第6章 強者たち ~その5~
この日の夕食は開会式も兼ねて、ホテルの大広間を借り切った立食形式だった。
お偉いさんの長い割に内容のないスピーチから、乾杯の音頭で解放された生徒達が空になった胃袋を満たすために、思い思いの料理に手を伸ばす。
料理は和・洋・中と揃っており、成長期の彼らの目の前で専属のシェフが調理してくれた。
季節の区切りごとに長時間放送される、某クイズ番組の休憩中の食事と概ね同様の形態と思ってもらえば間違いない。
もちろん高校生の身分であるので、生徒達が手にしている飲料はソフトドリンクだ。
わざわざ700人も収容できるフロアを借り切って、分校の代表が顔を揃えるような夕食にしているのは、生徒同士の交流を深めるという意味合いがあった。
事実、2年や3年の先輩たちは、しきりに他の分校の生徒と会話を交わしている。
おおかた昨年の精霊争覇戦で親しくなった生徒同士で、互いの近況報告をしているのだろう。
悠斗も特一級精霊使い絡みで見知った顔をちらほら目にしたが、こちらから声をかけるのはやめておいた。
さほど親しい間柄でもないし、用があれば向こうから声をかけてくるだろう。
そういった事情から料理を取りに行くときを除き、悠斗達のグループは最初の位置から動かずに食事をしていた。
陸遜がオーナーを務めるホテルの中華料理ほどではないが、それなりに値が張りそうな食事に悠斗が舌鼓を打っていると、女子生徒を数人引き連れた鼻持ちならない野郎がこちらへと近づいてくる。
特に悠斗に気付いたという風ではない。ただ自分はモテるんだぞ、という自慢のために練り歩いている感じだ。
しかし、悠斗の方はその鼻持ちならない野郎に気付いた。
「ウザ……」
鼻持ちならない野郎、と認識している時点で悠斗が好意を抱いていないのは明白である。
「お兄様?」
ここまで露骨に顔を顰める悠斗を、織姫は見たことがない。
「面倒臭い奴がいる」
そっと鼻持ちならない野郎に悠斗は背を向ける。
しかし、それは失敗だった。
「ん?」
鼻持ちならない野郎が怪訝な表情を浮かべて、足の向きを変えたのだ。
そのままズカズカと悠斗の前にやってきて、
「キミも参加するのか!?」
まるで糾弾するかのような語気の強さで問うた。さらに、
「キミが参加するのは、反則ではないのか!?」
口外したらマズイ内容を大きな声で言うのだ。
だから面倒臭い。周囲の生徒も何事かと雑然とし始める。
悠斗は頭を抱えた。
「悠斗さん、こちらの方は?」
いきなりデカイ声で悠斗を問い詰めるような真似をする人物を、愛李が好意を持つ道理はない。
鼻持ちならない野郎を見る目が険の籠ったものとなる。
「さあ? 始めて見る顔だよ」
悠斗は知らんふりをした。
「そうですか。確かにこんな失礼な人が、悠斗さんの知り合いとは思えませんね」
よく心得たもので、愛李も悠斗の芝居に乗る。
「キミは何を言っているのだ? 2年前、ソウルで一緒に戦ったではないか!」
「知らん。何の事だか、さっぱりわからんな」
「キミがイフリートに意識を乗っ取られたから、僕が救出したではないか!」
「全く身に覚えがないな!」
あくまで悠斗はシラを切り通す気でいた。はっきり言って関わりたくない。
「キミは! キミという奴は……!」
「あの、もしかして、翠瞬さんですか?」
鼻持ちならない野郎の正体に気付く可能性があったのは、悠斗の周りでは織姫だけだ。
「あ! 織姫、構っちゃ駄目だ!」
どうやら制止するのが遅過ぎたようである。悠斗の顔に諦念の色が認められた。
「ふふ、さすが紅家の次期当主はわかっておられる。そう! この僕が『旋風の貴公子』こと、翠家の次期当主、翠瞬だ!」
恐らく何度も練習したであろう自己紹介が済むと、
「きゃああああああああああああああ~っ!」
瞬の引き連れていた女子生徒達から嬌声が上がる。
その様子を、誰もが冷めた目で見ていた。
さぞ翠家の現当主、翠藤花も頭の痛い事だろう。
「何が『旋風の貴公子』だ。この中二病が」
悠斗はまるで汚物でも見るかのような目をした。
「き、キミは言ってはならないことを……」
意外にも瞬は自覚しているようである。
「はいはい。風の亜種精霊ガルーダの契約者にして翠家の次期当主な上に、昨年の精霊争覇戦新人戦の個人戦優勝者、凄いね!」
瞬の肩書きや実績を列挙する悠斗だが、その声は全く感情が籠っていない棒読みだった。
「新人戦個人戦の優勝者だって?」
素っ頓狂な声をあげたのは達也である。
今までの悠斗とのやりとりを見ていて、とてもそうは思えなかった。
「達也、残念ながら本当だ。そして本戦の優勝候補でもある」
「マジか……」
無性に達也は世の不条理を嘆きたくなった。絶対に何か間違っている。
「キミもわかっているではないか」
瞬は得意満面で大仰に悠斗の肩を叩いた。そして、
「しかし、キミの実力は完全に学生の範疇を逸脱している。そんなキミが参加するのはルール違反ではないのか?」
再び話を蒸し返すのだ。ウザいこと、この上ない。
馴れ馴れしく肩を叩かれ、むっとしていた悠斗は、どうすれば瞬を凹ませることが出来るか考えて反撃する。
「つまり俺が参加したら負けるから、出ないで欲しいと頼み込んでいるわけか」
身も蓋もない言い方をする悠斗だった。
「な! そのような事は言っていない! しかし、いいだろう。そこまでの大言壮語を吐いたからには、互いの雌雄を決しようではないか!」
「いつ、どこで、誰が雌雄を決する関係になったんだ……」
呆れ果てた悠斗は小さく息を吐いた。
「明日のエキシビジョンマッチで、キミに勝負を挑む!」
瞬が宣言すると、取り巻きの女子生徒達がひと際大きい黄色い歓声を上げる。
「は? エキシビジョンマッチ?」
そんなものがあるのかと、悠斗はぽかんと首を捻ってしまう。
「あるわけなかろう。だから昼の休憩中に空いているグラウンドで、勝手に戦うのだ!」
「馬鹿か! お前は!!」
本気で悠斗は瞬をどやしつけた。
香港四天王が精霊争覇戦に狙いをつけているというのに、何故、わざわざ消耗するような真似をしなければならないのだろうか?
それだけ瞬の実力を、悠斗は認めているということなのだが……。
「勝手にグラウンドを使用できるわけがない」
「ふふふ、翠家と紅家の政治力を駆使すれば、造作もない事さ」
「最悪な発言だな」
悠斗のこめかみがズキズキと痛み出した。
どうして、こんな奴が何人もの女子生徒から支持されているのか理解に苦しむ。
翠瞬は名古屋の第4分校の生徒だが、そこの女子生徒達は洗脳でもされているのだろうか……?
「なんかこいつムカつくわ~! 悠斗、やっちまってくれよ」
完全に達也の目が据わっていた。
「あら、面白そうね。第3分校の生徒会長として、上に提案しておくわ」
ふらっと立ち寄った蒼茉夏が、とても困ったことに余計な口を挟んでくれた。
「おお! 蒼茉夏殿の力添えがあれば、心強い」
瞬は諸手を挙げて茉夏の助力を歓迎する。
「2人とも、楽しみにしているわね」
とろけるような微笑を浮かべて、茉夏は他のテーブルへ挨拶に向かった。
「まさか、本気で言ってないよな……?」
あくまで冗談だと思いたかったが、そうでないことを悠斗は明朝痛感することになる……。
とりわけ賑やかな一座を、半ば呆れ、残りの半ばは羨ましげな目で眺めている少年がいた。
「彰、どうかしましたか?」
清涼な声で尋ねられ、北海道にある第1分校の代表である高城彰は総司に向き直る。
2人は精霊レンジャー課の同僚だった。
「あれが噂の紅悠斗だろう? 聞いていたのとは随分違うんだな」
彰はもっと刺々しい人物像をイメージしていたが、まるで異なることに肩すかしを喰らった気分だ。
「精霊学園に入学して、彼なりに思うところがあったのでしょう」
どうもショッピングモールのおける江東の虎との戦いが、悠斗に何かしらの心理的影響を与えたらしいのだが、総司は関わりが薄いため詳細は知らない。
「死線をくぐり抜けてきた人間の顔には、とても見えないな」
冷めた紅茶に口をつけ、彰は視線を床に落とした。
伝え聞いた噂だけでも、2年前のソウル防衛戦、今年の春に起きた台湾の内乱、そして江東の虎との戦いを経ている。
細かい小競り合いまで含めたら、恐らくキリがないのだろう。
これは精霊使いの『卵』ではなく、完成された『精霊使い』の経歴だった。
そんな人物が、あのような柔和な笑い方が出来るものなのだろうか?
「不思議な奴だ」
彰が自分の目で直に見た紅悠斗に対する第一印象が、それだった。
「彰にそう言わせるとは、やはり悠斗君はただ者じゃないですね」
「総司や日南さんも、ただ者じゃないけどな」
要はここに集っている人間は皆、ただ者ではないのだ。
強者たちが集結し、役者は揃った。




