第9章 錯綜する思惑 ~その3~
周囲の観客席をぶち壊すような、激しい精霊魔法の応酬が繰り広げられている。
「なかなか、やるわね」
疲労を感じさせない王慧琳の唇から世辞がこぼれた。
「あなたも、かなりお強い」
対して瞬も愛想笑いを浮かべる。
戦いにおいても、王慧琳と瞬は洗練された所作で振る舞っていた。
これまでの精霊魔法の撃ち合いで、互いに簡単に勝てる相手ではないと実力を認めているのだ。
容易に決着がつかない。
そのことを2人は了承していた。
もちろん迷惑しているのは王慧琳の側である。
紅悠斗と戦う前に消耗するわけにはいかない。だからといって瞬は一筋縄ではいかない相手だ。
このジレンマが焦燥を募らせていった。
凛とした王慧琳の細面が、急に精彩を失っていく。
「こんなところで、足止めを喰らっているわけにはいかないのよ!」
一撃だ。一撃は仕方ない。次の一撃で確実に仕留める。
意を決した王慧琳の眼光に鋭さが増した。
「つれない女性だ」
つまらなさそうに瞬は溜め息を吐く。
気に入った女性に構ってもらえないほど、面白くないことはない。
翠家の次期当主で旋風の貴公子などと称されるだけあって、同世代の少女たちとの逢瀬は幾度も経験したが、さすがに大人の女性とはさっぱりである。
このあたりが虹七家といえど、高校生の限界といえた。
高校という世間は狭すぎるのだ。
違う世代の人間と接触する機会など、ほとんどない。
「そろそろお別れの時間よ」
無慈悲な宣告を王慧琳は口にした。
翠家の次期当主とはいえ、高校生にここまで手間取るとは大きな誤算である。
王慧琳は精霊力を限界一杯まで引き上げた。
「大人の女性なのに、せっかちなことで」
いささか失望しながらも瞬は精霊力を高める。
それは王慧琳に匹敵するほどの精霊力の強大さだった。
「嫌味な子ね」
王慧琳は忌々しげな表情を浮かべる。
こうも容易く自分の限界までついてくるとは思わなかったのだ。
「まさか、ね」
その事実に気付いたとき、王慧琳の首筋に冷気が走った。
自分の限界まで精霊力を高められる相手には勝てない。
いや、そもそもこちらは限界だが、瞬は限界なのだろうか?
迷いを断つように王慧琳は頭を振った。
自分達は東方不敗に師事し、職業軍人である台湾の三将でさえ圧倒したはずだ。
こんな浮ついた学生に負けるはずがない。
己を叱咤し、王慧琳は覚悟を決め精霊魔法を放った。
「岩石の槌!」
自身の持つ精霊魔法の中で、王慧琳は最も信頼できるものを選んだ。
トドメこそ刺せなかったものの、この精霊魔法で台湾の三将の陳永華を悠々と退けたのである。
間違いないはず、だった。
「旋風の鎌!」
憎らしいほど落ち着き払い微笑みさえ横顔に刻みながら、瞬は旋風の鎌を放ってみせる。
岩石の槌と旋風の鎌が、王慧琳と翠瞬の精霊力が激しくぶつかり合う。
これまでの小競り合いとは違い、凄まじい破壊力を秘めた精霊魔法の衝突は、獰猛な衝撃波を生み出し2人に牙を剥く。
「うっ!」「ぬっ!」
王慧琳も瞬も、堪らず呻き声を上げてしまうものの、足を踏ん張り精霊使いの性で反射的に精霊力を高めた。
このことが、王慧琳の命を助けることになる。
岩石の槌を切り裂いた旋風の鎌が目前に迫っていたからだ。
「そんな……」
精霊魔法の撃ち合いに破れた事実にショックを受けるも、日ごろの訓練の賜物で王慧琳は咄嗟に印を結んでいた。
無いよりはマシ。
その程度の防御魔法しか展開できなかったものの、直撃を受けるよりはいい。
次の瞬間には突き上げられるように後方へ吹き飛ばされ、意識を失ってしまうが命に別状はなかったのだ。
「あまり女性に手荒な真似はしたくなかったのだが……」
どこか浮かない顔で王慧琳の体を抱え、瞬は姿を消した。
実家のある名古屋で精霊争覇戦が行われて運の良い人間である。
周朝偉は危惧していたことが現実に起こってしまったと認識するのに、全く時間はかからなかった。
やはり、この精霊争覇戦に参加している精霊使いは……。
「これは、相当骨が折れそうですね」
香港四天王の中でも、周朝偉は理性と良識に富んだ人物である。
そんな彼でも紅悠斗ならともかく今、対峙している少女、蒼茉夏にここで敗北してしまうことをイメージするのは難しかった。
香港四天王としての奢りは、周朝偉といえども無縁ではいられなかったのだ。
周朝偉と蒼茉夏の対決の最中に、悠斗の操る火トカゲがぬっと現れる。
「蒼会長……」
「その声、悠斗君なの?」
「はい。現状を報告します。各分校の生徒達と自衛隊によって、香港軍を撃退しつつあります」
火トカゲを介した悠斗の報告を、茉夏は淡々と聞く。
しかし、次の内容には平静でいられなくなった。
「そして、香港四天王の林徳華を蒼ゆりあが撃破しました」
この時点ではまだ、翠瞬と王慧琳は激闘の只中である。
悠斗としてもゆりあが無事なのは嬉しいが、精霊使いとして名が広がると、戦いに巻き込まれやすくなると懸念していた。
「そう、ゆりあさんが……」
かすかに茉夏の表情が硬くなる。
蒼家の当主争いを鑑みれば吉報とはいえない。
ただ、茉夏以上に衝撃を受けたのは周朝偉の方である。
「あれだけ大口を叩いておいて、これですか」
この場にいないとしても、周朝偉の口調は味方に利いて良いものではなかった。
あからさまに嘲笑したあと、落胆の溜め息を吐く。
「やっていられませんねえ」
やるせない心情を周朝偉は吐露してしまった。
あまりの態度に茉夏は首を傾げてしまう。
周朝偉は捨て鉢になるような人間には見えなかったからだ。
「……わかったわ。ここは任せて」
気を取り直して、茉夏は悠斗に色よい返事をする。
「最初から、そのつもりですよ蒼会長」
火トカゲ越しに、悠斗がニヤリと笑うのが目に浮かぶ。
この場から火トカゲの気配が完全に消えるのを確認してから、茉夏は周朝偉に話しかけた。
「どうやら、お互いによい報せではなかったようね」
話題を振られた周朝偉は、さも意外そうな顔をした。
「あなたにとっても、都合が悪かったのですか?」
「蒼ゆりあは、次期当主争いのライバルなのよ」
茉夏の声には陰鬱な響きがあった。
ゆりあに名を上げられると、その意味合いは違っても、困るという点で悠斗と一致している。
現在、蒼家の次期当主争いはゆりあがリードしていた。
現当主が決めたのだから、当然のことだ。
これまで茉夏は、ゆりあが次期当主なのはあくまで契約精霊の『格』の差だと考えていた。
同じ水の精霊でもウンディーネとリヴァイアサンでは、精霊の格としては後者の方が上である。
決して精霊使いとしての差ではないと、茉夏は信じていた。
精霊使いとしてのゆりあは大したことがない。精霊使いとしては自分の方が上のはず……。
その心の拠り所が、ゆりあが香港四天王を倒したことにより崩れてしまったのだ。
これ以上ない焦燥感を、茉夏は感じていた。
12月23日(月)は祝日ですので、次回は月曜日に投稿します。




