第6章 強者たち ~その4~
「お兄様、愛李は一体何をしているのでしょう?」
織姫には愛李の挙動が理解できない。
その質問には答えず、悠斗はただ優しく微笑むだけだった。
「訳のわからん事を」
対戦相手である蓮も一笑に付す。
まともに正面から戦ったら勝てない。だから小細工を弄しているのだ。
蓮はそのように結論付けた。
なかなか自分の身の程を知っているではないか。蓮は内心でにやりと笑った。
それが己の願望を満たした思い込みだとも知らずに……。
「落雷!」
先に精霊魔法が完成したのは蓮である。
蓮の契約精霊は汐莉と同じ雷の精霊カーバンクルだった。
ただし精霊魔法の威力は蓮の方が上だ。
天空から稲妻が愛李に向かって降りそそぐ。
織姫も含め試合を観戦している生徒の誰もが顔をゆがめた。中には顔を手で覆い隠す女子もいるほどだ。
しかし悠斗は揺るがない。
「古式さん、強くなり過ぎだろう」
むしろ蓮の身を気遣うほどだ。
悠斗は愛李の勝利を微塵も疑っていなかった。
愛李が何をしようとしているのか、悠斗にはわかっていたからだ。
「2つの精霊魔法を同時に放つとはね」
通常、印を結ぶ動作は片手で行う。悠斗であっても例外ではない。
それを愛李は両方の手でやっているのだ。しかも別の精霊魔法の印を結んでいる。右手と左手でモーションが違う。
常人の神経では集中できないだろう。
畢竟、愛李は2つ同時に精霊魔法を発動させた。
防御魔法で落雷を難なく受け止めるのと併せて、精霊魔法で蓮を攻撃する。
どちらも効果が大きいのがミソだった。
攻撃を防げなかったり、防がれたりしては2つ同時に精霊魔法を放つ意味が無い。
それは、つまり……。
防御魔法を展開する猶予を与えられなかった蓮を、一撃で沈める結果を生んだのである。
愛李は宣言通り、すぐに戻ってきた。
蝶のように身を翻して。
「本番では、こうはいかんぞ……」
蓮がくぐもった声で2人に告げる。
これは決して負け惜しみではない。蓮と守は、すでに精霊争覇戦新人戦の精霊学園第3分校代表に決定していたのだ。
「これは、単なる消化試合だからな」
自分は慢心していた。素直に蓮はそれを認める。
「じゃあ、新人戦は第3分校の独壇場になるな。俺が本戦の方に回された理由がわかったよ」
今年は有望な新入生が数多く入学した。悠斗はそのように解釈し、蓮に手を貸そうとする。
「情けは受けん」
差しのべられた手を取らず、ダメージが抜けきっていない体で蓮は立ち上がる。
かなり辛いが、そんな素振りを蓮はおくびにも出さない。
「ゲートを閉じるときは、助かったよ」
悠斗が眼中に無いと言ったのは、売り言葉に買い言葉だ。
「貴様がいなくても、俺達がゲートを閉じていた」
ふん、と鼻を鳴らし蓮は踵を返した。
「何で虹七家の人間は、あんなにプライドが高いかねえ?」
自分も虹七家の人間なのに、悠斗はまるで関係無いかのような口ぶりだ。
「悠斗さん、あの3人は、そうでもないと思いますよ」
愛李が指差したのは、隣の会場で奮闘している橙恵介、藍裕樹、翠功の3人だった。
「違いない」
つい悠斗は口の端に苦笑を閃かせた。
愛李の意見は、あまりに正鵠を射たものだったからだ。
精霊学園は日本各地に8つの分校がある。
精霊争覇戦とは、つまるところ分校同士による力比べだ。
個人戦は各分校8人の代表を8つのグループリーグに振り分け、グループリーグ首位の生徒が決勝トーナメントへ進む。
チーム戦はこれが3人1組のチームに代わっただけだ。
そして1年生だけが参加する新人戦、2,3年生が参加する本戦という区別があった。
決勝トーナメントは別日に用意されているため、取り敢えずはグループリーグの7試合をどう戦うのかが鍵となる。
決勝トーナメントを勝ち進めば勝ち進むほど得点は多くなり、最も得点の多かった分校が優勝となるのだ。
ルール自体は、いたって単純で精霊争覇戦などというご大層な看板を掲げているが、その中身は非常にチャチな物と言えなくもない。
しかし、単純であるが故に精霊使いとしての能力がダイレクトに反映される。
優劣がハッキリと着いてしまうのだ。
だからこそ精霊争覇戦は実力が物を言う大会であり、精霊学園の生徒達の目標となっていた。
「期末テストが終わった翌日に、もう移動かよ……」
新幹線での移動中、達也はかなりげんなりした様子だった。
精霊争覇戦は夏休みの直前に開催される。
溜まるであろう疲労を考慮しての日程だった。
「いいじゃないか。その代わり大手を振って授業を休めるんだ」
割と本気で悠斗は嬉しかった。
「俺は期末テストで燃え尽きたよ……」
返却される答案のことを考えると、達也の気分はいささか苦かった。
「大丈夫か? 精霊争覇戦が終わったら、名古屋でも案内するよ」
今回の精霊争覇戦は名古屋市南部の埋め立て地にある、専用のスタジアムで行われる。
スタジアムに隣接している敷地には宿舎が8棟、つまり分校の数だけ軒を連ねており、参加者はそこに宿泊することになっていた。
もちろんコンディション維持や集中を乱すことのないよう、個室があてがわれている。
もっとも悠斗などに言わせれば、
「これでは甘やかし過ぎだ」
ということになるのだが。
しかし、ここまで環境が整えば実力が全てだ。文句の出る余地を作りたくないのだろう。
「お兄様、私も名古屋見物したいのですが?」
「悠斗さん、私も!」
後ろの席から身を乗り出してきて、悠斗の頭の上から織姫と愛李は会話に加わる。
「聞いていたのか」
悠斗は苦笑するしかなかった。
「悠斗は名古屋に詳しいのか?」
とても素朴な質問が達也から発せられる。
第3分校に通っているから、てっきり関東に住んでいるものだと達也は思っていた。
名古屋なら第4分校の学区になるのだが……。
「ああ、俺の生まれは愛知県なんだよ」
名古屋ではないから、悠斗はこういう言い方をした。
子供の頃――今も子供といっていい年齢だが――に、よく本当の両親に連れて行ってもらった記憶が、かすかに残っている。
毎年、墓参りに行く都度、必ず名古屋の街をぶらつくことにしていた。
前回のときは織姫、愛李、汐莉がいたため断念したのだ。
「そういうことか。じゃあ期待できそうだな」
「任せろ! 味噌カツとか味噌煮込みうどんとかあんかけスパとか小倉トーストとかひつまぶしとか、名古屋特有の食事処を案内してやろう」
人は何故、自分の好きな話題となると饒舌になるのだろうか?
それは悠斗とて例外ではなかった。
珍しく、はやしたてるような口調で語る。
「悠斗さあ。なんか、聞いているだけで胸焼けがしてきたんだけど、気のせいか?」
「間違いなく気のせいだ。名古屋人のソウルフードだぞ?」
「そう、だよな。気のせい、だよな……」
達也は慣れない名古屋めしを食べて胃腸の調子が悪くなるが、それはもう少し後の話である。




