第5章 香港四天王 ~その4~
激烈な威力の精霊魔法で破壊の暴風が吹き荒れ、何もかも刈り取っていく。
中国巴蜀軍の兵士の命はもとより、植物や大地でさえも。
精霊魔法が収束したとき、効果範囲一帯の地面はえぐり取られ、死体どころか肉片ひとつない空白の空間が生まれた。
「何が、起きたんだ……?」
先ほどまでの驕りが、林徳華には微塵もない。
「わかりません。が、ここは退きましょう。今ので前衛部隊に相当な被害が出たはずです」
その周朝偉の予測は正しかった。
国王率いる親衛隊に群がっていたから、なおさらだ。損害は甚大、最早立て直すことも出来ないかもしれない。
首脳部と前衛部隊が壊滅したら戦いにならなかった。じきに中国巴蜀軍は雪崩を打って敗走を始めるだろう。
「今回は中央に貸しを作りたかっただけで、本命は次の作戦よ」
「わかったよ、王。そのために姉さんが日本に潜入しているんだからな」
王慧琳に見つめられると、たちまち林徳華は毒気を抜かれたような顔になる。
「では、行きますよ」
周朝偉の指示に従うのが林徳華は気に入らない。密かに王慧琳が周朝偉に魅かれているのを知っているためだ。自分が気になる女性の視線の先くらいは、わかってしまうものである。
「わかった、撤退する」
だがいくらなんでも、ここで私情を挟むほど林徳華は愚かではない。
香港四天王はいち早く戦場から離脱した。
「助かった? いや……」
仮面の男と金髪の少年の正体が宋岳飛の予想通りなら、中国巴蜀軍首脳部と前衛部隊の壊滅は説明が付く。
台湾の三将を擁する部隊は中国巴蜀軍の撤退を見届けてから、あらかじめ定められていた合流地点へと後退した。
「それにしても強かった」
つい弱音を吐いてしまうほど、香港四天王は強い。宋岳飛は自身も含む台湾の三将が、ここまで手玉に取られるとは思いもしなかった。
ブータン王国の王宮で、今回の勝利を祝ってささやかな宴が催されていた。
国際連合の基準に基づいて後発開発途上国に分類されているため、本当にささやかである。
重症を負った鄭経は療養中で宴には参加していない。
宋岳飛と陳永華はブータン国王から労いの言葉をかけられた後、仮面の男並びに金髪の少年と4人でテーブルを囲っていた。
「アメリカから何か持ってこればよかったよ」
どうやら金髪の少年の口に合う料理が無いらしい。
先ほどからリンゴジュースで喉を潤すことに終始していた。
「「「同感」」」
3人は中国語で異口同音に頷いた。
モモというチベット風餃子を肴に、アラという蒸留酒を煽っていたが正直、あまり口に合わない。
「あなたが敵の首脳部を?」
舌を誤魔化すため、というわけではないが陳永華が仮面の男に訊いた。
「そうだ」
器用に仮面を着用したまま、仮面の男は飲食していた。
「やはり、そうでしたか」
一流の近接戦闘家であり、
一流の精霊使いであり、
一流の暗殺者である……。
顎を手でさすりながら、陳永華は1人納得した。
「それよりも、どうしてブータンにいる!?」
やや刺々しい口調で、宋岳飛は話に割って入る。
かつて敵味方に分かれ命のやりとりをしたのだ。詰問調になるのも仕方なかった。
それに、こんなことで動じる相手ではない。
「組織の命令で動いている」
仮面の男の答えは極めて簡潔なものだった。
確かに組織の命令でもなければ、こんなところまでやってこないだろう。
「このタイミングで派遣してくる、ということは日本の組織でしょうか? それならば、大体どこか想像がつきますが」
すでに陳永華はおおよその察しがついていた。
「その想像で合っている」
「なるほど、あの男のやりそうなことですね」
「ふん……。次の命令が出ている」
「待ってください。日本の組織に所属しているなら、伝言を頼めませんか?」
宴席を辞そうとしていた仮面の男を、陳永華は呼び止めた。
「伝言?」
「はい。香港四天王の次の標的が日本だと」
「……いいだろう」
その仮面の下はきっと渋面を浮かべているのだろう。
返事を寄越すと、宴が行われている会場から足早に去ってしまった。
「どこの組織なんだ?」
そわそわと興味津々で宋岳飛が聞いてくる。
どうやら宋岳飛には想像の翼が欠けているようだ。
「僕も気になるなあ」
「中国語がわかるんですか?」
陳永華は口の端に苦笑を閃かせた。
金髪の少年がアメリカ軍属なら、これまでの会話の内容も聞かせてよいものだったのか判断に困る。
しかし一度口にしてしまったものを、今さら取り消せない。
陳永華は諦めて続けた。
「精霊レンジャー課、精霊騎士団ですよ」
「何故わかった?」
「日本で消息不明になったという情報は掴んでいました。恐らく紅悠斗と戦って致命傷を受けたのでしょう。あくまで仮面の男が我々の想像する人物であるのなら、ですが」
「あの精霊力は間違いないだろう」
それに関しては宋岳飛も請け負う。
「そこであの抜け目のない狡猾な男の事です。取引を持ちかけたのでしょう」
「なるほどな」
取引の内容は宋岳飛でも大体想像できた。
「彼なら日本が表だって支援したようには見えませんし、南アジア連盟に貸しを作ることにも成功したわけです。つくづく大した男です」
その大した男のように陳永華は片頬を歪めて笑う。
あくまで内乱だった台湾の時とは違い、今回は正規の中国軍が相手だった。
腰砕けの日本は表だって中国と敵対する度胸はないから、部外者である仮面の男を送り込んだ。確かに色々と都合がいい。
「ふ~ん、あの仮面のおじさん、いいように使われてるんだね」
皮肉に聞こえなくもない、金髪の少年の感想だった。
「それは我々もですよ」
誰しも、しがらみからは自由でいられない。特に陳永華のような軍人なら尚更だった。
「僕も日本に行って、炎のお兄さんに会いたいなあ」
「悠斗殿のことを知っているのか?」
日本で炎のお兄さんと言われれば、宋岳飛に思い当たる人物は1人しかいない。
「うん! 2年前にソウルで一緒に戦ったよ。東方不敗は僕が追い返したんだ。本当は氷の王と戦いたかったんだけど、炎のお兄さんに取られちゃったよ」
金髪の少年は何気ない口調だが、宋岳飛の口元に運びかけた手を空中で急停止させるには充分すぎる内容だった。
「あなたは、そのために作られたのでしたね」
対して陳永華はそよとも揺らがない声で応じる。
「作られた……?」
宋岳飛は怪訝な目を金髪の少年に向けた。
「うん。アメリカには王の精霊と契約を交わした精霊使いはいない。僕は王の契約者に対抗するために優れた精霊使い同士を交配させて作られた、試験管ベイビーなのさ」
悲壮感を漂わせることなく、かえって金髪の少年はおどけてみせる。
「しかし、そんなことが……」
「世の中には、もっと不条理なことがいっぱいあるよ」
その言葉がひんやりとした感触をもって胸に落ち、宋岳飛は声を失った。
「このままブータン王国に留まるのですか?」
沈んだ空気を換えるために、陳永華は話題を転じる。
「嫌だけど、命令だから仕方ないなあ」
「いかにも地獄の番犬らしい任務といえますね」
3つの頭を持つ犬、ケルベロス。番犬らしく中国を見張るのだろう。
陳永華はケルベロスに頭が下がる思いだった。
「悠斗殿は大丈夫だろうか?」
香港四天王の動向を知ってから、宋岳飛は気になって仕方がなかった。
「炎のお兄さんなら大丈夫だよ。それに聖騎士もいるし」
ケルベロスは宋岳飛の懸念を蹴り飛ばす。
「そんなことより、食べ物と飲み物を送ってもらわないと」
王の契約者に匹敵する力を持つケルベロスが、年相応にオロオロするのを目にして、宋岳飛と陳永華はそのギャップが妙に微笑ましかった。




