第8章 スタジアム襲撃 ~その6~
「そこまで大胆に行動されると、得てして怪しまれないものですね」
清涼な声で発せられた中国語が林彩華の耳朶を打った。
爽やかな笑顔を浮かべている少年が、正面に立ち塞がる。
「まさか堂々とグラウンドを横断しようとするとは、完全に盲点を突かれましたよ」
肩を竦める仕草でさえ、その少年は清々しかった。
「どいてもらえるかしら? 雑魚に用はないの」
一顧だにせず、林彩華は面倒くさそうに吐き棄てる。
紅悠斗以外はしょせん子供であり、わざわざ自分が手を下すまでもないと決めつけていた。
「雑魚、ですか。これはなかなか手厳しい」
「痛い目に合わないうちに、消えた方が身のためよ?」
「そうはいきません。こちらも上司の命令で動いていますので」
清涼な声で少年は林彩華の要求を拒否した。
「たかが高校生の分際で上司って、笑わせてくれるわね」
尊大な態度を崩さず、林彩華はせせら笑う。
いっぱしの大人を気取っているのが、おかしかったのだ。
「僕の上司は精霊レンジャー課の課長だから、命令に逆らうわけにはいかないんですよ」
少年は肩を竦めておどけてみせる振る舞いでさえ爽やかだ。
「精霊レンジャー課? あなた、まさか……」
ここで始めて林彩華の表情に緊張が走った。
自分がいる場所は敵地なのだと、今さらながら思い出したのだ。
かなり遅きに失した感はあるが……。
「恥ずかしいことにその上司は『精霊騎士団』なんて自称していますよ。そのうえ、僕は『聖騎士』なんだそうです」
「精霊騎士団の聖騎士! あなたが北条総司なのね!?」
反応は劇的だった。
自分の行く手を遮る少年の正体を知り、林彩華の胸を不安と後悔が侵蝕していく。
「虹七家を除けば、日本で最強の精霊使い……」
香港四天王筆頭としての自尊心もどこへやら、林彩華は平静を失い息が詰る。
日本の精霊使いの中では実戦経験の豊富さで、紅悠斗と並び称される存在だ。
林彩華が過度に警戒するのも無理はなかった。
以前、陸遜がオーナーを務める中華レストランで出会った、その紅悠斗や壬生汐莉に感じた以上の圧力を感じているのだ。
「それは高城に譲りますよ。ついでに聖騎士の称号もね」
ニコリと微笑んで、総司は清涼な声で応じる。
この件については片頬を歪めて笑う上司に、本気で提案しようと決めた。
精霊学園の分校間で緊密な連携を図るのは、土台無理な注文というものだ。
目の前に迫った敵に対処するのが精一杯だろう。
それでも正規の訓練を受けた軍人相手に、未成熟な高校生がよく戦っていた。
おかげで悠斗のもとまで迫った香港軍の兵士の数は、予想していたよりもはるかに少なかったのだ。
「もっと押し寄せてくると思ったがな」
肩すかしを喰らった感もあるが、悠斗に不満があるはずがない。
愛李と達也が余裕をもって香港軍の兵士をあしらっているのだ。
そのおかげで悠斗は火トカゲを操る事に専念できた。
こちらにとって非常にいい流れだ。
火トカゲの目を通じて、おおよその状況を把握した悠斗は胸を撫で下ろす。
各分校の生徒達は順調に香港軍の兵士を排除しつつあり、死者が出た様子もなく被害は最小限で済んでいた。
達也の言う通り精霊争覇戦に参加している生徒は、この年代では傑出した能力を有した精霊使いなのだ。
不意を突かれたことには動揺したものの、悠斗が火トカゲ越しに情報を伝えると、事態を飲み込んで即座に対応した。
恐慌に陥ることなく整然とした迎撃を見せたのである。
皆、なかなか胆が据わっていた。
「悠斗、香港四天王は誰が相手しているかわかるか?」
達也の計算では、とっくに姿を現していてもおかしくはないのだ。
香港軍の一般兵は何人かここまで辿り着いていた。
冷静に考えれば、香港四天王が真っ先に迫っているはずである。
香港四天王に対する手立てを達也はきちんと講じてあった。
下手に手を出して、死人が出たりしたら目も当てられない。
だから足止めなどせず通して構わないと、悠斗から各分校の生徒会長に伝えてもらったのだ。
それなのに影も形も見当たらないということは、どこかで誰かが喰い止めているということの証左だった。
ちなみに達也が講じた手立てというのは、
「ふむ。香港四天王に対する切り札ということだな? わかっているじゃないか」
「蓮さんに雑魚を相手にさせるわけにはぁ、いかないですよぉ」
紫蓮と黄守の2人である。
強敵と戦う、もしくは出番はないかもしれないのに、何故か両者ともにご満悦の様子だ。
「とりわけ精霊魔法が著しい高まりを見せている場所が4か所ある。そこへ火トカゲを向かわせている最中だ」
香港四天王の動きは、悠斗も気になるところだった。
恐らく精霊力が高まっている場所で戦っているに違いない。
「一体、誰が戦っているんだ……?」
さすがに香港四天王と互角に戦える生徒は限られている。
自分が通学している第3分校の生徒会長と副会長の顔はすぐ浮かんだが、まさか実の妹が仇敵に助けられ林徳華と対峙しているとは、悠斗は夢にも思わなかった。




