第6章 強者たち ~その3~
「こんなのどうとでもなるじゃない……」
自分を助けてくれたときの達也とは別人に見える。あのときの達也ならとっくに流れを変えているはずだ。
と、ここまで思考を進めてシャルロットは、はたと膝を叩いた。
「そういうことね」
達也の中では、まだあのときほど危機的状況に陥っていないと気付いたのである。
これはシャルロットの過大評価なのだが、あながち間違いでもない。
達也はシャルロットや悠斗の期待に応えようと、気負い過ぎているのだ。
プレッシャーで麻痺していた達也の頭脳が、ようやく回り始めた。
守の攻撃のリズム、レンジ、効果範囲を見極める。
小石の散弾は連発しているのだから、当然1発1発の間には時間差があった。
その時間差が最大になるタイミングを見計らって、達也は左へダッシュする。
印を結びながら、だ。
戦闘の最中に移動しながら印を結ぶのは、実のところ意外に難しい。実戦慣れした悠斗や汐莉だから、平然とやってのけているのだ。
むろん、こんなことをぶっつけ本番で試すのは不安で仕方ない。
だが、今この場ではやるしかなかった。
シャルロットの期待を、悠斗の信頼を絶対に裏切るわけにはいかない。
これ以上ないくらい細心の注意を払いながら、達也は精霊魔法を完成させるべく手を動かし印を結ぶ。
足を止めずに。
苦労の甲斐あって達也は小石の散弾を回避しつつ、どうにか精霊魔法を完成させることができた。
「火の波!」
達也の足もとから火の波が立ち上り、ゆらめきながら守に押し寄せる。
「残念でしたぁ~! 岩石の扉!」
ささっと守が展開した防御魔法の岩石の扉によって、火の波は受け止められてしまう。
「ぷぷぷ。その程度なら、普通に精霊魔法をぶつけ合った方が、早く終わったねぇ~」
人を小馬鹿にするのが得意な守らしく、実にいやらしい笑い方をする。
並みの神経の持ち主だったら、カッとなって衝動に身を任せてしまうところだ。
しかし達也は守のペースに乗らず、落ち着いて次の精霊魔法を放つべく印を結び始めた。
印を結ぶことに集中できる時間を確保したのである。
守の相手などしている余裕はなかった。
「やっと調子が出てきたみたいね、達也」
シャルロットは碧い瞳を細めた。
横浜で自分を助けてくれたときの雰囲気を、達也が帯びてきたからだ。
「どんな精霊魔法も、僕には通じないよぉ~!」
守も小細工など弄せずに、防御魔法の準備に入った。
先ほどと同じ岩石の扉だが、より多くの精霊力を注ぎ込み、強度が増したものを顕現させるつもりだ。
紫蓮と出会った頃から、蓮が攻撃を、守が防御を担当するという役割分担が出来ていた。
実力が無い人間を連れて歩くほど、蓮は甘くない。
故に防御魔法に関していえば、この世代の精霊使いの中ではトップクラスであると守は自負していた。
「虹七家でもない人間に、僕が負けるわけないよぉ!」
にへらにへらと守はいやらしい笑みを浮かべる。
土の精霊ノームの契約者特有の受けて立つ展開も、守は得意としていた。
火の精霊と土の精霊では、こういう戦いが自然な成り行きなのだ。
しかし、この選択が結果として裏目に出てしまう。
このとき、達也の目に守の姿は映っていない。
視線の先にいるのは悠斗の姿だった。
公園でウンディーネを一撃で仕留めた精霊魔法……。
それを習得すべく、達也は密かに猛特訓を重ねていた。
――1歩でも紅悠斗に近づくために!
本人からすれば侮辱以外の何物でもないが、守に勝てないようでは悠斗に認めてもらい肩を並べて戦うなど、到底叶わない。
達也はそう思っていた。
実のところ、それは大きな勘違いなのだが……。
だから達也としては、ここは何が何でも勝たないといけない場面である。
印を結び終え、つい先ごろ扱えるようになった精霊魔法を放つことに成功した。
「炎熱の渦!」
火よりも上位の炎熱系の精霊魔法で、達也は乾坤一擲の勝負に出る。
じゃじゃ馬な炎熱を抑え込み、狙った場所へ渦を発生させた。
「ま、まさか、そんなぁ」
守の表情に変化が訪れる。
いつもの人を小馬鹿にしたような、いやらしい笑いの面影はなかった。
そこにあるのは、ただただ信じられないといった感情だ。
「僕の防御魔法が破られるなんて、有り得ないよぉ……」
強度を増したはずの岩石の扉が溶解し、守の身が高温で炙られる。
「う、うわぁ!」
抵抗を試みるものの、炎熱の渦の勢いはとどまる事を知らず守は炎に飲み込まれ始めた。
「審判!」
いち早く異常に気付き、叫んだのはシャルロットだった。
達也の勝利は誰の目にも疑うところはない。ならば危険な状況の守を救出すべきである。
その事実に気付いた審判たちが精霊魔法を放ち、炎熱の渦を打ち消そうするが、これが何とも頼りない。
「流水の球!」
ウンディーネの放つ水球などとは比較にならないサイズの水球を、シャルロットは叩き込んだ。
この一撃で、呆気ないほどキレイさっぱり炎熱の渦は消え去った。
アレイスター・クロウリーの孫というのは伊達ではない。
「シャルロット……」
「ごめんなさい達也。余計なお世話だったかしら?」
「いや、そんなことはないよ」
流水の球の威力に、達也は半ば放心した目をシャルロットの碧い瞳に注いだ。
「どうしたの?」
その意図が読めず、シャルロットは達也の顔を覗き込む。
長い間シャルロットの事を見つめていたことに、はたと気付いた達也は目を逸らしながら言った。
「俺よりずっと強いんだなあ」
あのとき自分がいなくても、シャルロットは1人で何とかしたんじゃないか?
そんな疑問がずっと達也の脳裏にこびりついていた。
「それはそうよ。だって私は……」
シャルロットは正体を明かすのを躊躇い言い淀む。
達也は自分の正体を知らない。それはつまりアレイスター・クロウリーの孫としてではなく、ありのままの自分と付き合ってくれているのだ。
これまでクロウリー家の人間と知った途端に態度を豹変させる人達を、シャルロットはそれこそ無数に見てきた。
自分に好意的でも、嫌悪的であっても。
今のところ達也はシャルロットのことを、『精霊使いとして優れた女の子』として接している。
それが案外心地良かった。
まだ、この関係を壊したくない……。
そんな心理が働いてシャルロットは正体を明かすことに躊躇いを覚えてしまい、やや強引に話題を転じる。
「いえ、そんなことは気にしなくていいのよ。確かに精霊使いとしては、私の方が強いわ」
シャルロットは得意げに薄い胸を張った。
「でも判断力と、咄嗟の対応力は達也のが上よ。あのとき達也がいなかったら、私も危なかったもの」
ここで言う『あのとき』というのが、いつのことを指しているのか?
それがわからないほど、達也は鈍くなかった。
こんなことでシャルロットは嘘を吐くような人間ではない。何か隠し事をしているようだが、それは達也が信用に値する人物だと認められれば、いずれ教えてくれるだろう。
「そうか。ありがとう」
拭い去れない疑念が晴れ、達也は破顔した。
「変なの」
急に笑い出した達也を見て、シャルロットはきょとんとしてしまう。
「負けた? 僕が負けた? こんなの、嘘だよぉ……」
守は虚脱した面持ちだった。
「あんたは強かったよ。おかげで俺は、1歩近づくことが出来た」
達也のすぐ傍にはもっと強い精霊使いが2人もいる。新人戦の代表選びで躓いている余裕はなかった。
「ば、馬鹿な……。この紫蓮が、こんなにあっさりと……」
この結果は、蓮には受け入れがたいものだった。
しかし代表選びの試合に勝利したのは愛李で、蓮は地面に倒れ伏しているというのが現実なのだ。
「悠斗さん、勝ちました!」
気分が高揚しているせいか、愛李は疲労をあまり感じていない。
「おめでとう、古式さん」
悠斗は愛李が勝つと予想していたため、さほど驚いてはいない。
本当にさっさと終わらせてしまったことに対して、悠斗は驚いているのだ。
試合を観戦していた他の生徒達は、皆一様にぎょっとした顔をしている。
――一体何が起きたのか?
愛李と蓮は開始の合図の後、しばらくの睨み合いの末、印を結び始めた。




