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第9章 錯綜する思惑 ~その1~

「紅悠斗の周りには、なかなか優れた人材が揃っているようだな」


 タンカーの船員に成りすました香港軍の兵士を雷の精霊魔法で薙ぎ倒しつつ、高城彰は素直に賞賛する。

 悠斗の言う助っ人とは、高城彰のグループのことだった。


「それにしても、見れば見るほど似ている……」


 どうしても彰の目は織姫に釘付けとなってしまう。

 昨年の夏から秋にかけて起きたアナスタシア事件で、彰は冬月阿弥という大事な女性を失うことになった。


 その冬月阿弥に、紅織姫は瓜二つだったのだ。

 始めて織姫を見たとき衝撃のあまり、殴られでもしたように彰はのけぞってしまった。


 だが阿弥が生きているはずはないのである。

 何故なら彰の目の前で、阿弥は拳銃で自らの頭を撃ち抜いたのだから……。


「あの子、阿弥にそっくりね」


 高校入学時以来の親友である奥村杏華も、織姫から目を離せないようだ。

 もともと彰達は精霊学園ではなく普通の高校に通っていた。


 彰と杏華、阿弥を含めた5人でいつも仲良く行動していたが、アナスタシア事件が5人の運命を隔てる結果を生んだ。


 あのときの仲間は、今や彰と杏華しかいない。まだあれから1年も経っていないのに、ずいぶん昔のように感じる。


「そういえばナターシャは、どこに行ったんだ?」


 精霊学園第1分校に留学中、ということになっているナターシャ・サフィーナの姿が見えないことが、彰は先ほどから気になっていた。


「ロシア軍の上官に報告へ行ったみたいよ」


 コンビニに買い物に行ったよ。

 くらいのテンションで杏華が言うものだから、危うく彰は聞き流してしまうところだった。


「どうして杏華が知っているんだ?」


 彰は苦笑交じりに訊ねる。


「血相を変えて連絡を取り始めたからよ。ナターシャが慌てて連絡をする相手なんて、簡単に特定できるでしょ?」


 もっとも、杏華もその場面を見ていたからピンときたのだが。


「そうか。事前に何か情報を掴んでいたのか……?」


 普段一緒にいると忘れがちになるが、アナスタシア事件で知り合ったナターシャの本職はロシア軍人である。


 正確にはロシア軍極東方面軍所属の兵曹上長だった。

 兵曹上長というのは上級准尉で准士官だが、すぐ上の階級が少尉と言った方がわかりやすい。


 アナスタシア事件では大した成果を上げられず昇進はしなかった、というのは余談である。

 香港軍の一連の動きをナターシャが察知していたとしても、何ら不思議ではなかった。


 彰と杏華に対しても、あくまで精霊学園第1分校の生徒として友誼を交わしているのであって、情報を提供する義務はない。


 そもそも彰の所属する精霊レンジャー課とロシア軍極東軍管区は、潜在的な敵対関係にある。


 ナターシャが隠密行動をとっても、文句を言う権利はなかった。

 もちろん、それはそれで淋しいものだが……。


「彰、行くわよ?」


 杏華に促されて彰は我に返る。

 今は余計な詮索をしている場合ではない。

 目を転じれば、早くも刀を携えた少女がタンカーに乗り込んでいた。


「香港四天王は出払っているみたいだな」


 このタンカーが香港軍の拠点であることは確実だが、彰が予想していたよりも抵抗が少な過ぎる。

 脱出する際にも利用するハズなのに、防備が薄いことに彰は疑念を抱いた。


「あれは、マトリョーシカ(人形)じゃないか!」


 それを目にした瞬間、彰は憤怒の形相で大声を張り上げる。

 警備が薄かったことに対する疑問も氷塊した。


 アナスタシア事件で藍家の精霊使いを次々と血祭りに上げていった殺戮兵器。

 高性能なAIを搭載し、精霊と契約を交わした人型の……、いや人そのものといっても過言ではないロボット、それがマトリョーシカだった。


 かつて彰を散々に苦しめたマトリョーシカが、今また再び現れ待ち構えている。


「これ以上、阿弥を貶めるような真似をするな!」


 アナスタシア事件の首謀者であった阿弥はマトリョーシカを率い、多くの人命を奪った。

 もちろん、それは許されることではない。


 しかし、阿弥は自らの命で罪を贖ったのだ。

 それなのに香港軍はマトリョーシカを持ち出し、兵器として使用している。


 彰は阿弥を愚弄されている気分になった。

 これ以上、マトリョーシカを人殺しの道具として使わせるわけにはいかない。


「あのロボット、マトリョーシカはこちらで引き受ける。2人はタンカーの制圧を頼む!」


 織姫と汐莉に指示を飛ばしつつ、彰は精霊力を高める。

 昨夏の末に雷の精霊『雷獣ハオカー』と契約を交わしたときに比べ、彰の精霊使いとしての能力は飛躍的に上昇していた。


 1年も経たないうちに、精霊争覇戦の代表に選ばれるほどだ。

 悠斗が天才と称する所以である。


落雷サンダーボルト!」


 彰の精霊魔法が完成した。

 天空から尖槍と化した稲妻が降り注ぎ、3体のマトリョーシカに容赦のない一撃が加えられる。


 一度の精霊魔法でマトリョーシカを撃破するほど、彰は強くなった自覚は無い。


「粗悪な廉価版かよ」


 自惚れずにいたからこそ、彰はその発想に思い至った。

 いかにも中国らしいやり口といえる。


「こんな劣化コピーなら、いくら数を揃えようが問題ねえ!」


 力感と戦意に溢れた今の自分なら、廉価版マトリョーシカが何体こようが相手にならない。

 彰は精霊魔法を放つために、印を結び始めた。


 それから、わずか数分後――。

 彰が全ての廉価版マトリョーシカを撃破するのと、ほぼ時を同じくして汐莉と織姫はタンカーの無力化に成功した。


 香港軍は一番重要な逃亡手段を失ったことにより、その大半が拘束され、多くの貴重な情報がもたらされることとなる。

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