第10章 それぞれの決着 ~その1~
明けまして、おめでとうございます!
「どうやら終わったようだな」
幾度か瞬きをし、悠斗は背筋を伸ばした。
ずいぶんと肩がこっている。
香港四天王は全員倒され、香港軍の本拠地となっていたタンカーも織姫たちが制圧を完遂した。
火トカゲの目を介した情報を咀嚼すると、そのように結論できる。
自分の肉眼で見渡せる範囲にも敵兵の姿は認められない。
ふっと悠斗の身体も精神も弛緩した。
「悠斗、被害はどれくらい出た?」
達也の目下の関心事は生徒の死傷者数である。
緊張の面持ちで、悠斗の答えを待った。
「負傷……、いや軽傷かな? 軽い怪我をした生徒はたくさんいるが、死人や重体の生徒は1人もいない。だから心配しなくていい。この程度の被害で済んだのは、全て達也のおかげだ」
「そう言っておもらえると、助かる」
不安の種が取り除かれた達也は、肺が空になるほど大きな溜息を1つ吐いた。
「古式さんも、お疲れさま」
幾度も悠斗は近距離、長距離を問わず攻撃を受けたが、愛李はそれらを全てシャットアウトしてみせたのだ。
愛李の守護があればこそ、悠斗は火トカゲの制御に専念できたと言っても過言ではない。
「そんな、私は、ただ……」
悠斗のことを絶対に守る。
それは愛李にとって全てに優先されることだ。
特に労われるようなことではない。
そのように自分に言い聞かせながらも、どうしようもなく胸は高鳴る。
火照った顔を見られるのが恥ずかしくなり、思わず愛李は顔を背けた。
「あとは自衛隊や、日南さんの仕事だな」
愛李の素振りをやや気にしつつ、悠斗は溜め息交じりに独語する。
戦後処理(?)は、さすがに個人の力ではどうしようもない。
日南が任せたのも、恐らくはここまでだろう。
それに本音を言えば、そろそろ休ませて欲しかった。
自分だけではなく、親しい人間の命まで気にしながら戦うのは、どっと疲れるのだ。
幸いにも、いや必然というべきか本日の予定は明日に延期となった。
こそこそと隠れるようにして与えられた自室に戻り、悠斗はベッドに倒れ込む。
溜まった疲労から、すぐに熟睡してしまう。
明朝は織姫と愛李の試合から始まる。
この大一番を見逃すわけにはいかなかった。
宿命の、というのは大袈裟か。
因縁ならば、あながち間違いでもないだろう。
――新人戦個人戦の準決勝。
紅織姫と古式愛李という注目のカードである。
片や紅家の次期当主で優勝候補筆頭。
片や無名のダークホース。
この勝負に、観衆が色めき立つのも無理はない。
スタジアム中の衆目の耳目が2人に集まり、異様な状況の中、
「始め!」
審判の合図と共に、織姫と愛李は印を結び始めた。
しょっぱなから愛李は勝負をかけているのか、両手で印を結んでいる。
スタジアムのほとんどの生徒が見慣れぬ挙動だ。
だが、それ以上に織姫の圧倒的な精霊力の巨大さに飲まれてしまう。
普段一緒に過ごしている悠斗でさえ、驚きを隠せない。
「それだけ勝ちたい相手ということか……」
義理の妹にそのような依怙地な一面があることを見抜けず、悠斗は頭を掻きながら再び2人の試合に意識を向けた。
「岩石の槌!」
まずは愛李が精霊魔法を完成させる。そして若干のタイムラグのあと、
「岩石の城壁!」
防御魔法を展開させた。
観戦している多くの生徒は、同時に顕現したようにしか見えなかっただろう。
愛李の技量に舌を巻く生徒が多かったのだ。
2つの精霊魔法を同時に準備するということは、瞬間的に必要な精霊力が跳ね上がる事を意味していた。
その精霊力はかなりのもののはずなのだが、織姫の天井知らずに高まった精霊力を前にしては霞んでしまう。
「……絶対零度の剣!」
氷姫の異名に相応しい冷気を身にまとい、織姫は絶対零度の剣を顕現させた。
亜種精霊に分類されるだけあって、氷の精霊魔法を高いレベルで使いこなす精霊使いはなかなかお目にかかれない。
その希少な精霊使いを目撃したした生徒たちが、今度は一時だけ息を飲む。
「4振りも顕現したのか」
2人の新人戦とは思えぬ白熱した試合に対する周囲の喧騒とは裏腹に、悠斗は落ち着いて戦況を見極め静かに言った。
義理の妹の普段とはまるで違う姿を目の当たりにし、悠斗は何もわかっておらず胸が詰まる思いだ。
2振りの絶対零度の剣が岩石の槌を叩き割り、残る2振りが岩石の定石を切り裂く。
絶対零度の剣の威力は絶大で、1振りたりとも消滅しなかった。
それどころか、今も増殖している最中である。
織姫の精霊力も、一向に衰える気配がない。
それに引き換え愛李の精霊力は枯渇しようとしていた。
ずんと重くなった体が崩れ落ちないよう、気力で支えている状態だ。
それでも尚、愛李の奥底に宿る闘志は燃えていた。
歯を食い縛り、再び両手で同時に印を結び始める。
愛李が精霊魔法の準備をしている間、織姫はあえて攻撃せず、絶対零度の剣を8本にまで増やして万全の態勢で迎え撃つ選択をした。
2人は正面から己の全てをぶつけ合う覚悟である。
「岩石の槌!」
精霊力だけではなく、持てる全ての物を上乗せした愛李の乾坤一擲の『2撃』。
防御を放棄し、2挺の岩石の槌が顕現した瞬間、愛李の体はパタリと倒れ込んでしまう。
この時点で愛李の勝ちは無くなった。
良くて相討ちの引き分けである。
岩石の槌による1撃目――――。
巨人が振り下ろしたが如く、上空から猛烈な勢いで織姫めがけて真っ逆さまに急落下してきた。
この一撃で織姫の身を守っていた絶対零度の剣が3振り、嫌な音を立てて砕け散る。
「くっ……」
精霊魔法同士の衝突の余波で、織姫の体が後ろによろめいた。
踏ん張りを利かせて、次の一撃に備える。
岩石の槌による2撃目――――。
今度は横から薙ぎ払うように肉迫する岩石の槌を防護する。
1、
2、
3、
4…………、振りまで絶対零度の剣が粉砕されたものの、岩石の槌は消滅し、愛李の最後の攻撃をついに防ぎ切った。
絶対零度の剣は1振りだけ残り、織姫の勝利が決まる。
「おめでとう、織姫」
まさに絶妙なタイミングで悠斗は現れ(勝手にグラウンドに入った)、倒れそうになる織姫の体を支えた。
「お兄様……」
「織姫といい、古式さんといい、どうしてこんなに無茶するかなあ?」
途中から2人が限界まで精霊力を出し尽くすことを予見した悠斗は、救護班に待機してもらってあったのだ。
すでに愛李は担架に乗せられ、医務室に運ばれている。
「お兄様だって、いつも無茶しているじゃありませんか?」
織姫は口をへの字にし、不満を口にする。
そのように言われてしまうと、悠斗は返す言葉もなかった。




