第4章 ゴールデンウィークの出来事 ~その2~
4月29日
今日、明日と虹七家の会合があった。
ゴールデンウィーク、お盆、年末年始と定期的に行われている。
ただ、この会合こそテロの標的になりやすい。そのため各家とも代理の者を派遣してくるのが常であった。
しかし紅家は代理の者を派遣したくとも、それは無理な注文だった。なにせ紅家の本家筋は3人しかいない。遠くの親戚を派遣するわけにはいかないのである。
よって、今回も紅家の現当主である紅京介が会合の行われる老舗旅館――もちろん虹七家の息のかかった――、に向かう予定だった。
「珍しいですね。悠斗が会合についてくるなんて」
「そうだね義父さん。虹七家の連中は気にくわないが、あそこの旅館のメシは最高に美味いから」
「相変わらず、手厳しいですね」
京介は苦笑いするしかなかった。悠斗が虹七家から嫌がらせを受けているのを知っていて、他の家に注意を促すものの一向に収まる気配がないからだ。
「老舗旅館に1泊2日とは、ずいぶんと贅沢な会合なんだな、ダーリン」
早速、汐莉は護衛と称してついてきた。確かに護衛なのだから間違ってはいない。
「しかもグリーン席なんて初めてだ」
そして一番はしゃいでいた。席は言うまでもなく悠斗の隣だ。
「お兄様に、あまりくっつかないでもらえますか!?」
面白くないのは織姫だ。いつも悠斗の隣は織姫の指定席だったのである。
「仕方ないだろう? 私はダーリンのボディーガードなのだからな」
「だからって、そんなにベタベタしなくても」
「ダーリン! 早くも小姑が嫌がらせをしてくるんですけど」
「誰が小姑ですか!」
「こわ~い、ダーリン」
これ見よがしに汐莉は悠斗に寄りかかる。
「んぐっ……」
織姫は忌々しげな顔をするが、どうしようもない。汐莉のが役者が上だった。
「いやいや、こんなに賑やかなのは久しぶりですよ」
京介は目を細めて見守っていた。
何だか悠斗は面倒になり、されるがままにしておいた。
虹七家の会合についてきたのは、もちろんメシ以外に理由がある。
江東の虎が自分に近づいている……。そう感じたからだ。
例えわずか2日でも、姿をくらましたかった。
変な言い方だが、日本を訪れている暗殺者で江東の虎以上の使い手はいない。ならば悠斗は応対できるのだ。
しばらくすると目的の駅に到着した。新幹線を降り、次はタクシーに乗る。
「ああ、タクシーは2台で行こう。義父さんは織姫と乗ってくれ」
「ええ、そうするとしましょう」
「お父様!」
「さすがに今日会ったばかりのお嬢さんと一緒のタクシーというのは、遠慮させてもらいたいですね。いえ、別に壬生さんがどうこういうわけではありませんよ?」
人見知りの激しい京介は、間が保たないのだ。
「それとも織姫が壬生さんと一緒に乗りますか?」
「それは……」
という次第で結局、悠斗は汐莉とタクシーを乗ることになった。織姫は最後まで不平をこぼしていたが。
「どうした、ダーリン? 浮かない顔をして」
「ん? 壬生先輩に嫌なところを見られちゃうなあ、って」
「家の中なんて、どこもそんなものさ」
「ですかね」
そうこうしている間に、タクシーは旅館入口の正面に停車した。
「翠家の当主も来ているようですね」
旅館の名簿に目を通した京介が、さも意外そうな反応を示した。
「晴信さんが亡くなったから、代わりに進行役でもやるつもりとか?」
「翠家と黄家は特に結びつきが強いから、わからないでもないですが悠斗の言う通りだとしたら、私は立場がありませんねえ」
虹七家の当主の中では京介は一番会合の出席率が高い。それなのに仕切りは任せられないとでもいうのだろうか?
取りあえず挨拶にいくと言って京介は3人と別れた。
悠斗達はあてがわれた部屋に荷物を置き、食堂へ向かった。
「食堂というよりも、これはもはや料亭だな……」
雰囲気に圧倒されて汐莉の声が上ずっていた。
「ダーリン達は、いつもこんな高そうなところで食事をしているのか?」
「まさか、そんなわけありませんよ」
「そ、そうか」
「でも言われてみれば確かに高校生の身分で、老舗旅館は贅沢だな」
それが普通の価値観である。
「宿泊費と食事は虹七家の人間と一緒であれば格安になりますから、また来ましょうか。会合の無いときに」
「うむ! ダーリン、ぜひ頼む」
「お兄様!」
「織姫も一緒にな」
「ま、まあ、それなら」
わいのわいのと3人の雰囲気は明るく、食事も楽しく進む。
それを面白くなさそうに見ている虹七家の同世代の連中もいるが……。
「俺達も、一緒に食べていいかな?」
「構わないが、3人は確か」
弱い者いじめをしていた3人組である。思えばあれが悠斗が風紀委員になって始めての仕事だった。
「そう、あのとき説教をくらった3人組だ。悪いがあれから色々と調べさせてもらった」
「それで?」
「目が覚めたよ。俺達はただ、甘えていただけだったんだってな」
そう言って頭を下げる。
「ありがとな」
「あ、ああ」
ここまでされると、正直引く。悠斗は別にそこまで深い考えがあって行動したわけではなかった。
「やるじゃないかダーリン。やはり私の目に狂いはないな!」
汐莉は得意満面だが、悠斗は複雑だった。
「部外者と落ちこぼれが騒がしいなあ」「部外者が部外者の女を連れてるぞ」「なんかお似合いの集団だな」「あんな連中、虹七家に相応しくない」「実戦に出たからって、調子こいてんじゃないのか?」
……などなど、周囲のテーブルから罵詈雑言を浴びせられる。
今まで成り行きを見守っていた他の虹七家の少年少女達だった。
これまでも顔を合わせる度に辛辣な言葉を吐かれていたが、今回は度を越えていた。
織姫はいつものように俯いて唇を噛んでいる。
普段なら悠斗も無視を決め込むが、いい加減我慢するにも限界があった。そもそも我慢する必要はないのである。
「どうするんだ、ダーリン?」
嬉しそうに汐莉はニヤニヤ笑いながらこちらの様子を、悠斗の反応を窺っていた。トラブルを期待しているのだ。
――趣味の、いや人の悪い先輩だ。
「全く。めしもゆっくり食えないな」
あっという間に食事を平らげた悠斗は、おもむろに立ち上がった。
「それでこそ、私のダーリンだ」
汐莉も後に続く。
「やられっ放しは、よくないわな」
3人組も腹を決めた。
「お兄様……?」
織姫だけが、ぽつんと取り残された。




