第6章 強者たち ~その2~
「余所者と落ちこぼれで、いい組み合わせじゃないか」
「全く、お似合いですねぇ」
嘲笑いながら侮蔑的な言葉を投げつけてきたのは、紫蓮と黄守だった。
2人とも学園の成績だけ見れば、織姫に引けをとらない。
残念ながら悠斗はあまり成績が良くない。年がら年中、国内海外を問わず特一級精霊使いとしての任務に振り回されているという事情があるからだ。
もし悠斗と織姫がいなければ、蓮と守の2人が第3分校1学年の中心となっていたと目されている逸材である。
そのせいかもしれない。
悠斗や織姫に対してライバル心……、いや敵対心を燃やしているのは。
「紫家と黄家は、礼儀を弁えていないのですか!?」
毅然と2人の態度を非難したのは織姫だった。
織姫もまた、虹七家の会合の時から変わろうとしている。
「これはこれは。誰かと思えば、紅家の次期当主ではありませんかぁ」
舌足らずで語尾が変に伸びてしまうことを除けば、守の言葉自体は丁寧なものであった。
しかし、その表情と口調は完全に相手を見下したものにしか見えない。
「守。紅家は腐っても虹七家だ。失礼だぞ?」
「はぁいはいはい。蓮さぁん、わかってますってばぁ」
窘める方も窘められる方も、とてもではないが相手の事を慮っての発言ではなかった。
「それは紅家に喧嘩を売っている、ということでいいのかしら?」
まだ織姫は強気でいられた。
いずれ当主になったら――できれば、悠斗に継いで欲しいが――このように他の虹七家と折衝することになるのだ。
ここで簡単に折れたりしては、将来軽んじられることが確定してしまう。
実のところ、そうならないよう現当主は悠斗を養子に迎えたのだが、それはまた別の話だ。
「ほう。紫家と黄家を敵に回す覚悟があると見える」
蓮の双眸が妖しく光った。
この強気の発言には、さすがに押し切られそうになり織姫はすがるような目で悠斗に助けを求める。
「紅家と紫家や黄家の仲がどうなろうが、知ったことじゃないな」
織姫の心配をよそに、悠斗は蓮の圧力を撥ね退けた。さらに委細構わず畳み掛ける。
「やってみたらどうだ? もっとも、そんな権限があるとも思えないし、紫家は当主が不在なのだろう? それで戦えるのか?」
量はともかく質が劣る、というのが紫家と黄家の内情だ。
もっとも紫家の当主が帰還したら、その限りではない。
2年前は悠斗の完敗だった。今なら果たして、どうだろうか?
「あまり調子に乗らない方が、身のためだと思うぞ?」
台詞の強さと裏腹に、蓮の声はかすかに震えていた。
「最初から眼中に無い相手に、どう調子に乗るんだ?」
この言葉に蓮は顔色を一変させた。
まさか悠斗がこれほど強硬な態度を取ると思っていなかったのだ。
「貴様っ……」
「確か、古式さんと達也の相手が、ちょうど2人だったな」
「そうだ。まぐれもここで打ち止めだ」
決して蓮は強がりで言っているのではない。
互いに模擬戦を目にしていて、どの程度の実力なのか把握しているのだ。
それでも――。
「古式さんと達也が勝つよ」
悠斗は断言した。
その判断は深い知性と洞察力に裏付けされたものである。
「その言葉、忘れるなよ? 行くぞ、守」
「はいはい。楽しみですねぇ」
蓮と守は高笑いをしながら、去って行った。
「おい、悠斗!」
「悠斗さん!」
困ったのは達也と愛李である。
2人は非難と不安とがカクテルされた目を悠斗に向けた。
「落ち着いて。古式さん、あの2人は江東の虎よりも弱いよ。あのときの古式さんは、俺よりずっと強かったじゃないか」
誰かを守るために、何の躊躇もせず凶刃を相手にその身を盾にするなど、悠斗には決して真似の出来ないことだ。
「あ、あのときは悠斗さんを守るのに夢中で……」
「大丈夫! 落ち着いて戦えば勝てる相手だよ。達也は――」
今度は達也のフォローをしようとしたとき、
「達也だって勝てるわよ?」
割って入ってきたのは金髪碧眼の美少女だった。
「シャルロット!」
「久し振りね、達也。ちゃんと見学の許可はとってあるから」
クロウリーの名が物を言い、シャルロットは労せずして見学の許可を得た。
「どうしてここに?」
達也が疑問に思うのも当然だ。
あのようなホテルに滞在するほどの人物である。精霊使いとして名の知れた家の人間に違いないと、達也は見当が付いていた。
そして、それは正しい。
水の王、海魔クラ―ケンの契約者アレイスター・クロウリーの孫なのだから……。
「私だって精霊使いなのよ? 精霊争覇戦に興味無いわけないじゃない」
シャルロットは上目遣いで、極上の微笑みを達也に向けた。
「そ、そう、なんだ」
あっさりと達也は白旗を上げた。
こんなに可愛い子が応援してくれるのである。理由なんて、どうでもいい。
「勝利の女神がついているんだから、絶対に勝てるわよ!」
「ぷっ。自分で勝利の女神とか言っちゃうか」
つい達也は吹き出してしまう。そして吹っ切れた。
「ああ、絶対に勝つよ!」
しばらく達也はシャルロットのことをじっと見つめた後、指定されている模擬戦の会場へ足を運んだ。
「シャルロットに無様な姿を見せるわけにはいかないな」
達也には是が非でも勝利が必要な理由ができた。
「悠斗さん、私も行きますね」
「古式さんなら余裕だよ。さっさと終わらせて、早く戻ってきて」
特に深い意味で悠斗は言ったのではない。
「は、はい。すぐ戻ってきます」
なにをどう勘違いしたのか知らないが、満面の笑みを浮かべて愛李はスキップで模擬戦の会場へ向かった。
「お兄様!」
その声で振り返ると、何故か織姫が仁王立ちして悠斗の事を睨んでいた。
「壬生先輩とデートしたり、愛李に優しくしたり、女の子とは仲がいいんですね!」
「まあ達也にはシャルロットがいるしな」
そうする必要があるから、それに応じて悠斗は行動しているだけだった。
達也の場合は何かしたら、むしろ邪魔になってしまうだろう。
それぐらいの空気は読めるつもりだ。
「そういうことではありません!」
鈍感な兄に苛立ちを覚え、織姫は地団駄を踏んでしまう。
「何に腹を立てているのか知らないが、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
悠斗はぽんっと織姫の頭に手を置き、そっと撫でた。
「う~……」
こんなことで頬が緩んでしまい、それを誤魔化すために織姫は唸るしかなかった。
「達也~! ぶっ飛ばせ~!!」
なぜかシャルロットはノリノリで達也の事を応援している。
その姿を目にした男子生徒達は騒然となった。
無理もない。
シャルロットは類稀なる美貌の持ち主で、絵にかいたような金髪碧眼の美少女だから。
「ふぅ~ん。キミ、モテるんだぁ。羨ましいねぇ!」
守は意味深な笑みを浮かべた。
「いや、多分そういうのじゃないと思うぞ、あれ」
達也の見立てでは、完全に遊んでいるようにしか思えない。
「ふぅん、そうなんだぁ。正体を知らないみたいだけど、彼女には手を出さない方が、無難だよぉ?」
「どういう意味だ?」
「さあねぇ~? そろそろ始めようかぁ」
守は先に模擬戦の開始位置についた。
達也も位置につく。
シャルロットの正体は気になるが、今はそれどころではない。
「始め!」
審判の開始の合図と同時に、達也は印を結ぶ。
「どんどんいくよぉ~! 小石の散弾!!」
達也には想像出来ない早さで、守は精霊魔法を完成させた。
「がはっ……!」
正面から飛翔する小石の散弾を防ぐために、ついつい達也は両腕でガードしてしまった。
何かに当たりそうになると、避けようとするのは人間の本能ともいえる。
しかし、ガードしてしまったために印を結べない。
「ほらほらほらぁ~!」
次々に守は小石の散弾を連発する。
この精霊魔法は威力は小さいが素早く完成させられるのが特徴だ。
威力は小さいといっても、当たり前だが喰らった側は全くの無傷ではいられない。
実際、達也の腕や脚には擦り傷が多く出来ていた。
小石の散弾を間断なく放つことで、相手に印を結ぶ暇を与えずダメージを蓄積させ、そのまま相手を削り倒す。
これが守の最も得意とする戦い方だ。
そして、その戦い方は今のところ功を奏し、守が一方的に押し続ける展開となっている。
虹七家に連なる者の、面目躍如だった。
ここまでの達也の戦いぶりを眺めて、おかんむりなのはシャルロットである。




