第5章 香港四天王 ~その2~
「ふん。顔を隠すなんて、きっと疚しいことがあるに違いない! それにあの子供も、見る目がないにもほどがある!!」
憤慨する鄭経を見て、宋岳飛と陳永華は吹き出してしまった。
「確かに、鄭経の言う通りだ」
自分が下に見られていても、宋岳飛は腹も立たない。
「違いありません」
陳永華も鄭経に同意した。
「御ふたりとも、どうしたのですか!?」
2人の様子が自分を仲間外れにしているように思えて、鄭経は口をへの字にしてむくれるのだった。
睨み合いに焦れたのか、はたまたブータン王国軍のことなど歯牙にもかけていないのか、あるいはその両方かもしれない。
中国巴蜀軍の司令官である劉崇は進軍命令を出し、ついに戦端が開かれた。
最初に中国巴蜀軍と接触したのは、仮面の男が率いる部隊だ。
まずは前衛部隊を容易に切り崩し、前線をかき回す。たった1人、規格外の精霊使いがいるだけで戦力が跳ね上がるのを、まざまざと敵味方に見せつけた。
その戦いぶりに勇気づけられたブータン王国軍から気勢が上がる。
宋岳飛と陳永華は仮面の男の能力を知っていたが、それでも驚嘆せずにはいられなかった。
しかし、ぼんやりと特等席で観戦していられる立場ではない。
仮面の男の奮闘でブータン王国軍に流れがきている。中国巴蜀軍が態勢を立て直す前に、さらに畳み掛けるのは当然の戦術だった。
「我々も行きますよ」
陳永華に促され、宋岳飛は配置に付く。台湾軍を中核とした部隊の最前列だ。
恐怖を乗り越え進撃を開始する。
飛び交う砲弾は陳永華と鄭経が防ぐ手筈となっていた。
それでも敵軍に近づくに伴い、宋岳飛の近くにいる兵士達がバタバタと倒れていく。
台湾の三将のうち2名の力を持ってしても、完全に砲弾を防ぐことは不可能だった。この一事だけを取り上げても、いかに紅悠斗が優れていたかがわかる。
「悠斗殿のようには、いかないか」
宋岳飛自身は自分の精霊魔法で、その身を守っていた。
無傷とはいかないが、なんとか少ない犠牲で敵軍との接触に成功した。
宋岳飛はファイティングナイフで敵兵の急所を的確に貫く。
宋岳飛は契約精霊である風の精霊シルフの力を借り、風の矢で敵兵の急所を的確に射抜く。
宋岳飛は竜巻で敵兵の攻撃を防ぐ。
宋岳飛は瞬く間に周囲の敵兵を蹴散らす。
宋岳飛は敵兵が密集している場所へ飛び込み、再び血の雨を降らせる。
後方から陳永華と鄭経の支援もあり、相対した中国巴蜀軍の部隊は壊滅した。
戦況はブータン王国軍に優勢なまま推移していった。
仮面の男が率いる部隊と、台湾の三将を擁する部隊の目覚ましい働きによるものだ。
それでも兵力では中国巴蜀軍が圧倒しており、まだまだ状況は予断を許さない。
そんな中、戦局を左右する事態が起こり、戦いの第2幕は幕を開けた。
「撤退した……?」
宋岳飛は違和感を覚えずにはいられなかった。
今まで錐で穴を空けるように中国巴蜀軍に深く食い込んでいた仮面の男が率いる部隊が、突如として後退を始めたのである。
じきに敵本陣を射程に捉えようという位置まで進撃していたにも関わらずだ。
「このままでは敵中に孤立してしまいます。こちらも退がりましょう」
陳永華が部隊長に進言し、それは受け入れられた。中国巴蜀軍の圧力全てを受けては、すぐに壊滅してしまう。
「あそこまで押しておきながら、一体何を考えているんだ!」
憤りを露わにし、鄭経が悪態を吐いた。
「国王の身に何かあったわけでもなさそうですし、解せませんね」
総統軍の参謀としての目線で、陳永華は頭を回転させる。
しかし、理由はわからない。
「ここで考えていても仕方ない。我々も急いで味方と合流しよう」
宋岳飛は部隊の殿を務める。
先ほどの宋岳飛の武勇に怯んだのか、あるいは1度態勢を立て直すためなのか中国巴蜀軍は追撃してこなかった。
おかげで悠々と後退に成功し、味方と合流することができた。
少ない兵力しかない軍の悲しさで、台湾の三将は一休みしている暇はない。
すぐさま部隊を再編し、中国巴蜀軍の再度の進行に備える。
「次は総攻撃を仕掛けてくるでしょうね」
「参謀としての予想か?」
「その通りですよ、宋大尉」
「正念場だな」
陳永華の予想に、宋岳飛の表情が硬くなる。
中国巴蜀軍からすれば兵を小出しにした結果、前衛部隊が切り崩されてしまった。今度は全兵力を持って押し包むように進軍してくるだろう。
「なに、俺の精霊魔法で一網打尽にしてやりますよ」
鄭経がドンっと自分の胸を叩く。
若者特有の根拠のない自信なのだろうが、宋岳飛はそれが羨ましかった。
「ああ。アテにしている」
ぽんと鄭経の肩を叩いて、宋岳飛は再び部隊の最前列に移動した。
中国巴蜀軍は陳永華の予想通り、ほぼ全兵力を投入し半包囲陣形でじわじわと戦線を押し上げる。
堅実で隙がなく、確実な布陣だ。
まともにぶつかれば最終的には押し潰され、ブータン王国軍は跡形もなく飲み込まれてしまう。
それを覆せる可能性があるのは仮面の男なのだが、なぜか彼の率いる部隊は後方に控えたままだった。
もしかすると仮面の男は部隊におらず、単独行動をしているのではないか?
理由はわからないが、宋岳飛はそんな気がした。
徐々にブータン王国軍と中国巴蜀軍の距離が縮まり、両軍は激突する。
宋岳飛はファイティングナイフを自在に操り、次々と中国巴蜀軍の兵士を葬り去っていく。
しかし戦況は芳しくない。
おまけに仮面の男が率いる部隊がいないため、敵戦力がこちらに集中してくるのだ。
味方と足並みを揃えようとするも、台湾の三将を擁する部隊とそれ以外で戦力に差があるため、どうしても孤立してしまう。
「これはマズイですね」
陳永華の声には苦い翳りがあった。
こちらが一方的に押しまくられているのである。どうにも挽回できそうにない雰囲気が漂う。
だが、ここで中国巴蜀軍の圧力が突如として弱まった。
国王と、その親衛隊が前線に上がってきたのである。
それにより今まで整然と行動していた中国巴蜀軍の秩序が乱れた。
国王を討ち取れば、この戦いは終わる。ブータン国王率いる親衛隊に中国巴蜀軍の兵士達が殺到するのは無理からぬことだし、決して戦術的に間違った選択ではない。
「陳、どうする?」
敵兵の返り血で、血まみれになった宋岳飛が今後の行動の指針を問いかけた。
進むのか、国王を守るために退くのか。
正直、こうしている時間も惜しい。
「退くべきでしょう。ただ親衛隊のもとへ真っ直ぐ向かうのではなく、迂回して敵の背後、もしくは側面から攻撃をしかけるべきです」
恐らく何らかの意図を持って、国王は敵を引きつけているはずである。さらに殺到する敵兵に対しても対処する手段があると、陳永華は睨んでいた。
ならば突出して敵兵の注意を引いたり、至近距離での護衛は愚策といえる。
ほどほどの距離を保ち、援護するのがベターであると陳永華は判断した。
「なかなかイイ策だが、あんたらにはここで退場してもらう」
新たな敵部隊が現れ、広東なまりの中国語が聞こえた。
「……香港四天王ですか」
陳永華は冷めた口調で、その声の主が誰なのか当ててみせた。
東南アジアで猛威を振るった悪名は、台湾総統軍の参謀の耳に入っていたのだ。
まだ対峙するには時期尚早の相手だった。
それでも、事ここに至れば戦うしかない。




