第8章 スタジアム襲撃 ~その3~
香港軍および香港四天王による今回の襲撃の最大の目標は、火の王『魔神イフリート』の奪取だ。
作戦の第1段階は、紅悠斗を殺す、もしくはイフリートとの契約を解除させる。
その後、作戦の第2段階として東方不敗がイフリートと契約を交わすというものだった。
まず最初の段階で、周朝偉などからすれば途轍もない困難ということが簡単に予測できる。
だから自分たち香港四天王が動員されたのだが……。
そして仮に、いやイフリートの契約解除に成功したとして、火の王が次の契約者に東方不敗を選ぶだろうか……?
この辺りは完全に賭けだ。
しかし東方不敗は賭けることにした。
東洋一と称される自分なら契約者に選ばれる公算が高い、そんな計算が働いたのである。
それにしても、なぜ東方不敗はイフリートをここまで欲するのだろうか?
一説には2年前のソウル攻防戦で『王』クラスの精霊同士による戦いの激しさに、危機感を抱いたといわれる。
火の王と氷の王の激突は大地を揺るがすものであった。
いつか自分の地位を取って代わられるのではないか?
いや、それ以上に問題なのは……。
東方不敗は焦った。
その焦りが今回の作戦が決行された最大の理由である。
この作戦は立案された時点で成功の覚束ない、いい加減なものだと悟り周朝偉は目の前が暗くなるのだった。
悠斗は颯爽とグラウンドに降り立ち、胡坐をかいて座り込む。
長期戦を覚悟していた。
「イフリート、頼むぞ」
誰にも聞こえないよう、悠斗はぽつりと呟く。
――了解した、我が契約者。
その姿は見えないものの、低い声が空気を震わせる。
――頼む、か。
ふっとイフリートは小さく笑う。
契約精霊は契約者に従うものだが、悠斗のイフリートに対する接し方はどこか主従関係とは違っていた。
一番扱いの難しい『王』クラスの精霊と、このようなやりとりをするのは通常は有り得ない。
精霊と意思の疎通を図るのは、それが汎存種精霊であっても難しいのだ。
両者の間には契約以外の何かがある……。
「召喚! 火トカゲ(サラマンダ―)!!」
苦もなく火トカゲを10体召喚した悠斗は、各分校の生徒会長達と連絡を取り合うため散開させる。
現在、何が起きているのか?
現在、襲撃してきているのはどこの勢力なのか?
これらのことを伝えるだけで、ぐっと戦いは楽になるはずだという達也の意見を信じたのだ。
「さてダーリン。私達は何をすればいい」
汐莉、織姫、愛李は揃って出番を求めていた。
この状況を黙って座視するような乙女たちではないことは、悠斗は百も承知だ。
「もちろん、戦力として考えていますよ」
あとは任せたと、悠斗は目顔で達也に促した。
火トカゲを統御するのに精一杯で、手を離せない。召喚は容易いが、10体を操るとなると難易度は跳ね上がる。
「古式はここで悠斗の守りを。壬生先輩と織姫さんは、香港軍の本拠地を……」
言いさして、達也は思索の淵に沈みこんだ。
名古屋駅のテロとスタジアムの襲撃とを有機的にコンビネーションさせるのに、最も適した本拠地はどこか?
その選定に、しばし達也は頭を悩ます。
「一番近い場所に停泊しているタンカーが本拠地です。そこを制圧して下さい」
そして達也は決断した。
タンカーなら多くの人員や物資を運送しやすいし、海洋に出てしまえば逃亡もしやすい。
おまけに河川を上れるだけ上り、途中で小型艇にでも乗り換えれば名古屋駅に到達するのも簡単だ。
以上の要素を加味した上での達也の判断だった。
「……いいだろう。高柳君の指示に従おう」
「お兄様が信頼するのなら、私も信頼します」
汐莉も織姫も内心ではともかく表向きは異を唱えたりはせず、すぐに指示通りに行動を開始する。
他に代案が浮かばなかったのかもしれないが、言う通りに動いてくれれば達也はどうでもよかった。
「石の盾!」
早速、愛李は防御魔法を展開した。
いずこからか飛んできた弾丸を石の盾が弾く。
「もう侵入されたのか……」
達也は眉を曇らせた。
今の銃撃は偶発的な流れ弾に過ぎない。しかしスタジアムの侵入に成功した香港軍の兵士による狙撃は、次第に過激になっていくのは容易に想像できた。
もちろん居残った自衛隊や、スタジアムの精霊学園の生徒達は必死に戦っている。
しかし、それでも香港軍を防ぐことは難しいだろう。
見る者が見れば、悠斗が精霊学園の生徒達を繋いでいるということに気付く。
気付いた者は悠斗に対する攻撃を優先するに決まっている。
「落ち着け、達也」
悪い方へ思考が引きずられていた達也は、悠斗の声で目が覚めた。
「古式さんをここへ残したのは、そのため何だろう?」
火トカゲを通じて、様々な情報が悠斗のもとへ流れ込んでくる。
おかげでスタジアムと、その周辺の状況が把握できているのだが、見晴らしの良い場所で集中しなければならないというマイナス面があった。
こんなに目立つ場所に腰を据えているのは、以上の理由からだ。
「悠斗さんを守るのが、私の仕事だから」
どれだけ狙われやすい所にいても、絶対に守り切ってみせる。
愛李は自分自身に誓いをたてる。
「思っていたよりも敵の数が多い」
タンカーに向かわせた汐莉と織姫のことが、達也は気がかりだった。
「それは大丈夫だ。強力な助っ人を頼んである」
悠斗は得意げに言うが、達也にはその助っ人が誰なのか皆目見当がつかない。
だが悠斗が心配する素振りを一切見せないため、達也も落ち着きを取り戻し、時分に出来ることを全力で取り組むことにした。
「全く、周の野郎……」
作戦開始ぎりぎりまで、周朝偉が小言を言っていたことに対して林徳華は腹を立てていた。
それは周朝偉の立場からすれば決して小言などではなく、
「4人揃って行動した方が無難です」
「今回は中止にしては、いかがでしょうか?」
と、ごく当たり前な慎重論を述べたに過ぎない。
しかし、それが林徳華の癪に障った。
「何を怖れる必要がある? 俺達は香港四天王だ。敵は力づくで叩き潰す! ただ、それだけだ!!」
次の瞬間には反射的に怒気を帯びた声で叫んでいた。
ここ最近、林徳華と周朝偉の確執は目に余るものとなりつつある。
意見が割れた際に結論を出すのは、香港四天王筆頭である林彩華の役割だった。
「今回の作戦は手間も、金もかかっている。そのため、ここで撤退はありえない。そして我々のうち最低でも1人は紅悠斗に辿り着かなくてはならない。より確実を期するために、各自別れて行動する」
その言葉で作戦の方針は決定した。
明らかに弟よりではあるが、香港四天王筆頭の決定には周朝偉も逆らえない。
それに一理あるのだ。4人揃って行動しているところを一網打尽にされたら、一巻の終わりである。
リスクを分散するという一面だけ鑑みても、理に適っていた。
周朝偉は納得はいかないまでも、妥協できる決定である。
「俺1人で十分さ」
イライラをぶつけるかのように林徳華は吐き棄てた。
香港四天王は中国本土でも名を馳せる存在だ。それはつまり東アジア全域で恐れられていることの証左でもある。
例え『王』の精霊と契約しているとはいえ、世界の果てにある極東の島国の精霊使いごときに後れを取ることなど、絶対に有り得ない。
林徳華はそう信じて疑わなかった。
肩をいからせて、人気のない広い通路を闊歩していると、前方で行動を決め兼ねている一団が林徳華の目に留まった。




