第7章 再会 ~その4~
精霊争覇戦3日目。
北条総司は精霊争覇戦本戦個人戦のグループリーグを、危なげなく勝ち進んでいた。
優勝候補と目されている生徒は3人。
第4分校の翠瞬と第1分校の藍涼一、そして総司である。
やはり、ここでも虹七家の勢力が最大のものだった。
むしろ虹七家が大人しい第3分校が稀といえる。
総司は精霊レンジャー課、通称『精霊騎士団』の聖騎士などと呼ばれていた。
どこぞの翠家の次期当主のように、その二つ名をありがたがったりはしていない。
自分の口から発するのは、なるべく控えてきた。
それでも象徴として必要なのは、漠然とだが総司は理解できる。
精霊レンジャー課は首相直轄の組織である、というのは折に触れ述べてきた。
では、どうしてそんな組織が首相直轄で日本の政府に存在するのか?
無論、外国からの侵略に備えるという側面が強い。
もしも紅悠斗が江東の虎に敗北を喫していたら、その相手は総司が務める予定だったのだ。
だが、それだけなら自衛隊の精霊大隊があれば十分なはずだ。
わざわざ首相直轄である必要はどこにもない。
真の目的は虹七家に対抗するための部隊――。
はっきりと明文化も明言もされていないが、総司はそのように睨んでいた。
だからこそブータンに送り込んだ仮面の男や、高城彰のような虹七家以外の実力者を抱える必要があるのだ。
紅悠斗は日本政府からの要請という態を装って、片頬を歪めて笑う精霊レンジャー課の課長が無理矢理使役しているという形になっている。
本人にとっては甚だ迷惑な話であるが、これは精霊レンジャー課のみならず虹七家にとっても都合の良い話だった。
精霊レンジャー課は優秀な精霊使いを借りられるし、虹七家は日本政府に対し借りを作ることになるうえに、虹七家も戦っているというポーズを国民に対し示すことができた。
また紅悠斗が死んでも、双方の組織からみて部外者であるために腹が痛まない。
まこと最前線に送り込むにはうってつけの人物だった。
「だからといって、それが正しい事とは思えないが……」
虹七家と、それ以外の精霊使いという線引きを失くしたいというのが総司の本音である。
危機管理は精霊使い全てで分担しなければならない。
そのためには虹七家の力を削ぐ必要があった。
この精霊争覇戦は虹七家と、それ以外の精霊使いの対立の縮図と言える。
自分の主張を貫くなら、実力を示さなくてはならない。
精霊争覇戦はその絶好の機会である。
総司の目は、すでにグループリーグを終えた先を見据えていた。
総司の戦いぶりは、土の亜種精霊である大地の巨人の特性を活かした、堅実で隙のないものだった。
「さすがだな」
悠斗は感嘆の声を上げた。
あのぶんなら決勝トーナメント進出は間違いない。7試合立て続けに行われるグループリーグでは瞬発力よりも、大崩れしない安定感が求められる。
そのことをよく熟知している総司の戦いぶりだった。
安心して見ていられるので、というより見なくても結果がわかってしまうため、試合に対する集中力が散漫になってしまい、悠斗は視線が周囲に泳いでしまう。
「うん……?」
さ迷わせていた悠斗の視野に、偶然1人の少女が入り込んだ。
その少女は同世代の少年と共に、黒いサングラスをかけ黒いスーツを着用したSPとおぼしき男2人に護衛されて、精霊争覇戦を観戦していた。
いっぷう変わった取りあわせに思えなくもないが、あの少女と少年が要人あるいは要人と血が繋がっているのなら、特に違和感があるというほどでもない。
そもそも悠斗が問題にしているのは、そこではなかった。さらに目を凝らして少女の顔を確認しようとする。
「そんな、まさか……」
顔面蒼白になって悠斗はおもむろに立ち上がった。
「お兄様!?」
ただならぬ形相の悠斗に織姫はぎょっとした表情を悠斗に向ける。
だが悠斗は織姫に一瞥もくれずに、無言で駆け出した。
「どうしたんだ? 悠斗の奴、あんなに血相を変えて」
呆気にとられつつも、友人の誼で悠斗を追いかけるべく達也は重い腰を上げる。
織姫、汐莉、愛李の3人はとっくに悠斗の背中を追いかけ走り出していた。
「悠斗はモテモテだなあ」
軽く溜息を吐き、シャルロットは来ないのかなあと情けないことを達也は考えていた。
「あの、すみません。そちらの女性と話がしたいのですが」
肩で息をしながらも、悠斗は丁寧に懇願した。それはもう、必死に。
「何者だ!?」
しかし黒服のSPには逆効果だったようだ。
慌てて危害を加えにきたように映ったらしい。むしろ警戒心を煽る結果となってしまった。
「5分、いや3分でいいですから」
だが、いくら体躯のよいSPに凄まれても悠斗は1歩も譲らない。
どうしても黒服の体で遮られた向こう側にいる少女に、確認しなければならない話があるのだ。
「我々は蒼家からこの方を護衛するよう依頼されている。素性の知れない者を近づけるわけにはいかない」
耳が痛い、あまりにも正論で悠斗は返す言葉もない。
別に嫌がらせをしているのではなく、あくまで黒服のSPは自分の仕事をしているだけなのだ。
その辺りの事情を受け入れられないほど、悠斗は子供ではなかった。
「素性の知れないですって? お兄様は!」
しかし織姫は悠斗ほど物分かりがよくない。
黒服のSPの言い草に激昂し、怒気を全身から滲ませていた。
「よせ! 織姫」
これでは余計に怪しまれるだけだ。
話をこじらせたくない悠斗は、喰ってかかる織姫をどうにか鎮めようとする。
「ちゃんとした身分の者なら、問題無いんですよね?」
引きつった笑みを向けながら、悠斗は妥協点を黒服のSPに提案した。
「まあ、そうだが……」
「では、これを」
さっと悠斗が手渡したのは特一級精霊使いの身分証である。
「上に照会して、確認が取れるまで待ちますので」
蒼家と同じ虹七家の紅家に連なり、日本政府公認の精霊使いという肩書きを持っている悠斗は、これ以上ないほど信頼のおける人物といえよう。
この点に関してだけは、日南に感謝していた。
「特一級精霊使い……?」
「紅悠斗……?」
身分証を覗き込んだ黒服のSPは2人とも、みるみる全身が硬直していく。
わざわざ照会するまでもなく、悠斗がどういった経歴の持ち主か悟ったからである。
「中華料理店でもそうだったが、ダーリンはきちんとルールを順守しようとするな」
若い少年らしからぬ我慢強さに、汐莉は微かに苦笑した。
「ゴネようがゴリ押ししようが、駄目なものは駄目ですので」
それが大人の社会というものである。
融通を利かせろ!
と言っても、そんなのは通る筈がないのである。だからルールというものがあるのだが、自分の主張を強引に押し通そうとする人は意外に多い。
それがモンスターと呼ばれる人種達だ。
苦労を積み重ねている悠斗はモンスターと違い、若いながらも己の感情を抑制する術を心得ていた。
「あの子、一体誰なの? お兄様があんなに執着するなんて」
あそこまで手を尽くして女の子に近づこうとする悠斗に、織姫は嫉妬と苛立ちのカクテルされた目を向ける。
「織姫さんでも、誰かわからないのか」
ならば自分にわかるはずがない。汐莉は事の成り行きを見守ることにした。
「あの子は多分……」
愛李だけが、その少女の正体に気付きつつある。
写真で見た女の子にそっくりだからだった。




