第9章 錯綜する思惑 ~その6~
「ええ、今の東方不敗と同じくらいの力を持った精霊使いが香港にいれば、何の問題もなかったはずです」
しみじみと総司は言った。
今回の作戦で命を落とした者もいるだろう。
そういった犠牲さえでなかったはずである。
「私達が弱いから、後継者としての実力が足りないから、だから火の王、魔神イフリートを中国や香港の精霊使いに契約させようとしたの? 嘘よ! そんなの、信じられない……」
愕然として、わなわなと林彩華はその場にへたり込む。
高校生に負けたことなど、すでに記憶の彼方へと消え去っていた。
「残念ながら、そうとしか考えられません」
無情にも総司はハッキリと告げる。
東方不敗に次ぐ実力者である香港四天王。
その筆頭である林彩華は、いわば香港のナンバー2の実力者、さらにいえば最有力後継者候補のはずだ。
それが高校生に囚われてしまうという体たらくだ。
東方不敗が香港の、中国の将来を憂えたとしてもおかしくない。それどころか自分亡き後の事を考えると、不安で仕方ないのではないか?
「東方不敗には、もう時間が残されていないんですね」
だから無理をしたことが、総司には手に取るようにわかった。
東方不敗は自分の命数が少ないことを知っているのだ。
「私達が不甲斐ないばかりに、申し訳ありません。東方不敗様……」
林彩華は胸が張り裂けんばかりに苦しくてたまらない。悔恨という言葉では言い表せない感情がせり上がってくる。残酷な真実は、いつだって辛い。
林彩華のすすり泣く音が耳に届いたとき、総司はそっと目を逸らした。
自衛隊精霊大隊も香港軍を迎撃していた。
スタジアムに侵入した香港軍の兵士が予想外に少なかったのも、彼らの活躍があればこそだ。
「なんで、あんなところに?」
市野成樹の視野に入ってきたのは、金髪の少女だった。
戦闘しているのがわからないのか、真っ直ぐスタジアムへ向かおうとしている。
「危ないから、スタジアムから離れて!!」
成樹は大声で叫ぶが、少女の耳には届かない。
銃声や怒号が轟いているのだ。
いくらなんでも異常事態と気付くはず。
しかし、その金髪の少女は精霊争覇戦の観戦が楽しみなのか、どこか浮き浮きした様子で足取りが軽やかだ。
さすがに放っておくわけにもいかず、成樹は1人部隊から飛び出した。
そこへ香港軍の射撃が集中する。
「しまった!!」
自分が動いたせいで、かえって成樹は金髪の少女を危険に晒してしまったのである。
「炎熱の柱!」
急いで成樹は防御魔法を展開させるが、自分の身を守るので精一杯だった。
金髪の少女にまで手が回らない。
だが心配は無用だった。
目の前の空間に、いくつもの波紋が生まれる。
弾丸が水の壁に着弾し、貫通出来ないでいた。
「お怪我はありませんか?」
逆に成樹の方が気遣いされてしまう有様だ。
かなり防御魔法が広範囲に展開されているようだった。
「あなたは?」
「私はシャルロット・クロウリーです」
「! そうでしたか、さすがですね。自分は自衛隊精霊大隊所属、市野成樹三尉であります。ここは危険ですので、ご同道願います」
一般市民、というにはシャルロットの家柄と精霊使いとしての能力は普通ではないが、成樹の立場ではこのように言わざるを得ない。
それにクロウリー家の人間に何かあったら、国際問題に発展する可能性もあった。
「ごめんなさい。少し、気になる事がありますので」
ぺこりと一礼して、シャルロットはやんわりと成樹の提案を断る。
実はある人物を追跡中なのであった。
今は姿が見えないが、恐らくスタジアムの反対側にいるとシャルロットは動きを読んでいる。
「私にもしものことがあっても、クロウリー家は日本政府に対して圧力をかけるようなことは致しません」
さっと踵を返しシャルロットは目的地を目指す。
一瞬、逡巡したが成樹は随行する判断を下した。
「自分も、気になりますので」
軽く頬を緩ませ、成樹はシャルロットと並走する。
その容姿にアテられたせいもある。
「別にクロウリー家の密命でも、何でもないわよ?」
シャルロットは少々呆れつつも、人手が多くなることに関してはありがたく思う。
ほどなくして、目当ての人物を視界に捉えた。
「あれはナターシャ・サフィーナじゃないか。高城彰と別行動をしているのか?」
先に反応したのは成樹だ。
当然、ナターシャがロシア軍極東軍管区所属の軍人だと知っていた。
高城彰と行動を共にしている場合は精霊学園第1分校の生徒と見做すが、単独だとロシア軍人として動いていると考えていい。
「やっぱり軍人だったんだ。さっきから、何か嗅ぎまわっているのだけど……」
ただ者ではない身のこなしに、シャルロットは興味を魅かれたのだ。
目にしたのは、単なる偶然だったが。
「ロシア軍人が、日本で何をしている!?」
他国の軍人の活動を、自衛隊の人間として成樹は見逃すわけにはいかなかった。
「自衛隊ね。日本の国益を損ねるようなことは、してないわよ?」
今回の香港軍の襲撃にマトリョーシカが投入されるという情報を、ナターシャはロシア軍経由で事前に掴み調べているだけである。
かつてロシア軍極東軍管区を震撼させた人型兵器マトリョーシカ。
それを香港が所持しているとなれば、調査するのはロシア軍極東軍管区からすれば当然の措置だった。
「だとしても、事前に通達すべきだ」
問答無用で成樹は印を結び始める。
許可なく他国の軍人に日本で活動されては堪らない。
「無駄足だったうえに、無駄な戦いを強いられるわけね」
ナターシャも受けて立つ。
確かに不用意だったのは認めるが、弁解すらさせてもらえないのではやむを得なかった。
「炎熱の渦!」
初手から成樹は大きい魔法で勝負する。
それだけ自分の精霊力に自信を持っていた。
「氷の岩石!」
ナターシャは炎熱の渦を氷の岩石で押し潰し、消化できる防御魔法を選んだ。
狙い通りに炎熱の渦は消え去る。
「おらあっ!」
精霊魔法を放つと同時に成樹は駆け出していた。そして拳をナターシャの顔に叩き込む。
完璧に不意を突かれた格好だが、反射神経のみでナターシャは最初の一撃を躱す。
その後の成樹のラッシュは、さすが鍛え抜かれた軍人と唸らせる動きで対応した。
時に拳打を避け、時に拳打を受け止め、時に反撃してみせる。
正規の軍人同士の卓越した肉弾戦が続いた。
「流水の鞭!」
ハイレベルの格闘戦を中断したのはシャルロットだ。
成樹とナターシャは流水の鞭に絡みとられ、身動きできなくなる。
「戦場でピリピリするのはわかるけど、せめて相手の話を聞いてからにして!」
ピシャリとシャルロットは言い放つ。
その剣幕と精霊魔法の威力に、
「「はい……」」
ぐうの音も出ない成樹とナターシャであった。
後日、ロシア軍極東軍管区から正式に自衛隊に詳細な報告書を送るということで、成樹は話を着けようとする。
ナターシャも了承し、約束した。
マトリョーシカは劣化した粗悪品だったし、ナターシャは散々である。
おまけに、昇格がまたも遠退くのは確実だった……。
大晦日の投稿です。
みなさん、良いお年を!
そして来年もよろしくお願いします。




