第4章 ゴールデンウィークの出来事 ~その4~
「先に食堂に行っています、お兄様……」
しょげかえった織姫の後ろ姿を眺めて、悠斗は罪悪感に苛まれた。
「血の繋がりのない兄妹というのは、なかなか複雑だな」
「ええ」
「逆の立場だったら、ダーリンはどうする?」
とても際どい質問だった。
「凹みはしますが、仕方の無いことだと思います」
黙って受け入れるしかない。悠斗にとって織姫は、あくまで妹なのである。
「それが兄妹というものだな、ダーリン」
伊織が恋人を連れてきたとき、汐莉は胸がチクリと痛んだものだ。
しかし、それだけだった。
ただ悠斗と織姫の場合は事情が異なる。
「難しいところだな、ダーリン」
「ええ、ホントに」
2人は身支度を整えて――汐莉は裸を見られても、まるで意に介さないため悠斗は目のやり場に困った――並んで食堂へ向かった。
「うん。やはり朝食は魚の干物、味噌汁、そして納豆に限るな。それにしても、ここの食事は美味い!」
汐莉はどかどか白飯を胃袋へ流し込む。
「お米も最高級の物を使用していますよ」
嬉しそうに京介は解説する。昨日は昼も夜も食事は別だった。
「この漬物も、よく漬けてあって味が染みている」
「わざわざ京都から取り寄せた千枚漬けです。壬生さんはよく舌の肥えた方ですね」
「壬生家の人間として、当然の嗜みです」
「そういうものなんですか、壬生先輩?」
「ダーリン。仮にも虹七家の人間なら、これしきの善し悪しくらいわからないと駄目だぞ」
「努力します」
3人が和気あいあいと朝食を済ませている中、織姫だけが表情が暗かった。
「織姫、どうしたのです?」
さすがに見かねた京介が心配して声をかける。
「お父様……、何でもないです」
「ないわけがない。私とダーリンが一緒に寝ていたのが、そんなにショックだったのか?」
「ショックに決まってます!」
「兄妹なのにか?」
「い、妹が兄のことを慕うのは、当然のことです」
その割に織姫はどもってしまう。
「見目麗しき兄妹愛だな。ダーリンは織姫さんが彼氏といても仕方ない、と言っていたぞ?」
汐莉が悠斗に水を向ける。
「お兄様……?」
「妹だから、な」
「わ、私は彼氏なんて作りません! お兄様以外の男なんて」
「おいおい」
つい悠斗は閉口してしまった。
「ダーリンはモテモテだな。古式さんにも告られてたし」
これ以上ないくらい汐莉は底意地の悪い笑みを浮かべる。
「愛李が!?」
「壬生先輩、聞こえていたんですか!?」
「耳元で甘く愛を囁かれていたよな、ダーリン」
「語弊のある言い方しないでください!」
「で、返事はどうするんだ?」
「どうするんです! お兄様?」
2人の少女ににじり寄られ、悠斗はたじたじになる。
「どうするも、こうするも」
それは悠斗本人が一番聞きたかった。ホント、どうしよう?
「京介さん、ずいぶん賑やかだわね」
翠家の当主、翠藤花が不機嫌な態度を隠そうともせず、悠斗達の卓に混ざる。確か御年60を超えていたはずだ。
「これはこれは、藤花さん。何か御用ですか?」
「ええ、そちらの悠斗さんに」
「悠斗に何か?」
京介は藤花に直接、悠斗と会話させるのを避けようとした。
「昨日の模擬戦、一部始終を見させてもらったわ」
藤花は悠斗に直に話すのを諦め、言葉を紡ぎ出した。
「あなた達に負けた中に翠家の人間もいたけど、あまりの不甲斐なさに頭が痛くなったわ」
「俺と一緒に組んだ翠家の奴を、褒めてやってくれ」
相手が翠家の当主でも、悠斗は平然とタメ口を叩く。今さら虹七家の人間の顔色を窺っても無意味だからだ。
「確かにその通りかもしれない。それにしても、あなたは変わったわね。前はほとんど笑わなかったのに、一体何があったのかしら?」
「俺が変わったんじゃなく、環境が変わったんだ。周りに振り回されてばかりさ」
これは事実だった。悠斗は目まぐるしい生活を送っている。しかし、それが苦ではない。
「それに、虹七家にこだわる必要がないことに気付いた」
「お兄様、どういうことですか?」
「虹七家を追放されても困らない。だからもう我慢する必要もないんだ」
特一級精霊使いの収入があれば1人で生活できる。
「むしろ、よく今まで我慢したものね」
「翠家の当主がそれを言うか」
「実力は認めているわよ。それを見込んであなたに頼みがあります」
「そうかしこまって言われると、居心地悪いな」
いつも頭ごなしの命令してくるのだ。
「虹七家の人間として、晴信の仇を討ちなさい」
翠家と黄家は虹七家の中でも結びつきが強い。特に藤花はだらしない翠家の当主候補よりも、晴信に肩入れしていた経緯がある。
60を超える藤花が隠居せず、いまだに当主でいるのは跡継ぎが定まらない影響だ。
当主候補は誰も一長一短で決め手にかけた。可能なら晴信に翠家の養子となってもらい、翠家の当主となってもらいたかった。
そんな晴信を殺した憎き相手は、必ず虹七家の手で処断せねばならない。
「言われなくても、江東の虎とは決着をつけることになる」
それも近いうちに。悠斗には確信があった。
5月1日
残念な事に1日と2日は平日であった。社会人なら休みかもしれないが、学生である悠斗は学校に通わなければならない。
「どうした、達也?」
悠斗はどことなく気落ちした達也に声をかけた。こんな様子でいるのは珍しい。
「あ~、ゴールデンウィークなのに学校かあと思って」
「そうだな。俺も昨日、一昨日と大変だったし」
「かったるいよな」
不自然にヘラヘラしている達也に、悠斗は話を合わせた。
誰にでも言いたくない事はある。ならば深入りしないのがマナーだ。
「友達だから」
と相手の心にズカズカ踏み込むほど、悠斗は礼儀知らずではなかった。
夕方。
達也はあてどなく横浜みなとみらいから中華街へと歩いていた。
海、というとどうしてもここに足が向いてしまう。
「覚悟がないなら精霊使いなんてやめた方がいい、か」
悠斗の言葉が、ずっと達也の胸につかえていた。




