第7章 再会 ~その2~
悠斗と瞬がグラウンドに降り立った。
急遽決定の運びとなったエキシビジョンマッチのためだ。
新人戦個人戦に参加していない生徒は、いつでも昼食を取れるため、そこは問題無い。
問題があるとすれば、思いの外、観戦している生徒の食いつきが良いという点だった。
これでは手を抜いてお茶を濁す、というわけにもいかない。
古代ローマ人はパンと娯楽を求めたというが、それは現代社会に至っても変わらないのではないか?
悠斗はそうとしか思えなかった。
「では、始めるとしようか」
もったいぶった口調で瞬は格好を付ける。
「仕方ないな」
じたばたもがいても無駄だと悟った悠斗は、瞬の姿を正面に据えた。
こうなったら仕方がない。やるとなったら正面から堂々と全力でぶつかるのみ。
鼻持ちならない気障な瞬をやりこめる、良い機会だと悠斗は前向きに考えることにした。
というか、こんな奴が女の子にモテるのが気に入らない、そんな感情を悠斗でも抱くことはある。
「始め!」
普段の試合同様、審判が開始の合図を告げた。
だが悠斗も瞬も睨み合ったまま、しばらく動こうとはしない。
2人はゆっくりと右拳を突き出し、こくりと頷いたあと、唐突に印を結び始めた。
機敏、かつ正確に悠斗と瞬の右手は宙に見えない紋様を描き出す……。
「炎熱の投げ槍!」「旋風の鎌!」
同時に放たれた悠斗と瞬の精霊魔法が激しくぶち当たり、宙空で押し合う。
その衝撃の余波だけで、吹き飛ばされてしまいかねない。
「旋風の竜巻!」「炎熱の重量刀!」
再び同じタイミングで精霊魔法が放たれる。
2人に防御魔法を展開するつもりは毛頭なかった。
がっぷり四つに組んで、持てる力を出し切る。
受けに回ったり、奇策を弄したりなど考えたりしない。
悠斗と瞬は惜しみなく威力の高い精霊魔法を繰り出す。
さすが火の王の契約者と翠家の次期当主の2人である。
精霊力の消費が激しい高難度の精霊魔法を次々と投入しても、精霊力は途切れそうにない。
スタンドの観客席にいる人々は、誰もがこのエキシビジョンマッチに見入っていた。
一般の観客でも、少なくとも精霊魔法に興味があるから見に来るものだ。
関心がなければ足を運ぶはずがない。
だからスタジアム中の人間が、今、目にしている戦いが神業ともいえる域に達していることを感じていた。
誰もが目を放せない熾烈な戦いも、
「それまで!」
思いがけず幕を下ろされる。
昼の休憩時間が終わりを告げていたのである。
つまり時間切れだった。
「『旋風の貴公子』と、自分で言うだけの事はあるな」
悠斗は皮肉を交じえて言ったつもりだった。
そのネーミングセンスはどうかと思うし、それを誇りにするのは抵抗がある。
「この旋風の貴公子と互角とは、キミも2年前に比べイフリートを扱えるようになったということか」
しかし瞬は恥じ入るどころか、とても満足そうな表情で握手を求めてきた。
これを拒否するほど、悠斗は子供ではない。
2人はガッチリと握手を交わす。
その瞬間、スタジアムから割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
瞬は慣れたもので、観客席に手を振っている。
――これが狙いで握手してきたのか。
してやられた。
悠斗は内心で舌打ちをしつつ、決してそれを表には出さず、そそくさとグラウンドから退散する。
午後の新人戦が迫っているため、不自然に映らないだろう。
悠斗は瞬と違って注目を浴びることに慣れていないし、それが嬉しいわけでもないのだ……。
新人戦個人戦のグループリーグは佳境を迎えていた。
言うまでもないが新人戦に参加する1年生は、精霊学園に入学してまだ日が浅い。
それは精霊学園で得られた経験値に差がないことを意味している。
逆に言えば、精霊学園に入学する前に積み重ねた経験値には差があった。
虹七家の人間は、各家で修練を行うのが常だ。
精霊学園に入学する前も、入学した後も。
しかし、虹七家以外の人間は精霊使いとしての能力を鍛える場がない。
つまり現時点で虹七家と、そうでない人間の経験値には開きがあるのだ。
事実、決勝トーナメント枠8名のうち7人までが虹七家の人間で占められていた。織姫もそこへカウントされる。
残る最後の椅子も虹七家の人間が座るだろう、というのが大方の予想だった。
ところが予想に反して虹七家の独占に待ったをかけた人物がいた。
古式愛李である。
第3分校の生徒以外では全く無名の愛李は、怒涛の快進撃を続けグループリーグ6連勝を記録した。
最後の1人に勝てば、グループリーグ全勝で文句無しに決勝トーナメント進出が決まるというところまで、愛李は辿り着いたのだ。
大きく深呼吸をして、愛李は呼吸を整える。
しかし気持ちは一向に落ち着かず、むしろ高ぶる一方だった。
スタジアム中の注目の的となり、大声援を浴びる。
それは麻薬にも似た甘美な恍惚をもたらす。
悠斗のことを除いては消極的な愛李であっても、この快感からは無縁でいられなかった。
ふいに、ぞくりとした寒気を覚えて愛李は振り向く。
「――――っ!」
どっと冷や汗が噴き出る。
凍てつくような『氷姫』の視線が頭の芯を冴え冴えと冷たくしていくのを感じながら、愛李は対戦相手に向き直った。
――あなたは何のために戦っているの?
そう、織姫の氷の瞳が問うている。
自分はスポットライトを浴びるために戦うのではない。
大事な人のために、少しでも大事な人の力になるために戦うのだ。
愛李は内心でキツク自分に言い聞かせた。
表情を、気持ちを引き締めグループリーグ最終戦に臨む。
愛李の対戦相手は、ここまで5勝1敗の成績だった。
勝ち星が並んだ場合、当該参加者同士の勝敗結果で決勝トーナメント進出が決まるので、ここで負けては意味が無い。
絶対に勝つ。
決意を秘めた瞳を対戦相手に向け、愛李は試合開始の合図を待った。
「始め!」
審判の開始の合図で戦闘モードに切り替わった愛李は、次々と襲い来る精霊魔法を展開した防御魔法で防ぐ。
相手は間断なく精霊魔法を放ち、一方的な展開を愛李は打開できない。
「ここまでの、差は、ないはず……」
弱気の虫が顔を出し、愛李は呻き声をあげてしまった。
これほどまでに押されている原因を落ち着いて探し出す。
達也であればすぐにピンとくるところだが、愛李はそこまで血の巡りがよくない。
理由が判明する頃には、かなり精霊力を消費していた。
差は1敗だ。
愛李の対戦相手は6試合目で負けている。
精霊力温存のために、敢えて6試合目を捨てた。
7戦目で勝利すれば決勝トーナメントに進出できるから、何の問題もない。
つまり7試合を通したペース配分で愛李は後れをとったのだ。
そのような冷静な判断を下せる人物が最終戦の相手という不運もあった。
常識的に考えれば、このままでは負ける。
ならば少々強引な手を使ってでも流れを引き寄せるしかない。
決然と愛李は両手で印を結び始める。
紫蓮との試合では違う精霊魔法を同時に放ったが、今回は同じ精霊魔法を2つ行使するべく両手を動かした。
ぐんと跳ね上がった愛李の精霊力を感じたのか、相手は不測の事態に備え防御魔法を準備する。
これを凌げば勝てる。
そんな読みがあったのかもしれない。
決して間違った選択肢を選ばないことからしても、優秀な生徒なのが窺えた。
まずは、その防御魔法が展開される。
愛李が勝つには防御魔法を打ち破り、さらに勝利を確定するだけのダメージを与えなければいけなかった。




