第5章 香港四天王 ~その5~
ようやく主人公の登場です……。
風紀委員としての業務が終了し、下校時間まであとわずかというタイミングで悠斗は汐莉に声をかけた。
「壬生先輩。これから横浜中華街へデートに行きませんか?」
「ダーリンの方から誘ってくるとは、槍でも降ってきそうだな」
「高級中華料理で、もてなしますよ?」
「それは楽しみだな。で、横浜中華街に行く本当の理由は何だ?」
その程度のことはお見通しだと言わんばかりに、汐莉はにんまりとした笑顔を浮かべた。
「まったく、壬生先輩に隠し事は出来ませんね」
苦笑いをしながら悠斗は携帯を取り出し、一件のメールを見せる。
そのメールを見た途端に、汐莉の表情が一変した。
「ダーリン、これは本当なのか?」
「喰えない上司で、なかなか情報を漏らしませんが、流れてくる情報は正確ですよ」
そのメールの内容は、
・ブータン王国が中国巴蜀軍を撃退したこと。
・ブータン王国には台湾から宋岳飛ら援軍が派遣されたこと。
・中国巴蜀軍に香港四天王が3人従軍していたこと。
・香港四天王の次の狙いは日本だということ。
・香港四天王の1人がすでに日本に潜入していること。
以上の内容が詳細に記されていた。
こんな重要な内容を、メールで済ませていいものなのだろうか?
日南の感性を疑うも、悠斗は台湾で知り合った宋岳飛たちの無事をいち早く確認出来てほっとしたのも事実だ。
「香港四天王の目的はわからないのか、ダーリン?」
「それも含めて香港四天王の動向を探りに、横浜中華街にいる人物に会いに行くんですよ」
「なぜ私を選んだ?」
神妙な面持ちで汐莉は問いかける。
色々と深い意味がありそうで、悠斗は若干逡巡した。
「虹七家以外の人にも、知っておいてもらいたかったからですよ。壬生家なら警察や自衛隊にも繋がりがありますし」
「ほう。つまり私ではなく、私の家を選んだということか、なるほど」
我ながら意地の悪い言い方だなと、汐莉は思う。
悠斗がそれだけで汐莉を選ぶはずがないと、知っていながら、あえて困らせてどう反応するか見たいのだ。
「も、もちろん壬生先輩が……、一番セクシーだからですよ」
どうにか取り繕おうとしたものの、期待していた答えと違っていたのか汐莉が悠斗を見る目は冷やかなものだった。
「一番好きとか、一番愛している、とは言ってくれないのだな?」
「それは……」
「ダーリンは、みんなが一番大事だものな?」
それは即ち誰も選べないという事でもある。
「ま、その『みんな』の中に私も入っているから、よしとするか!」
「助かります」
「デート、なんだろう? ダーリン」
セクシー担当らしく、汐莉は妖艶な仕草で悠斗の腕に絡みついた。
「ここなのか!? またずいぶんと豪華なホテルだが、大丈夫なのかダーリン?」
2人がやってきたのは横浜中華街でも、立地が特によい五つ星ホテルの正面だった。
普通の高校生なら間違いなく尻込みしてしまうだろう。
汐莉もやや気後れしていた。
「中華料理はこのホテルに入っているレストランで、ごちそうしますよ」
何ら臆することなく悠斗はホテルのドアをくぐった。
「ダーリンはこういうところが、普通の高校生と感覚がズレているんだよなあ」
あるいは大人びているというべきか。半ば呆れつつ、汐莉も後に続く。
そして、これまた値段の張りそうなレストランに2人は足を踏み入れようとした。
「申し訳ございませんが、高校生だけでご予算の方は大丈夫でしょうか?」
しごくもっともな理由で店員に止められる。
学校帰りだったので、悠斗も汐莉も制服姿のままなのだ。
「ご心配には及びません」
嫌味にならない程度に悠斗はにっこり笑い、丁寧に応対した。
精霊学園の学生証ではない方の身分証を提示し、財布の中身を見せた。中には福沢諭吉が10枚ほど入っている。
高校生のみそらでは、クレジットカードの審査が難しいため現金払いだ。
「紅家で、特一級精霊使いの方でしたか! これは失礼しました」
店員が平身低頭するので、悠斗はそれを手で制した。
「頭を上げてください。食事をする前に尋ねるのは、むしろ良心的ですよ」
「そう言ってくれると助かります。すぐに席を用意しますので」
「いえいえ、順番は守りますよ。それよりも陸遜という方にお会いしたいのですが?」
あくまで低姿勢を崩さずに、悠斗は要望を伝えた。
「陸遜、ですか……」
その名を聞いた途端に、店員の態度が警戒を帯びたものへと豹変する。
「紅悠斗が来ていると知れば、むしろ陸遜さんの方から会いに来ると思いますよ? とにかく名前をお伝えください。それだけで十分です」
悠斗にはその確信があった。
最近になって正体が判明した炎の王の契約者の人となりを、陸遜は知っておきたいはずである。
店員は2人を空いているテーブルに案内すると、そそくさとこの場を退散してしまう。
「適当にコース料理を頼みますか」
悠斗は別に店員を掴まえ、ほどほどのランクのコース料理を注文した。
それでも2人でン万円の代物だ。
「その陸遜というのが、例の情報屋なのか?」
「情報屋、というのとは少し違うんですが、多くの情報を握っているのは間違いありません。情報を手札に自分の地位を各勢力に認めさせているというか。日南さんの話によると、ですが……」
悠斗は陸遜とは面識がないため、このような言い方となる。あくまで伝聞情報だった。
それでもこの五つ星ホテル自体、陸遜の手札の1つなのだろうと推察できる。
「ダーリンの上司も、その陸遜という人物も何を考えているのかわからんな」
「ええ、本当にその通りですよ」
悠斗は苦笑いするしかない。
日南とは長い付き合いになるが、汐莉の言う通り何を考えているのかさっぱりわからないのだ。
昨年、北海道で起きた『アナスタシア事件』にも関与していたようだし、裏で相当動き回っているらしいが……。
「ところで話は変わるが、ダーリンは精霊争覇戦には参加するのだろうな?」
「別に構いませんが、反則になりませんか?」
「契約精霊に関する規約は無い」
「そうではなくて。いや、それもありますが」
「プロが出場しても問題無い」
「はあ」
悠斗は生返事をした。
プロと言われても、何がプロなのか今一つ理解できない。
「通常1年生は新人戦に参加するのだが、ダーリンには本戦に出てもらう」
「すでに参加することが前提で話が進んでいますね……」
「ダーリンなら本戦でも楽勝だろうがな」
「まあ、否定はしませんが」
別に悠斗は自惚れで言っているのではない。
恒常的に実戦を繰り返している悠斗と、精霊学園の生徒とでは実力に開きがあり過ぎるのだ。
「この世代では経験値が突出しているとはいえ、くれぐれも油断しないようになダーリン」
「次世代の精霊使い達による大会ですか」
噂には聞いていたが、悠斗はあまり興味が湧かなかった。
しょせんは学生という枠組みの中での『試合』であって、負けても命までは取られないのだ。
「プロのダーリンが負けたら、かなり恥ずかしいよな?」
まるで悠斗の考えを見透かしたかのように、汐莉は美少女でありながらニヤニヤしていた。
だから、プロって何なんだ?
「全く、こんな子供が出入りするなんて、ここも客の質が落ちたわね」
はす向かいのテーブルにいた女性が忌々しげに吐き捨てた。
こんな子供、というのは言うまでもなく悠斗と汐莉のことを指していた。
むっとする汐莉を、悠斗はまあまあと宥める。
それは文句を言われても、気にするほどの相手ではないという態度に見え、汐莉は小さな顔を傾けた。
「高校生が五つ星ホテルでデートとは、いい御身分ね?」
その女性は肩をいからせながら、わざわざ悠斗達のテーブルにやって来て2人を見下ろしながら嘲る。
「いくらなんでも無礼だろう!?」
悠斗の抑えも効かず激発した汐莉は、すかさず愛刀に手をかけた。
「落ち着いて下さい、壬生先輩」
「これが落ち着いていられるか、ダーリン!」
「香港四天王『筆頭』の林彩華さんからすれば、特一級精霊使いの紅悠斗も、壬生家一の剣豪である壬生汐莉も、確かに格下の身分ですよ?」
しれっと悠斗は切り返した。




