第6章 強者たち ~その1~
どうやらブータン王国の戦いで燃え尽きたようだ・・・。
夏の到来をひしひしと予感させる、日の長くなってきた夕刻。
駅前は行きかう人々で、ひと際往来が活発となる時間帯である。
「きゃあああああああああああああああああああああっ!!」
そんな中、どこからともなく絹を裂いたような悲鳴が辺りにこだました。
「精霊……! ゲートが出現したのか?」
精霊学園第3分校に通う、紫蓮の顔に険しさが宿る。
普段から警察官や精霊使いが警邏しているものの、どうしても目の届かない場所が出てくるのだ。
そして人知れずゲートから精霊が出現してしまう。
「行くぞ! 守」
常に行動を共にしている、いわば相棒といってよい間柄の黄守に蓮は力強く言った。
「わかりましたよぉ、蓮さん」
舌足らずな口調だが、守は即答してみせる。
蓮と守は精霊が暴れている現場に急行した。
「火トカゲ(サラマンダ―)か……」
銃を抜き放つように右手を突き出し、蓮は印を結び始める。
精霊力の高まりを感じたのか、火トカゲの意識がこちらへ向いた。
――轟!
火トカゲのブレスによる攻撃が、蓮に襲いかかる。
「岩石の棺!」
蓮を守護するのが自分の役割だ。
そのように守は自分の立場を弁えていた。
「助かる。……稲妻の手斧!」
数丁の稲妻の手斧が顕現し、まるで意志を持った生き物のような軌道を描き、火トカゲを切り刻む。
「今の精霊が、どちらの方から来たかわかりますか?」
周囲を逃げ惑っていたうちの1人を、蓮は捕まえた。
「あ、あちらの方から……」
まだ怯えているのか、うわずった声であるものの心よく答えてくれた。
蓮と守が難なく火トカゲを退けた影響もあるのだろう。
「どうも」
短く答えて、蓮は駆け出した。
守もそれに続く。
途中で遭遇した精霊達を払いのけながら、古びた雑居ビルのテナント募集中の紙が貼られた一室に飛び込む。
従来、店舗を構える規模の空室のため、かなり広い空間が確保されている。
その中心にゲートが鎮座していた。
蓮と守はいち早くゲートのもとへ到着したつもりだったが、さらに行動が迅速だった精霊使いがいる。
その精霊使いは、すでにゲートを消滅させるべく印を結んでいた。
「あれが紅悠斗か」
やはりというべきか?
こういう場面で自分達よりも早く行動を起こすのは、紅悠斗しかいないと蓮は予想していた。
紫家の当主にして蓮の兄にあたる紫輝と、日本で唯一互角に戦える人物……。
紫家といえば虹七家で一番上位の家格だ。虹七家の中心と考えてもらえば問題無い。
その当主ということは虹七家で、ひいては日本で一番の使い手といっても過言ではないのだ。
紫家の当主になるということは、日本の精霊使いの頂点に立つということを意味していた。
しかし、その座を脅かす者がいる。
それが火の王、魔神イフリートと契約を交わした紅悠斗だった。
「余所者のくせに……」
口中で呟き、蓮は非難がましい目を向ける。
が、それも一瞬のことで、すぐさま悠斗のサポートに入った。
今はゲートを閉じることが最優先だ。そのことを見誤るほど、蓮は愚かではなかった。
「ゲートから出現する精霊は、こちらに任せてもらおう」
いささかの不機嫌さが蓮の声に籠ってしまう。
「頼む」
そろそろゲートを閉じる手順の佳境なのか、悠斗は気にする余裕もなく端的に答えた。
ゲートから精霊が出現する都度、蓮は雷の矢で串刺しにし、守は蓮と悠斗の2人を防御する。
各人の努力は正しく報われ、ほどなくしてゲートは消滅し、精霊も全て片付いた。
「ありがとう。助かったよ」
無言で立ち去ろうとした蓮の踵を返させたのは、悠斗の声だった。
「礼を言われる事じゃない」
精霊使いとして当然の義務を、蓮は果たしたに過ぎない。
「そうか」
「ああ」
今度こそ蓮、そして守の2人は雑居ビルから退去した。
同じ学園に通う同じ学年の生徒に、あのような人物がいることを蓮は非常に忌々しく思いながら……。
精霊学園第3分校のグラウンドの所々で、激しい模擬戦が繰り広げられていた。
分校対抗戦である精霊争覇戦の代表の座をかけた模擬戦だ。
進学、つまり今後の進路に影響を受けるが、それは二の次で重要なのは生徒達自身の自尊心だった。
精霊争覇戦は、いわば自分の実力が世間に認められる華々しい舞台である。
その舞台に立つ、というのは同世代間の精霊使いにおいて、絶大なステータスを意味していた。
例えるなら高校球児が甲子園のグラウンドに立つのと同じような意味がある、といえばわかりやすいだろうか?
故に生徒達は目の色を変えて模擬戦に臨んでいた。
特に我が物顔で学園にのさばっている連中が……。
「古式さんと達也は、あと1つ勝てば代表に決まるな」
かくいう悠斗は、とてもありがたくないことに風紀委員会枠で出場が決まっていた。
辞退できるものなら辞退したいというのが、偽らざる悠斗の本音である。
「2人とも、あと少しね」
織姫も生徒会枠で出場する。
「1年の新人戦に出場しておかないと、来年以降は出られるかわからないからな」
2年生になれば3年生と一緒に本戦出場をかけて戦うことになる。
1年間の経験の差は大きい。
精霊使いとしての能力が大きく伸びてくる生徒も出てくるだろう。
それらを睨んだうえでの達也の発言だ。
悠斗からすれば、単なる取り越し苦労にしか思えない。達也なら恐らく3年連続出場するだろう。
「悠斗さんは、本戦に出場するんですよね?」
愛李が尊敬の眼差しを悠斗に送る。
「ま、悠斗の実力なら当然だよな」
ゴリ押しでも何でもない、妥当な判断なのが達也には理解できた。
「お兄様なら、優勝間違いなしですわ」
悠斗が能力に相応しい評価を与えられるのが織姫には、この上ない喜びだった。
つい、うっとりとした目で悠斗を見てしまう。
「さすがに、それは気が早いかな」
汐莉にも言ったが自身が無いわけではなかった。
ただ第3分校だけでも、生徒会長である蒼茉夏や副会長の北条総司のような手強い精霊使いがいる。
まともにぶつかれば、勝負はどちらに転ぶかわからない。
他の分校からも、きっと相応の実力者が代表として出てくるに違いなかった。
「俺達も、あと一歩のところまできたぞ」
誇らしげに声をかけてきたのは悠斗と何かと因縁のある、虹七家の元・落ちこぼれの三人組だった。
虹七家の会合が行われた老舗旅館では、共闘したこともある。
「ああ、そうなんだ。意外だな……」
てっきり悠斗はすでに敗退しているものと思っていた。
「おい! 反応が薄すぎるだろう!!」
「そう言われても、だな」
全く悠斗は無関心だったのだから仕方ない。
そもそも、この3人が自分に声をかけてきた理由に心当たりがなかった。
「俺達は2年で、本戦に出場するのは大変なんだぞ」
橙恵介、藍裕樹、翠功の3人組は涙目だ。
「まあ、せっかく周りを見返すチャンスなんだ。がんばってくれ」
おざなりな励まし方だが、確かに3人組みにとってチャンスではある。
悠斗にとってはあまり意味は無くとも、他の生徒にとっては有意義な大会といえた。
それだけでも開催するだけの価値はあるのかと、悠斗は納得する。




