第8章 スタジアム襲撃 ~その2~
精霊争覇戦5日目。
この日は午前中に新人戦個人戦、そして午後から新人戦チーム戦が行われるスケジュールとなっている。
「なんだ、このトーナメント表は!」
珍しく悠斗が語気を強めて不平を漏らした。
それもそのはず織姫と愛李がともに1回戦に勝利すれば、次の準決勝で当たってしまうのである。
通常、同じ分校の生徒は決勝までかち合わないように配慮されるものだ。
それが完全に無視されている。
何らかの圧力がかかったとしか悠斗には思えなかった。
愛李が虹七家でないことに関係があるのかもしれない――。
悠斗のその推理は大筋では的中している。
意図的にせよ無意識にせよ、そういう心理が働いた結果、こういう組み合わせになってしまったというのが真相だった。
誰か1人、特定の人物によってなされた悪意ではない。
関わった人間が少しずつ選んでしまったのである。誰もが自分を主犯だとは思わないだろう。
「ああ、ここにいましたか。ずいぶん探しましたよ」
悠斗を見つけた日南が片頬を歪めた笑みを浮かべながら、駆け寄ってくる。
しかし、そこには微かに緊張感が漂っていた。
「日南さん、どうしたんですか?」
何か事件が起きた――。
日南の放つ雰囲気で悠斗は嫌な予感がした。そしてそれは的中する。
「名古屋駅でテロが起きました」
「テロ……? ゲートから精霊が出現したのではなくて、ですか?」
「ええ。中国国籍とおぼしき精霊使いが数名、名古屋駅で無差別に殺戮を行っています」
冷淡に告げる日南の声が、かえって事態の深刻さを表していた。
いつもなら、もう少し余裕のある態度を見せるところだ。
「このタイミングでか」
悠斗は溜め息交じりの、独り言のように呟く。
中国国籍とくれば、事情を知っている者ならピンときて当然だ。
どうやら状況は固まりつつあるようだった。
「我々精霊レンジャー課は鎮圧のために、これから名古屋駅に向かいます」
なぜ日南はこの事を、わざわざ悠斗に伝えるのだろうか?
「あまりアテにされても、困るんだけどな」
スタジアムの警護が薄くなるから、悠斗にもその任を担ってもらいたいということなのだろう。
無論ベストは尽くすが、スタジアムにいる全ての人間を香港軍から守るとなると、さすがに荷が重い。
「他にも何人か声をかけておきましたので、1人で背負い込むことはないですよ」
まるで悠斗の考えを見透かしたかのような日南の口ぶりだった。
「俺は精霊レンジャー課の人間じゃないんだけどなあ」
悠斗は皮肉を交えた目で日南を見遣る。
声をかけた何人かのうちの1人が、精霊学園第3分校の生徒会副会長であるのは疑いようのないところだった。
「では、ここの事はお願いしましたよ」
「まあ、仕方ないな」
どうも手の平で踊らされているような感じがして、悠斗は面白くない。
しっしと、まるで犬でも追い払うように手を振った。
だが特にめげたりはせず、普段通り日南は片頬を歪めた笑みを浮かべて満足そうにこの場を去る。
目的は果たした。
日南の背には、そう書かれている気がした。
「全く……」
悠斗の方が気持ちが沈んでしまいそうだ。
名古屋駅のテロが陽動なのは間違いない。
今一つ香港の、いや東方不敗の目的が不明瞭だが、香港軍がスタジアムに襲撃してくることを悠斗は看破していた。
「悠斗、今のは?」
このように気さくに声をかけてくる男子生徒は限られている。
午後から新人戦チーム戦の決勝トーナメントに出場予定の達也だった。
「いたいけな少年を戦場に誘う死神さ」
悠斗は口の端に苦笑を滲ませた。
あくまで冗談なのだが、あながち間違いでもないところが怖い。
「冗談だ、達也。まあ職場の上司、といったところだ」
さすがに精霊レンジャー課の課長というのは吹聴してよいこととは思えず、悠斗は日南の正体を伏せた。
「ということは、何か起きたのか?」
「これから起きる予定だ。場所を変えようか」
最前列ではあるが、周囲に誰もいないガラガラな座席を悠斗は選んだ。
2人は並んで腰掛ける。
目の前のグラウンドでは新人戦個人戦が行われている真っ最中だが、この席は角度が悪くとても試合が観にくい。
だから誰も座らないのだ。
そして、その方が悠斗にとって好都合だった。
「達也、あくまでも仮定の話だが、このスタジアムが軍隊の襲撃を受けたとしたら、どう対処すればいい?」
その内容に面食らうも、悠斗の険しい面差しに、ただならぬ事態が進行していることを達也は感じ取った。
これは仮定の話ではないのだ。
「相手の質と量にもよるが、軍隊となると恐らく悠斗の人脈だけでは対処できない」
ここで達也は一拍置いて考えを整理する。
なかなか難易度の高い出題であるため、そうそう簡単には答えがまとまらない。
悠斗も急かしたりせず、達也が口が開くのをじっと待った。
「今、このスタジアムにいる生徒は皆、優秀な精霊使いだ。状況さえ正確に把握すれば、軍隊相手でも簡単にやられたりはしないと思う。つまり通信手段、そこまでいかなくても各分校の生徒会長と連絡が取れる方法さえ確立できれば、追い払えるはず……」
達也の見識の確かさに悠斗は舌を巻く。
あまりに見事な対応策だったので、さらに条件を追加して質問を重ねた。
「軍隊の中に4人ほど手強い、いわば軍隊の中心といえる精霊使いがいる場合は、どうすればいい?」
「理想は各個撃破だけど、混戦の中ではそうそう都合よくいかないかな。目的地で待ち伏せして、こちらも強い精霊使いをぶつけるしかない」
打てば響く、というのはこのことだ。
悠斗は改めて達也を正視した。
台湾総統軍の参謀らしき男、陳永華がいたら目を丸くすること請け合いである。
「なるほど、おびき寄せて叩くのか。さすがだな」
しきりに悠斗は賞賛してみせるが、そこまで達也は自信に満ちているわけではなかった。
高校生の身分で兵を指揮した経験などあろうはずがないのだ。
そのことを正直に達也は告げると、
「指針を示せるだけでも、大したものさ。俺には出来ないよ」
悠斗は手放しで数少ない友人を褒め称える。
自分には出来ない。これは最高の褒め言葉だ。
事実、これまで一兵卒としてしか戦ってこなかった悠斗には、絶対に持ちえない視点だった。
「実際に、どこかの軍隊が攻めてきそうなのか?」
ここまで具体的に聞いてくるということは、そういうことなのだろう。
達也は心もち姿勢を正した。
「恐らく香港軍並びに香港四天王が出馬してくるはずだ。つい最近、香港四天王と出くわしたし……」
もはや隠し事をしても意味が無いと悠斗は判断し、敵の正体を明かす。
「とすると、今朝のニュースでやっていた名古屋駅のテロは、陽動なのか」
あっさりと敵の策略を見抜く達也に、悠斗は瞠目した。
「あのシャルロット嬢が、達也のことを気にかける理由がわかったよ」
これほど切れる頭脳を持っているなら、シャルロットのような優秀な精霊使いなら逆に放っておかないだろう。
それは悠斗も同様である。
戦いというのは1人で行うものではない。
集団と集団のぶつかり合いだ。
精霊使いとして優秀な人間ならいくらでもいる。
しかし精霊使いの集団を正しく運用できる人材は限られているのだ。
間違いなく達也にはその素養があった。
「なあ、悠斗。そろそろ……」
達也が言いかけたのは、ちょうど織姫と愛李が1回戦の勝ち抜けを決めたときだ。
突如として馬鹿でかい爆発音が響き、スタジアム中に2重の意味で激震が走った。
「ああ、たった今、始まったようだ」
爆発による衝撃と、平和な日本で攻撃に晒されて受けた心理的な衝撃。
この2つが何も知らない生徒達に恐怖を与えていた。
今、何が起きているのか伝えなければならない。
悠斗と達也はすぐさま腰を上げ、席を離れた。




