第4章 ゴールデンウィークの出来事 ~その9~
話は少し遡る。
汐莉、茉夏、さらに愛李でさえ悠斗の加勢に向かった。
それなのに織姫はフラフラと千鳥足でショッピングモールの出口へと歩いていた。
「織姫、どうしたのですか?」
「お父様……?」
「日南から連絡があり、慌てて来たんですよ。あなたが1人でいるということは、悠斗が戦っているのですね?」
かつて京介が戦った『江東の虎』と。
「……はい」
織姫がコクリと頷いた。
「お父様。お兄様の家族は、お父様の戦いに巻き込まれて死んでしまったというのは、本当の事なのですか?」
「その話、誰に聞きました?」
「お兄様に……」
「そうですか」
京介は息を吐き、一拍置いた。
「その通りですよ」
「そんな!」
「私が不用意に出歩いてしまったために、大勢の人を死なせてしまいました。悠斗の家族も例外ではありません。私のことを、さぞかし恨んでいるでしょう」
紅家の養子に迎え入れ、いくら面倒を見ても償いきれるものではないことを、京介は重々承知していた。
「私は悠斗を助けに行きます。織姫は外へ避難しなさい」
しかし、織姫は上の空で動こうとしない。ショックが大き過ぎたのだ。
京介は肩を竦めた。
「しっかりしなさい。悠斗はあなたを巻き込まないために、事実を告げたのですよ? その気持ちを無駄にするつもりですか?」
「えっ?」
織姫は徐々に自分を取り戻しつつあった。
落ち着いて考えれば、憎んでいる相手がどうなろうが知ったことではない。
むしろ盾にしたり、捨て駒として扱うだろう。
あそこまで言えば、絶対に戻らないだろうと確信したうえでの悠斗の発言だ。
織姫を守るために。
もちろん汐莉や茉夏、愛李も同様だ。
そのことがわかったから、助けに戻ったのだ。例えそれが悠斗の意図に反することであっても、放っておけるわけがなかった。
それに比べて、自分は何と愚かなのだ!
自分の事しか考えていない、大馬鹿者だ。兄は妹のことを守ろうとしているのに。
織姫は目を閉じ、大きく深呼吸をした。
「わかりました。お父様、お兄様をよろしくお願いします」
織姫に迷いは無くなった。
父の後ろ姿が完全に見えなくなる。
しばらくしたら、織姫も悠斗のもとへ駆けつけるつもりだった。
死が、孫の間近に迫っていた。
どれほど強力な精霊魔法を放とうが、『イフリート』の遙か手前で消滅してしまう。
ならばとファイティングナイフに魔力を付与して斬りつけるも、今度はナイフそのものが溶解してしまう。
孫に打つ手は残されていなかった。
ついにイフリートが手の届くところまできた。
「他愛のない……」
イフリートが孫の肩に手を置く。たったそれだけのことだった。
刹那、灼熱の炎と常軌を逸した高熱が孫の全身を駆け巡った。
「――――! ……、…………、――――――っっっっっ!」
声にならない悲鳴を上げながら、孫は吹き抜けから階下へと真っ逆さまに落下した。
「遅かったですか……」
京介は愛李の手当てをしながら、イフリートに全てを委ねた悠斗の様子に息を呑んだ。
まずは愛李の治療が先である。脇腹に刺さっているナイフを抜き、血が噴き出している傷口を火の精霊魔法で焼き塞ぐ。
さらに精霊力を注ぎ込み、不死鳥の再生能力を行使して細胞を再生させた。
「これで命に別状はないでしょう」
全身が虚脱感に陥る。何の見返りもなく治癒できるなどというウマイ話はない。京介は精霊力をかなり消費した。
「ほう。もう1人の仇が来たか」
イフリートが視界に京介の姿を認めた。
「悠斗を返してもらいますよ」
重い体を持ち上げ、京介はイフリートに向けて印を結ぶ。
「火喰い鳥!」
3羽の火喰い鳥がイフリートの炎を喰らう。
「わしの炎を抑え込もうというのか」
火勢は弱まるものの、イフリートの精霊力が衰える気配は一向になかった。
「こやつは、よほど悔しかったとみえる」
「悠斗のことですか?」
「そうだ。こんなことをすれば元に戻れるかわからんのだ。仮に戻れたとしても、肉体に致命的損傷を受けてしまう」
どこかイフリートは悠斗に同情しているかのようだった。
「そのことを知りながら、それでもこうせざるを得なかったほどにな」
「悠斗の家族を巻き込んでしまったことは、許される事ではありませんが……」
「わしの契約者を見くびるなよ? あの状況では仕方なかったと理解しておる。しかし、だからこそか。やり場のない怒りを、ずっと抱えて生きてきた。己の不甲斐なさと共に」
「それがここへきて、爆発してしまったと?」
「その娘が傷つき、倒れてしまったことがきっかけとなってな。爆発した怒りの矛先は、どうしても家族の仇へ向けられてしまう」
当然の帰結、仕方の無いことなのだ。
「だからその方を殺す。抑えてはいても、わしの契約者は究極的にはそれを望んでいるのだからな!」
周囲をまとわりついていた火喰い鳥をイフリートは一瞬で飲み込んだ。
「悠斗を取り返すには……」
「体の主導権を悠斗君のものにすればいいんです。そのためにはイフリートの力を弱めるしかありません」
「それしかありませんか。確か、あなたは蒼家の方ですね?」
「はい。蒼茉夏です。手伝います」
「お願いします」
京介、茉夏は同時に印を結び始めた。
まずは茉夏の水球の精霊魔法が完成した。少しでも温度を下げようとの試みだ。
そして京介は再び火喰い鳥を炎を喰らうように仕向ける。
「悪くないアイデアだが、まだ弱い」
いとも容易くイフリートは跳ね返してしまう。そこへ、
「お兄様!」
変わり果てた悠斗の姿に驚きながらも、懸命に兄に呼びかける織姫が現れた。
「ほお、起きたか。あれも大事な人間というわけだな」
これまで暗闇に沈んでいた悠斗の意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。間違いなく織姫の声が原因だ。
「悠斗に声が届いています。織姫、続けて下さい」
イフリートの炎が揺らぎ始めたのを、京介は見逃さなかった。
「それでも、まだまだだがな」
確かに悠斗の意識は目覚めた。それでもイフリートから己の肉体を取り戻そうとするほど積極的ではなかった。




