第7章 再会 ~その5~
「確認が取れました。数々のご無礼をお許しください」
黒服のSP2人が深々と頭を垂れる。
「いやいや、それが仕事なんだから、怒ってないさ。むしろ職務に忠実で、とても信頼のおけるSPだよ」
頭を下げる黒服のSPを手で制しながら、悠斗は笑顔で答える。
「そう言ってもらえると助かります」
「今度、紅家でも頼む」
身分証を返却してもらい、悠斗は改めて目的の少女に挨拶すべく穏やかな顔を向けた。
「ゆりあ様に近づくな!」
少女と一緒にいた少年が立ち塞がり、悠斗の機嫌が一気にどん底まで落ちる。
「おいおい。SPの人だって俺が不審者ではないと認めてくれたんだし、少し話をするくらい別に構わないだろう?」
顔は引きつっているものの、ここで激怒したりせずに、ぐっとこらえて説得を試みるのが悠斗らしい。
「知らん。俺は認めてない」
しかし少年は頑として動かず、悠斗の話に耳を貸す気は一切ないようだった。
「零、少しだけならいいじゃない」
「いけません、ゆりあ様。こんなどこの馬の骨ともわからぬ輩の言うことなど、聞く必要はありません」
零と呼ばれた少年は、悠斗に蔑んだ目を向け嘲笑う。
ぶち!
っと何かが切れたような音がしたのは気のせいだろうか?
「お兄様?」「ダーリン?」「悠斗さん?」
わなわなと全身を震わせている悠斗を見て、織姫、汐莉、愛李の3人は先ほどの何かが切れた音がしたのは気のせいではないと知った。
あれは悠斗の堪忍袋の緒が切れた音だったのだ。
「貴様は、そのどこの馬の骨ともわからぬ輩に、たった今ここで殺されることが決定した」
次の瞬間、悠斗の精霊力が一気に高まった。
すっと右手をかざすと轟炎の剣が、その手に握られる。
「己の思慮の無さを、あの世で後悔するのだな!」
どれほどこちらがルールを守り、頭を下げ礼を尽くしても、それが通用しないどころか、むしろ調子に乗る相手となると話が違ってくる。
そういう相手には、こちらも同様の対応をするだけだ。
つまり相手が何を言おうが聞く耳を持たない。それを選んだのは零の方なのだから、文句は無いはずである。
「ほ、本性を、あ、現したな……」
なんとか声を発することが出来たのは褒めてやってもいいが、その声は震えていたし零の膝は笑っていた。
逃げ出さないのは、少女に対する見栄だろうか?
悠斗は無言で轟炎の剣を振りかぶった。
「駄目です、悠斗さん! それでは大事な人も傷付けてしまいます!!」
愛李の鋭い声音が、悠斗の耳朶を打つ。
ピタっと悠斗の動きが止まった。
「古式さんの言う通りだな」
精霊力、並びに怒気を抑えて悠斗は轟炎の剣を消滅させる。
さて、どうするか?
悠斗が零を見下ろした刹那、別の声がこの場に響き渡った。
「零、下がって。この人は悪い人間じゃないわ」
「しかし!」
「下がりなさい!」
「…………」
納得がいってないのか憮然としながらも、零は引き下がった。
これ以上、我を通して不興を買うことの愚を悟ったのだろう。
かなり回り道をさせられたような気もするが、やっと悠斗は少女と会話できる位置まで辿り着く。
それにも関わらず悠斗は何も語らず、何も喋らず、ぽんっと少女の頭に手を置き、そっと撫でた。
「お兄ちゃん……、やっぱり悠斗お兄ちゃんなんだ!」
「ああ。10年ぶりだね、ゆりあ」
「お兄ちゃん!」
つぶらな瞳に涙を潤ませて、思い切りゆりあは悠斗の胸に飛び込んだ。
それをがっちりと受け止めた悠斗は、妹をぎゅっと抱きしめた。
10年前に止まってしまった砂時計の砂が、再び流れ出したのだ。
腰を据えて互いに募った胸の裡を告げるために、悠斗とゆりあはスタジアム内にあるレストランに足を運んだ。
黒服のSPは気を利かせてレストランの出入口で、不審者がいないか見張っている。
あの鬱陶しい小僧……、ではなく蒼零は達也が連れ出してくれた。本当に頼りになる友人である。
ああいう男と知己を得れたことは、悠斗にとって僥倖といえよう。
ゆりあと零は現在中学3年生で、来年どこの精霊学園に通うかの参考にするため、精霊争覇戦を観戦しにきたとのことだ。
さて、これから兄妹2人水入らずと悠斗は思ったのだが……。
「それで、誰がお兄ちゃんの彼女なの?」
興味津々といった顔で、ゆりあはさらっと訊き辛いことを聞く。
「「「はい!」」」
勢いよく手を挙げたのは通路を挟んで、すぐ向かいのテーブルに座っている織姫、汐莉、愛李の3人だ。
「ふつつかな兄ですが、よろしくお願いします」
そつのない妹を演じ、ゆりあは穏やかな笑顔を浮かべてペコリと頭を下げる。
――何だ、これ……。
これっぽっちも兄妹の会話をしていないうちから、悠斗はどっと疲れが出た。
「お兄ちゃん、モテるんだあ」
つぶらな瞳をさらに丸くして、ゆりあは悠斗の顔を覗き込んだ。
「……で、ゆりあはどうやって助かったんだ?」
肝心なことが聞けなくなりそうな気配を察した悠斗は、いきなり話題を転じた。
「気が付いたら海辺にいた」
「は?」
いきなり結論だけを言われても、悠斗は全く要領を得ない。
戸惑っている兄を見かねて、ゆりあはもう少し詳しく説明することにした。
「死ぬかなあって思ったんだけど、その直前で精霊と契約を交わしたのかな? 契約精霊が安全な海辺まで運んでくれたみたい。10年前のことだから、あまりよく覚えていないんだけど」
「概ね、俺と同じパターンか」
死の間際に精霊力が天井知らずの高まりを見せ、精霊を引き寄せたのだろう。
悠斗は炎を消し去り、ゆりあは海辺に避難したという違いはあるが。
「虹七家に養子に入るところも、お兄ちゃんと同じだね」
「ゆりあは蒼家か」
「うん!」
溌剌な返事をするゆりあに対し、悠斗の表情は曇りがちになる。
実の妹が虹七家の一員となり精霊使いとしての人生を歩んでいるということに、良い感情を抱いていないせいだった。
もちろん悠斗はこれが己のエゴだということを、重々承知している。
だから危険は自分が全て引き受ける覚悟もあった。
「……蒼家を出るんだ、ゆりあ」
これが思案の末に悠斗が出した答えだ。
「へ?」
「ゆりあが戦う必要はない。これからは俺が養ってやるから」
特一級精霊使いとしての悠斗は、実の妹に不自由をさせない程度には稼いでいた。
「いつでも戻れるように、井崎の家だってちゃんと管理してある」
「お兄ちゃん……」
それは非常にありがたく魅力的な申し出だ。
しかし、ゆりあの答えは決まっていた。




