の手段がないのだ。
あまりに融通がきかないため普通は不採用となる。
達也たちのチームは、ある意味で攻撃役3人という編成だったが……。
今回の相手チームは守備重視の堅実な編成だった。
「セオリーとしては、真っ先に相手チームの攻撃役を叩くのが正しいが、あえて防御役の片方を狙う」
これまでセオリーを無視して戦ってきたため、達也は苦い表情を浮かべる。
「ふむ。攻撃役に防御魔法が集中するから、それを避けるわけか」
この辺りの呑み込みの良さは、さすがに紫家の直系であることを窺わせた。
実は防御役が一番無防備となってしまうことを、蓮はすぐに理解したのだ。
そこを突くのが、達也の作戦である。
「守なら、攻撃役の精霊魔法を防ぐことが出来るという前提だな?」
正確な洞察力に基づいた蓮の指摘に、
「そういうこと」
達也はにっこり笑って首肯した。
相手チームの攻撃役がフリーとなってしまうが、それは守なら防御しきれると判断した上での作戦だ。
第3分校の代表選びの際、達也が守に勝ちを収めることが出来たのは、立ち位置の違いの差でしかなかった。
次の試合で代表になれる達也と、すでに代表に決定していて消化試合だった守とでは、モチベーションに大きな隔たりがあるのは無理もない話だ。
チームを組んでみて、達也はそれを実感している。
今の精神的に充実している守の防御魔法を破る自信が、達也にはなかった。
「やっと僕の出番だぁ!」
ようやく自分の名前が話題の俎上に上り、守は無意識の一隅に安堵に似た心理のひとかけらが蠢く。
しかも、精霊使いとしての適性が活かせそうなのである。
「防御に専念してもらうことになるが、構わないか?」
トーンの低い声で達也は守に伝えた。
面白味のない、そんな役割だからだ。
「防御は僕に、任せてよぉ~!」
達也の懸念をよそに、守は俄然やる気を出して闊達に笑い始めた。
防御魔法は守の十八番だからだ。
ようやく真価を発揮できる場が与えられたのである。これで燃えないわけがなかった。
「決まりだな、行くぞ!」
気合を入れ直し、ネジを締め直して蓮は会場へ向かう。
その背を目で追いながら、達也は首を捻る。
これまで蓮は、自分の考えが全てで他者のことなど気に止めもしない性格だ。
それは精霊争覇戦が開始されてからも変わる事はなかった。
それが、ここへきて勝つための方策を求めてきたのである。
一体全体、どういう心境の変化なのだろうか?
達也には皆目見当もつかない。
「紫家の直系として王道を歩んできた蓮さんは、何よりも勝利することが優先されるんだよぉ。2度も不覚をとることは、許されないんだぁ」
守の横顔に悲哀の色が刻まれた。
しかし、それだけでは蓮の心変わりに対する説明は不十分だ。
薄氷を踏みつつも、これまでも勝利を収めてきたのだから。
「まさか、な……」
1つの仮説を達也は立てた。
精霊争覇戦に出場している生徒達が、予想を超えて力を付けているという事実を、蓮は肌で感じたのではないだろうか?
特に先ほどの新人戦個人戦で、紅家の当主までが途中でリタイアしてしまったことが、心理的に影を落としたのかもしれない。
ましてや、そこまで織姫を追い込んだのが自分を打ち負かした愛李なら尚更、危機感を煽られずにはいられなかった、というのは少し穿ちすぎだろうか?
あくまで達也の憶測に過ぎなかったが。




