第7章 再会 ~その1~
精霊争覇戦の初日は新人戦個人戦のグループリーグが行われる。
悠斗の身内からは織姫と愛李が参加していた。
2人が戦っている姿を悠斗は遠い観客席から、どこか気乗りしない面持ちで眺めていた。
グラウンドへは参加者と審判などの運営しか降りられない。
よって、遠くから健闘を祈るしかない、のだが……。
「昼休憩は出番だな、悠斗」
傍らで問うた達也に、
「それを言うなよ」
悠斗は目を合わせずに答えた。
織姫と愛李の応援に熱が入らないのも、そのせいなのである。
本当にエキシビジョンマッチを認めさせてしまうとは、蒼茉夏生徒会長恐るべしだった。
思わず悠斗は頭を抱える。
「茉夏は全ての分校の生徒会長に同意を取り付けたからな。それだけ、みんな楽しみにしているということだ。ダーリン、間違っても手を抜いたりするなよ?」
汐莉は人の悪い微笑を細めの瞳に浮かべた。
「知っていたのなら止めて下さいよ、壬生先輩」
例えそれが無益な事であるとわかっていても、悠斗は声をあげずにはいられなかった。
「ダーリン、こんな面白そうな事を、私が止めるわけないだろう?」
「でしょうね……」
むしろ率先して協力したに違いない。
その光景がありありと目に浮かび、悠斗は軽い頭痛に襲われた。
「そもそも俺は個人戦に参加しないのに、どうして噛みついてくるんだ……?」
悠斗が瞬と戦う機会は最初からないのである。
反則、などと暴言を吐かずとも無関係じゃないか。
それなのに、わざわざ挑発してくる瞬の神経が悠斗は全く理解できない。
「だからかもしれないぞ、ダーリン?」
「どういう事です?」
「恐らくダーリンの事を強く意識しているのだろう。だから戦いたかったんじゃないのか? しかも出来る限り、本気の勝負で」
汐莉は鋭い視線をこちらへ向け直す。
疑問は氷解したが、悠斗からしたら甚だ迷惑極まりない話だった。
最初から精霊争覇戦そのものに興味が無い、少なくとも参加したくなかったのに、なぜ他の参加者以上に消耗を強いられるのだろうか?
あのバカ、いや翠瞬は翠家の次期当主だけあって侮りがたい実力を有している。
まともにやりあったら、ただの1試合ではすまないのだ。
それを考えると、悠斗はげんなりした。
「ダーリンは、自分の置かれている状況を見つめ直す必要があるな……」
汐莉だって、あろうことなら勝負を挑みたい相手なのである。
火の王と契約を交わしている精霊使い、というのがどれだけの磁力を周囲に放っているのか、当の本人が気付いていない。
この世代の精霊使いが興味を注がないはずがないのだ。
こういうのを大胆不敵というのだろうか?
精霊争覇戦が行われているスタジアムの観客席は、無料で一般に開放されている。
身分証の提示などは求められず、簡単な持ち物検査だけで入場することができた。
そのため各国のプレスが堂々と記事をあげていたりする。
当たり前だが、これはスパイ活動には該当しない。
その想像を絶した光景に、
――これは何かの罠ではないか?
と冗談ではなく香港四天王の面々は本気で勘ぐってしまった。
それが罠でないとわかると、今度は警備の目を気にすることなく観客としてこの場に溶け込み、物見遊山で観戦するようになる。
「これでよく、独立を保っていられるものね」
日本に長い間滞在し、内情を知れば知るほど林彩華の疑問は深まるばかりだ。
アメリカの力があるとはいえ、敵国の人間をここまで自由に行動させて、国としての態を保っていられるのが不思議で仕方ない。
またイギリスや中国の都合で振り回されている香港の人間からすれば、羨ましくもあった。
「はあ。呑気なもんだな。さっさと始めようぜ?」
生あくびをしながら、林徳華が気怠そうな声を発した。
作戦が失敗するなどとは微塵も思っていない。
まして自分が破れるところなど、想像がつかないといった態度だ。
「むしろ、もう少し待たれた方がよいかと」
慎重論を唱えたのは周朝偉だった。
今、目の前で繰り広げられている新人戦は1年生だけが参加しているようだが、非常にレベルが高い。
はたして、このレベルに達している精霊使いが、高校生に限らず香港に何人いるだろうか?
答えは芳しいものにはならないだろう。
その事実が周朝偉を用心深くさせるのだった。
「なにビビってんだよ、周?」
林徳華はどことなく蔑みの色を含んだ目を向ける。
慎重というよりも、周朝偉は臆病風に吹かれたようにしか見えなかった。
「徳華、あなたはもう少し冷静に物事を判断した方がいい!」
これほど鋭い声を発する周朝偉は珍しい。
林彩華と王慧琳も面食らい、開いた口が塞がらなくなった。
「俺が軽率だと言うのか?」
我に返った林徳華は手を伸ばし、周朝偉の胸倉をつかみ上げる。
「はい。その通りです」
目を逸らしたりせず、周朝偉はそよとも揺らがない声で応じた。
胸倉をつかんでいない方の拳が握りしめられる気配が伝わる。それでも周朝偉は一歩も引かない。
「2人とも、もうやめて! 私達は仲間……、少なくても味方でしょう?」
険悪なムードの2人の間に割って入ったのは、王慧琳だった。
林徳華と周朝偉に悲しげな瞳を交互に向ける。
「ちっ!」
林徳華は舌打ちして顔を背けた。
「申し訳ありません。少し大人げなかったですね」
対照的に周朝偉は落ち着いて軽く頭を下げる。
この辺りの応対の差が、そのまま2人の差であった。
王慧琳の心の天秤がどちらへ傾くか、極めて明白である。
「作戦は5日目に開始する。それまでは各自好きにしていい」
香港四天王筆頭らしく指示を出したあと、林彩華はおもむろに席を立ち上がった。
味方同士でいがみ合っているのを目にし、不愉快な気分を味わったからだ。
ふんと鼻を鳴らして、林徳華も姉に追従した。
「こんなことで、任務を達成できるのでしょうか?」
悶々と思考をめぐらせるうちに、周朝偉はたまりかねて本音を吐露してしまう。
「周!」
王慧琳は半ば咎めるような視線を注ぐ。
「すみません」
素直に謝りはするものの、周朝偉に暗澹たる気分が漂う。
「王、あなたはまだ若い。何よりもまず、自分の事を優先して行動なさい」
「一体、何を言っているの?」
周朝偉の言わんとしているところを、本当はわかってながら王慧琳はわからないフリをした。
「絶対に死んではいけませんよ」
この作戦は恐らく失敗する……。
周朝偉はそんな不吉な予感が外れることを祈った。
「仲間割れか?」
自衛隊精霊大隊のエース、市野成樹三尉は近過ぎず遠過ぎずの席で香港四天王の様子を窺っていた。
特に何もしておらず国際指名手配犯でもないため、逮捕・拘禁するわけにはいかない。
こうして見張られていることを悟られないように観客を装い、監視するのがやっと、という体たらくであった。
あきらかな敵であるにも関わらず、手も足も出せない。
2年前のソウル防衛戦のときと同じで成樹にとって歯痒く、非常にもどかしい時間が続いた。
ソウル防衛戦の際、紅悠斗や精霊レンジャー課の若き精霊使い達が最前線で戦っているというのに、自衛隊は対馬に配備され、成樹はただ指をくわえて見ていることしかできなかったのだ。
だが今回は違う。
香港軍が偽装したタンカーでこちらへ向かっているのは確かな情報だった。
情報の出所が例の陸遜だという噂だし、自衛隊の情報収集能力も信頼に値するものだ。
焦る必要はない。
今すぐ飛び出して香港四天王を取り押さえたい衝動を、成樹は汗ばんだ拳を握りしめ懸命に自制した。
「5日目か」
林徳華と周朝偉の言い争いが芝居だとしたら、大した役者ぶりだ。
その可能性も否定できないから、常に警戒するのは当然である。
しかし成樹は目を光らせるのをやめた。
動物的な勘が働き、香港軍が動くのは精霊争覇戦の5日目だと直感したからである。
そうと決めると、これから始まる今日一番の楽しみに成樹はのめり込むことにした。
11月4日は祝日ですので、次回は11月4日に投稿します。




