第4章 ゴールデンウィークの出来事 ~その5~
「悠斗にとって、いつもの事なんだろうなあ」
精霊学園に入学が決まって天狗になっていた達也にとって、公園での一幕は衝撃的なものだった。
精霊と契約できる、というだけで特別扱いだ。それが精霊学園の生徒ともなれば、周囲から羨望の眼差しを浴びた。
公的に認められた精霊使いとなってバラ色な人生を送れる。
達也はそう思っていた。少なくとも実戦に遭遇するのは、まだまだ先の話と捉えていた。
ところが、現実は急速に達也を戦場に誘う。
もしも、あのとき悠斗がいなかったら?
そう思うとぞっとする。
きっと何人ものクラスメートが死んでいたに違いない。
悠斗の判断は的確だったのだ。何よりも戦いなれている。
特一級精霊使いというのも頷ける話だった。
いつも教室で顔を合わせているクラスメートが、底知れない実力の持ち主なのである。
その上で達也は無駄で無意味と知りつつ自分の事を顧みる。
何故、精霊使いになるのか……?
「あ、ごめんなさい」
ぼやぼやしていたら、達也は人とぶつかってしまった。
「いえ、こちらこそ」
避けられなかった自分も悪い。それに達也はまだ上の空だ。ぶつかったことを気にする状態ではない。
「そうじゃなくて、あなたを巻き込んでしまったことに対して謝っているのよ?」
「は?」
ここでようやく達也は正気に戻る。
「ありきたりな展開だけど、追われているの。あいつらに」
鮮やかな金色の髪が眩しい少女が、びしっ! と指差した先を達也は目で追った。
黒いスーツ姿の男達が3人と、その男たちを顎で使っている女性がこちらを見て何事か叫んでいる。
そして……、
「印を結んでいるのか!」
あろうことか黒いスーツ姿の男達は精霊魔法を行使しようといていた。
女性は高みの見物で腕を組んでいる。
「こんなところで」
達也も防御魔法を展開すべく印を結ぶ。人目に付くがやむを得ない。
「火の障壁!」
契約精霊である火とかげの力を借り、飛来する精霊魔法を通さない。
「見事ね。あなたも精霊使いだったんだ」
金髪の少女が微笑みかける。その洗練された優美な笑みに達也は目を奪われる。
「あなたが防いでくれるなら、何とかなりそう」
「そんなに長く防げないぞ」
「安心して。すぐに終わらせるから」
金髪の少女は悠斗並みの手早さで印を結ぶ。
「水の鞭!」
蛇のように地を這って、水の鞭が黒服の男達を絡め取る。
水の鞭は威力の大きい精霊魔法ではないが、それで完璧に黒いスーツ姿の男達の動きを封じている。
「精霊魔法の効果が切れないうちに行きましょう」
「君は一体……」
「シャルロットよ。日本人で言うところの名字は内緒」
走りながらシャルロットはファーストネームだけを伝えた。
「達也。俺は高柳達也だ。シャルロットは、何というか、雰囲気が俺の友達に似ている。そいつは男なんだけど」
「もしかして、その友達って紅悠斗かしら?」
「どうしてわかった?」
「達也は精霊使い。ということは近くの精霊学園の生徒でしょ? そして紅悠斗はこの業界では有名人よ。彼が精霊学園第三分校に入学したのは、私も知ってるわ」
「きっとシャルロットも有名人なんだな。日本語も流暢だし」
「達也もなかなか鋭いわね」
シャルロットは横浜中華街で林立するビル群の中でも、特に高級そうなホテルの前に向かっていた。達也は目に怪訝な色をたたえるも、大人しくシャルロットの背中を追いかけた。
「ここ?」
よりによって一番豪奢なホテルの入口に、シャルロットは突撃したのだ。
「遠慮しなくていいわよ」
「いや、そういうわけには」
「いくらなんでも、助けてくれた恩人にお礼もせず帰すなんて、私のプライドが許さないわ!」
シャルロットは達也の手を掴み、無理矢理ホテルに帯同させた。
「これはこれは。シャルロット、あなたが同年代の友達といるのは珍しいですね」
「陸遜、私と彼に一番高級な中華料理を用意してもらえるかしら?」
「かしこまりました。レストランの席を空けさせましょう」
達也はシャルロットと陸遜と呼ばれた男のやりとりを放心状態で眺めていた。今さら断るわけにもいかず、恐る恐る案内されたテーブルの席に着く。
「達也、ちょっと話をつけてくるから待っててね。帰っちゃ駄目よ?」
にこりと満面の笑みをたたえてシャルロットは席を立った。
ぽつねんと1人取り残され、達也はとても心細い。早く戻ってこいと念じるのだった。
「陸遜、あの連中はどこの手の者かしら?」
「恐らく香港かと」
香港四天王筆頭の林彩華と陸遜は知ってはいたが、素知らぬフリをした。
「恐らく? 私の情報を流したのは、あなたでしょう?」
「はて、何のご冗談を」
内心ではともかく、陸遜は表情を崩さない。
「あなたの目的が、私にはイマイチわからないのだけれど? あちこちの勢力に情報を流して、それであなたが得するとは思えないのよね」
「大それた目的なんて、ありませんよ」
「教えてくれたら、今日のことはおじい様には内緒にしておいてあげるわ」
「脅迫ですか?」
「そう取ってもらって結構よ。香港に私の情報を流す。私が危機に陥ったら、このホテルに泊まっている江東の虎に助け出してもらう。こうすれば、あなたは香港にもイギリスにも恩を売れる。でも、達也に邪魔されちゃったわね」
その言葉には皮肉という名のスパイスがたっぷりと効いていた。
「その江東の虎には紅悠斗の情報を教える。そのうえで今度はこの国の首相直属の精霊レンジャー課、通称『精霊騎士団』に江東の虎の情報を伝える。あなたは一体、誰の味方なのかしらね」
「そこまでお見通しでしたか。これは困りましたね」
「陸遜、クロウリー家を甘く見ない方がいいわよ」
シャルロット・クロウリー。イギリス精霊魔法の大家であるクロウリー家の末子。
そのシャルロットが、おじい様というのは西洋一の精霊使いアレイスター・クロウリーのことだ。
「降参です。まさかクロウリー家を敵に回すわけにはいきません。そんなことになれば、それこそ計画はご破算です」
「ますます気になるわね」
「期待させて悪いですが、シャルロットが考えているよりもショボい目的ですよ」
「しょ、ショボい?」
「ええ。私の目的、それは絶対的な中立です」
考えようによっては、非常に不遜な目的であった。
中央から遠ざけられて以来、陸遜は祖国に忠誠を誓うのをやめていた。
「それでどの勢力に対しても援助しているわけね」
「中立を宣言すれば安全かと問われれば、それは違いますからね」
永世中立国が攻め込まれた例はいくつもある。
「肩入れした勢力の滅亡の道連れにされては、かないませんから」
「ありがとう。期待していた以上の答えだったわ。あとは中華料理次第で水に流してあげる」
シャルロットは満足して、おどおどしている達也が待つ席に戻っていった。




