第3章 蠢動 ~その5~
2人の身を守護するように地面から岩石の壁が生え、水球を全て弾く。
その間に悠斗の精霊魔法が再び完成し、バシュッと1体を蒸発させた。
「先にゲートを閉じないとマズイか……?」
予想以上にもたついてしまった。そろそろゲートから新たな精霊が現れてもおかしくない。悠斗は内心焦れていた。
先ほど生徒達を守ったことが、ここにきて響いていた。
「わ、私が喰い止めますから、その間に」
肩で息をしながら、それでも愛李は微笑んだ。
「頼む」
短く返事をし、悠斗はゲートを閉じる作業に取り掛かる。もしもゲートから次々と精霊が出現したら、じわじわと精霊力を使い果たし、やがて死に至るだろう。
そうなる前に、ここで無理をしてゲートを閉じるのだ。
――ワシに代われ……。
悠斗の内側から、低い声が響いた。
――まだ、出てくるには早いよ。
出来得る限り平静を装いながら、悠斗は切り返した。
――せいぜい、ワシに相応しい契約者であるようにな。
警告を発して、声は消え去った。
そんなことは言われるまでもない。悠斗はゲートを閉じることに全力を注ぐ。
「うっ……」
何回目かの水球による攻撃を凌いだそのとき、小さな呻き声をあげて愛李は倒れた。
――あと少し!
だが、そのあと少しが永遠に感じられた。
ウンディーネが無限の精霊力を持っているがごとく、またも水球を放つ。
ゲートを閉じる作業に腐心している悠斗に身を守る術はなかった。
迫りくる水球が次第に大きくなっていく。
それでも悠斗は作業を中断しない。度を超えた精神力の持ち主だった。普通なら逃げ出すところだ。
まともに喰らえば、さしもの悠斗といえど命が危うい。
「閉じよ!」
やっとゲートを閉じることに成功した。これでしばらくは精霊が増えることはない。
だが水球はもはや眼前に迫っていた。ぐっと全身に力を込め、衝突に対し身構えた。
まさに直撃を受ける寸前、ビリビリと電流が走ったかと思ったら水球があらぬ方向へと逸れていった。
「もう少し、自分のことも考えろ!」
開口一番、汐莉は叱りつける。水球を電磁誘導させて回避してくれたのは汐莉だった。
雷の精霊カーバンクルならではの技だ。
「壬生先輩、助かりました」
「礼なら古式さんに言うのだな。彼女が学園に連絡を入れたんだ」
「古式さん……」
「言いたいことはたくさんあるが、後回しだ。一体は私が引き受ける」
抜刀し、精霊魔法を唱えてから汐莉は一気にウンディーネとの間合いを詰めた。
迅雷は短距離であれば、雷のごとき速さで移動することが可能だ。
ウンディーネが水球を放つ前に、汐莉は急接近し白刃を振り下ろす。
精霊に物理攻撃は効果がない。
しかし、汐莉の刀には魔力付与の精霊魔法がかけられていた。
魔力を帯びた武器ならばダメージが通る。そのうえ汐莉の腕前なら一振りで十分だった。
袈裟がけに斬りつけられたウンディーネは、ただの水溜りに成り果てる。
「爆炎!」
悠斗は体内に残存していた精霊力をウンディーネに叩きつけた。
ウンディーネの内側から炎が燃え盛り、瞬く間に蒸気となって散ってしまう。
「なんとか、片付いたか」
気を失ったまま地面に横たわっている愛李を、細心の注意を払い悠斗は抱き起す。お姫様抱っこをする勇気はなかったので、汐莉に手伝ってもらい背中におぶった。
「ダーリン。なぜ自分の身を守るよりも、ゲートを閉じることを優先した?」
ギロッと怖い目で汐莉は悠斗を睨めつけた。
「さらに精霊が現れたら手の打ちようがなくなる。水球ならある程度はレジスト出来たし……」
パチン!
と乾いた音が響いた。汐莉が悠斗の頬を張ったのだ。
「ならば、なぜ助けを呼ばない? ダーリンのことを大切に思っている人間だっているんだぞ!!」
もう一度、返した手の平ではたかれた。
「今のは古式さんの分だ。どうして彼女がそんなになるまでダーリンのことを守ろうとしたのか、考えてみるんだな」
ふん、と鼻を鳴らして汐莉は達也と共に生徒達を学園に誘導し始めた。
悠斗は少し離れてその後をついていく。
「……好きだからです、悠斗さんのことが」
「――――!」
「だからがんばったんです。壬生先輩が言っていた理由とは、ちょっと違うかもしれないけど」
「古式さん……」
突然の告白に、悠斗はこれ以上ないくらい狼狽した。戦場で絶体絶命のピンチに陥ってときでさえ、これほど心が揺さぶられたことはなかった。
悠斗はどう応えていいかわからず、黙々と愛李を背負って歩くのだった。
一連の戦いを、孫虎江は少し離れた場所から眺めていた。
公園の辺り一帯はすでに警察が封鎖している。
――千載一遇の機会を逃したか?
そんな疑問が孫の脳裏をよぎったが、すぐさま振り払う。
これは偶然だ。たまたま大魚がかかっただけで、本来の目的を忘れるわけにはいかなかった。
それに、
「アノ男トハ、正面カラ戦イタイ……」
江東の虎としての矜持があった。
一台のリムジンが先を急いでいた。
車内からでも周囲が騒然としていることがわかり、精霊師である黄晴信はやりきれない思いだった。
「どうやら近くの公園でゲートが開放されたようです」
晴信の護衛を務めている壬生伊織も、頻発するゲート出現に心を痛めていた。警官や自衛官に死者が出始めているのだ。
――精霊使いの数が圧倒的に足りていない……。
それが2人の共通する見解だった。精霊学園にゲート処理の依頼が舞い込んだのも、そういう事情があった。
現場の精霊使いが間に合わなくなってきているのだ。
事実としては江東の虎がゲートを開放させているのだが、そこまで2人は掴めていない。
「確か伊織君の妹が、近所の精霊学園に通っていたのだったかな?」
「はい。汐莉は第三分校に」
「ふむ。兄妹揃って優秀だね」
三十代半ばと働き盛りの精霊師である晴信は目を細めた。
「……ありがとうございます」
やや伊織の表情が曇る。妹のが自分よりも素質があることを弁えているからだ。
虹七家に連なる人物で、壬生家の使い手が護衛に付く。
晴信はそれだけ重要な地位にいることの証だった。
ただし地位の上昇と共に戦場が遠くなる典型ともいえる。
若い頃は戦場に赴いていたが、ここ最近は安全圏から出ていない。
晴信は虹七家の公務を済ませて、黄家の邸宅へと帰宅する途中だった。




