第5章 香港四天王 ~その1~
中国名の登場人物が増えましたので、今まで宋大尉と書いていましたが、ここからは宋岳飛とフルネームにしてあります。
――南アジア連盟。
中国の拡大路線に対抗するためにインドを盟主として形成された、南アジア国家群の名称である。
ただしパキスタンだけはインドと対立してきた歴史的背景から、南アジア連盟に参加していない。
台湾総統軍の宋岳飛大尉は、その南アジア連盟に属しているブータン王国を訪れていた。
「南アジア連盟から救援要請があった。宋大尉、君に行ってもらいたい」
台湾総統軍の司令官が宋岳飛に命令を下す。
「南アジア連盟ですか?」
命令とあれば従うし、別段不満があるわけでもなかったが、宋岳飛は首を傾げてしまう。
台湾とは縁もゆかりもない地域だからだ。
「うむ。南アジア連盟の盟主であるインドは、目下カシミール地方をめぐってパキスタンと戦争中だ。その隙をついて、再び中国がブータン王国に食指を伸ばし始めた。中国巴蜀軍が南下中と、我が軍の諜報部からも報告が上がってきている」
21世紀に入り中国はブータン王国北西部の領土に侵入を開始した。その結果、2006年の新国境の発表では、北西部のかなりの部分が中国領となってしまったのである。
そして今、さらにブータン王国を侵食しようと中国巴蜀軍が行動を開始した。
「お話は理解出来ますが、なぜ我が台湾に?」
宋岳飛は正直に疑問をぶつけてみた。
「南アジア連盟、いや、今回の場合はブータン王国だが、他にも様々な国に打診している」
「それでしたら日本にも救援要請は届いているのですね?」
ほっとして宋岳飛は胸を撫で下ろした。日本に救援要請が届いているのなら、紅悠斗が来てくれるだろう。
宋岳飛の紅悠斗に対する信頼は絶大であった。
しかし、その期待は司令官の次の言葉で失望に変わってしまう。
「日本は要請を拒否した」
「それは本当ですか?」
上官、それも軍のトップに対し相当不躾な態度であるが、宋岳飛はそんな事を考えている余裕はなかった。
その気持ちがわかるため、司令官は特に叱責したりしない。ただ、溜め息と苦笑を同時に吐き出して続ける。
「『江東の虎』は覚えているな?」
「はい。忘れるはずがありません」
「つい最近、日本は『江東の虎』のテロ行為により、有力な精霊使い(台湾には精霊師という区別はない)を数多く失った。他国を救援するどころではない、というのが拒否した理由だそうだ」
「ではせめて、悠斗殿だけでも!」
「彼はまだ、高校生だぞ?」
火の王、魔神イフリートの契約者といえど年若い少年に変わりはない。
あまりアテにし過ぎるなと、司令官は釘を刺しているのだ。
「今や台湾の三将と謳われる宋岳飛ともあろう方が、なぜ他国の人間を頼ろうとするのですか?」
「そういう言い方はよせ、鄭経」
「精霊と契約して、わずか3ヵ月。それで台湾の三将に登りつめるほど、あなたの精霊使いとしての能力は開花しています」
まさしく長足の進歩を遂げていた。
まだ大学生の身分でありながら、鄭経は台湾の三将に選ばれるほどのエリート精霊使いなのだが、そんな彼でも宋岳飛に対しては敬意を払っていた。
「今のあなたと、この鄭経がいれば先の内乱の際に日本の、紅悠斗の力を借りる必要はなかったはずです」
自分の実力を鼻にかけるきらいはあるものの、鄭経は台湾の三将筆頭だ。内乱のときには最後の切り札として、総統軍の当時の本拠地であった台南市で大総統の護衛を任されていた。
大総統最後の盾である。
「宋大尉。鄭経の言う事はともかく、すでに日本は人員を派遣しないと決定したのです。我々でなんとかしましょう」
これまで大人しく聞き役に徹していた、最後の台湾の三将――参謀らしき男――陳永華が宋岳飛の説得を試みた。
「それに、いずれは我々だけで中国の圧力を撥ね退けなければなりません。それも、出来るだけ早急に」
「陳……」
宋岳飛は瞠目した。
陳永華がそこまで台湾の行く末を案じているとは、思いもしなかったのだ。
「あなたが紅悠斗という少年に影響を受けたように、私は日南巧という男に影響されたもので」
口元を綻ばせる陳永華の笑い方は、どことなく片頬を歪めた笑い方に似ている。
そういうところは真似しなくてもいいと、宋岳飛は内心で苦笑した。
「陳の言う通りだ。そのために台湾の三将というポストを創設した。君達の双肩には台湾の将来がかかっている。南アジア連盟と友好関係を築くのは、その第一歩だ」
司令官の言葉は、宋岳飛の胸を熱くした。
しかし、また別の圧力に苛まれる。
台湾の将来は宋岳飛の肩には重過ぎるように感じたのだった……。
ブータン王国、ガザ州。
中国巴蜀軍の偉容を前に、戦う前からブータン王国の兵士達は意気消沈していた。
それほどまでに中国巴蜀軍の陣容は重厚で隙のないものなのだ。
そんな中、わずか100名とはいえ救援に駆け付けた台湾からの援軍は、ブータン王国の人々の目には非常に頼もしく映ったに違いない。
台湾軍に対する期待の大きさは、国王自ら出迎えたことからも窺えた。
ブータン国王の傍らには仮面の男と、まだ子供といって差し支えの無い年頃の、金色の髪と碧い眼を持ったの少年が付き従っている。
その異色の組み合わせに、台湾の三将は揃って怪訝な顔をするも、口に出したりはしない。
「よくぞ来てくれた」
国王の方から、宋岳飛の手を握りしめてくる。
「わ、わずか100名ばかりでありますが……」
思わず恐縮してしまい、宋岳飛はただでさえ下手くそな英語のうえに、舌がもつれヒドイことになってしまった。
「それにしても国王自らご出陣とは、大丈夫なのですか?」
緊張で落ち着きを欠いている宋岳飛に代わって、常に冷静さが求められる参謀の陳永華が応対する。
英語の発音も大したものだった。
「国難に際して国王が隠れているようでは、国民はついてこん! だが、さすがに王子はティンプーに置いてきたがな」
がっはっは、と国王は豪快に破顔した。
ティンプーとはブータン王国の首都である。
「そうでしたか」
なかなか強かな国王だ、というのが陳永華の抱いた感想だった。
領土を奪われたとはいえ、これまで中国の圧力から国を守ってきたのだ。強かでなければ、とうの昔に飲み込まれていただろう。
「ふ~ん、台湾の三将かあ」
チョロチョロと金髪の少年が三人の周囲をうろつき、その碧い眼で値踏みするかのようにこちらを見ている。
「なかなか頼りになりそうな人達だね。特にこのお兄さんが強いかな」
無邪気そのものといった笑顔をふりまき、金髪の少年は宋岳飛を指差した。
そして、
「ねえ、仮面のオジサン。今度は負けるかもよ?」
仮面の男に水を向ける。
宋岳飛と陳永華は互いの顔を見合わせた。2人とも仮面の男から発せられる気配や精霊力から、その正体に薄々勘付いているのである。
顔に緊張が走るのも仕方なかった。
「戦う理由が無い……」
水を向けられた仮面の男の態度は、実に素っ気ないものだった。
「その通りだ。今は味方同士なのだからな。皆、頼りにしておるぞ」
三人に別れを告げると、ブータン国王は陣中見舞に向かった。
仮面の男と金髪の少年は国王の後に続く。護衛も兼ねているのだろう。
「間違いないな」
去りゆく国王の後ろ姿を見送りながら、宋岳飛は不敵な笑みをもらした。
「もしかすると我々の援軍は、必要なかったのかもしれませんね。あの2人がいれば十分でしょうから」
陳永華は苦笑を交えた溜め息を吐く。
強い味方がいれば生存率が高まるが、無駄足だったのではないかとも思ってしまうのだ。




