第5章 香港四天王 ~その3~
「香港四天王だと……」
宋岳飛は額に滲んだ脂汗を手で拭う。
「あんたらを放置しておくと、こちらの被害が増すばかりだ。だから俺達、香港四天王が相手するよ、台湾の三将さん」
優秀な精霊使いを数多く輩出することで有名な風水都市・香港。その優秀な精霊使い達の頂点に立つのが、東洋一の精霊使いと称される東方不敗だ。
そして香港四天王は、東方不敗が目をかけて鍛えた弟子たちの中でも、最高の技量を備えた精霊使い達だった。
風水都市・香港に置いて東方不敗に次ぐ実力者、それがこんなところにいる。
「1人、今、日本に行っていて3人しかいないが、ちょうど3対3でいいな」
言われて宋岳飛は周囲を見回すと、陳永華と鄭経が早くも香港四天王と1対1で対峙していた。
「では、香港四天王の林徳華、行くぞ!」
林徳華が印を結び始めた。
宋岳飛も臨戦態勢に入る。
台湾の三将と香港四天王による戦いの火蓋が切って落とされた。
「インドからの派兵はないはずなのに、どうしてこんなに苦戦するんだ!」
中国巴蜀軍の幕舎で怒声が飛んだ。司令官である劉崇が激しく憤っているのだ。
ここまでブータン王国軍の抵抗が想像していたよりも激しく、むしろ終始押され気味の戦況だった。
インド軍はカシミール地方に侵入したパキスタン軍のため、ブータン王国に兵力を振り分ける余裕はない。
それを見越した上での軍事行動である。
地方軍閥の長である劉崇は中国巴蜀軍を動かし、ブータン王国の占領、そこまでいかなくても領土の割譲までは持ち込めると踏んでいた。
インドの支援の無いブータン王国など、中国巴蜀軍からすれば巨像が蟻を踏みつぶすようなもの。
そのように劉崇はタカをくくっていたのだ。
しかし現実は想像と正反対に進行していた。
「劉崇司令、落ち着いて下さい」
幕舎内の軍首脳達が必死で宥める。
「わしは、中央にどう報告したらいいのだ……」
劉崇は頭を抱えた。
反対する意見を強硬に撥ねつけ中国巴蜀軍を動かしたのに、ろくな成果が上げられそうにない。被害に見合った成果がなければ、中央は劉崇を処分するだろう。
「降格で済めばよいが」
中央の権力者に賄賂を贈る算段を、すでに劉崇はしていた。
少しでも処分を軽減するには、それしか方法がない。
しかし、このあと劉崇はそういった悩みから永遠に解放されることとなる。
ふいに、幕舎の外でドサリと兵が倒れる音がした。
「な、何事だ?」
劉崇は幕舎の出入口に目を走らせる。幕舎内にいる者は全て銃を構えた。
「ここにいたか、劉崇」
堂々と幕舎の出入口から入ってきたのは、仮面の男である。
仮面の男は一直線に劉崇を目指し、全速力で突進した。その手には銃ではなくファイティングナイフが握られている。
一斉に銃撃が浴びせられるが、水の渦が仮面の男を守った。あらかじめ防御魔法を展開してあったのだ。
「ひ、ひぃ……」
劉崇は幕舎にいた兵達を盾にして逃走を試みるも、仮面の男は恐るべき速さで皆殺しにしてしまい、逃げ出すことが出来なかった。
「その戦い方、き、貴様はまさか」
死の接吻が劉崇に迫っていた。
仮面の男の正体が、あの人物なら助かる見込みはない。
「何故、祖国を裏切るのだ! 江東の……」
全てを言い終わる前に劉崇の命の灯は消えた。
仮面の男が劉崇の喉をファイティングナイフで突き刺し、そのまま手首を捻ったのだ。
「裏切った、か」
死体となった劉崇を見下ろしながら、仮面の男は独白する。
その声は、かすかに寂寥を帯びていた……。
「炎熱の投げ槍!」
台湾最高の精霊使いの名に恥じず、鄭経は火系の上位にあたる炎熱系の精霊魔法を放った。
しかし、その数は1本だけである。
「流水の滝!」
香港四天王、周朝偉は小さな滝を顕現させ、炎熱の投げ槍を流してしまう。
「次は、こちらからいきますよ?」
急激に精霊力を高め、周朝偉は印を結んだ。
「海神の三叉槍!」
海神の三叉槍も1本だが、威力は段違いだ。
鄭経が展開した火の障壁をやすやすと突き抜け、直撃する。
「まだ息がありますね。さすがに抵抗しましたか」
周朝偉は余裕の発言だ。
もはや鄭経は戦える状態にないことは、火を見るよりも明らかだった。台湾の三将の筆頭は即死を免れるのが、やっとだったのである。
香港四天王との実力差は、あまりに大きかった……。
「すでに1人やられたようだけど?」
香港四天王、王慧琳は若々しい微笑を陳永華に向けた。
普段なら若い女性にそのような顔をされたら陳永華はドキリとしてしまうが、今はそれどころではない。
「そのようですね。ですが、こちらも余裕はありません」
陳永華は一際せわしく手を動かし、印を結び始めた。
「よそ見をしない人は、嫌いじゃないわ」
常にゆとりのない陳永華に対し、王慧琳はゆったりとした動作で印を結ぶ。
2人同時に精霊魔法が発動した。
「「岩石の槌!」」
顕現した岩石の槌が烈しくぶつかり、じりじりとせめぎ合う。
同じ契約精霊で同じ精霊魔法を放てば、精霊力の強い方が勝つのは自明の理だった。
その事実を陳永華はよく理解していたが、そうせざるを得ないほど追い込まれていたのだ。
そして追い込まれているということは……。
「ぐっ……」
岩石の槌の押し合いは、王慧琳に軍配が上がった。
「江東の虎と戦って生き残ったのは、伊達じゃないようだ」
宋岳飛のファイティングナイフと風の精霊魔法による攻撃を、林徳華は炎の盾で全て受け止める。
しかし近接戦闘と精霊魔法を組み合わせた宋岳飛の戦闘スタイルは、林徳華に精霊魔法を放つ暇を与えなかった。
「アタリを引いたか」
炎の盾を右へ左へと大きく振り回しながら、林徳華は舌なめずりをする。
精霊魔法だけで見れば、台湾の三将で鄭経という奴が一番優れているのだろう。しかし純粋な戦闘力だけを見れば、宋岳飛が一番強かった。
「いいねえ」
久々の強敵に林徳華の気分は高揚した。
いつも相手にしている東南アジア・オーストラリア連合の精霊使いは歯ごたえがない。
同じ戦うにしても、少しは自分の成長が見込める敵と林徳華は戦いたかった。
「余裕だな」
可能な限り冷静さを保ち、宋岳飛は攻撃し続ける。
この戦闘スタイルは、当然ながら江東の虎から盗んだ。
自分は紅悠斗を目指すべきではないと判断したのである。
林徳華は、江東の虎や紅悠斗よりは実力は劣っているだろう。
しかし自分が勝てる相手かと問われれば、それは別の話だった。
林徳華に必死で宋岳飛が喰らい付く。それがこの戦いの公平な見方といえる。
「!」
突然、宋岳飛が後ろへ飛び間合いを空けてしまう。
精霊魔法の撃ち合いになったら、圧倒的に不利だというのは承知しているはずだ。
「なぜ邪魔をする!?」
林徳華の語調は鋭いものとなった。
ちょうど先ほどまで宋岳飛が立っていた場所に、水の槍が突き刺さっているのだ。
「撤退します」
「周! 押しているのはこちらだろ?」
「……軍首脳部が何者かの襲撃によって、壊滅しました」
周朝偉の声には全く抑揚がなかった。ここまできて撤退というのは、彼にとっても不本意なのだ。
「はあ? マジかよ。これだから四川の田舎者どもは」
肩を落として林徳華は炎の盾を消す。
その次の瞬間、誰もが愕然とする出来事が起きた。
尋常ではない威力の精霊魔法が、ブータン国王率いる親衛隊から放たれたのである。




