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第3章 蠢動 ~その4~

 恐らく小田切がゲートを閉じるのは間に合わない。精霊達が押し寄せ、暴れ出す……。

 すぐさま悠斗は決断した。


「みんなすぐに逃げるんだ!」


 それが特一級精霊使いとしての判断だった。


「どうしたんだ悠斗?」

「悠斗さん……?」


 達也と愛李が、いやクラスメート全員の耳目が悠斗に集中していた。


「あと少しで精霊がゲートから現れる! それも1体や2体じゃない、ある程度まとまった数の!! みんな急いでこの場から離れるんだ」


 いちいち言わなくても悠斗としては気付いて欲しかった。


「小田切先生も早く……」

「もうすぐ終わる。それに精霊が現れても先生がいるから大丈夫だ」

「しかし!」


 自分のことを過大評価している。悠斗は小田切のことをそう見極めた。


「特一級精霊使いとして命令する! 直ちに生徒達を連れて学園に戻るように」


 悠斗は身分証を小田切の鼻先に突き付ける。


「ば、馬鹿な。学園の生徒が特一級精霊使いだと? 何かの間違いだ」

「いいから、さっさと命令に従え!」


 しかし小田切は状況が飲み込めず、右往左往するばかりだ。


「もういい。命令を無視したものとして、あとでそれなりの処分がいくから覚悟しておくように!」


 こいつは死者が出たら、どう責任を取る気なのだろうか?

 危険と隣り合わせだからといって、あえて危険に身を投じる必要はないのだ。

 悠斗の顔が徐々に凍てついた、戦場にいるときのものへと変化していく。


「わ、私は悠斗さんを信じます」

「俺も」


 愛李と達也は率先して公園を後にした。それを見た他の生徒も2人に追随しだした。

 しかし、まだ迷っている生徒も複数いる。


「来たか……」


 結局、小田切は間に合わなかった。


「ウンディーネが5体か。小田切先生、任せましたよ。精霊が現れても先生がいるから大丈夫なんですよね?」


 精一杯の皮肉を効かせて、悠斗はゲートから離れた。

 ところが……。


「ぐぼぁ」


 まともに抵抗すら出来ず、小田切は巨大な水塊に全身を包まれてしまう。しばらくすればおかで溺死するに違いない。


 その様子を目の当たりにした生徒達は恐慌をきたし、公園は恐慌に満たされた。これで逃げ出す生徒は、まだ、救いがある。


 この期に及んで尚、この場に留まり続ける生徒がいるのだ。それとも恐怖のあまり身動きが取れないのだろうか?


「ふうっ」


 悠斗は盛大に嘆息し、天を仰いだ。

 小田切はともかく、クラスメートを放ってはおけない。


炎熱の柱フレイムピラー!」


 呆然と佇んでいる生徒達を守るように、幾多の火柱が立ち上った。

 ウンディーネと、ウンディーネの放つ水球が火柱に阻まれる。


 ここでクラスメート達を見捨てて、ウンディーネを攻撃しておけばよかったのかもしれない。それが出来ないから、悠斗はいつも苦しむことになる。


「さて、どうする?」


 ウンディーネ5体を向こうに回して、さらに守る対象がいては悠斗であっても荷が勝ち過ぎた。


「――先生! それにみんなも!」

「どうなってんだよ、これ」


 息せき切って戻ってきたのは愛李と達也だ。


「2人とも、どうして戻ってきた?」

「どうしてもこうしてもないだろう」

「悠斗さんのことが心配だからよ」

「気持ちは嬉しいが……」


 悠斗も防戦一方で打つ手がない状況だ。


「俺はクラスメートを引きずってでも公園から連れ出す。古式は悠斗のフォローをしてやってくれ」

「高柳君に言われなくても、悠斗さんから離れるつもりはないです」

「おう! 悠斗のこと、頼んだぞ」


 言葉通り達也はクラスメートを強引に引きずっていく。


「悠斗さん、小田切先生が」


 愛李のアーモンドの様な瞳が何を訴えているのか、悠斗には痛いほどわかった。


「すまない。今は助ける余裕はない。それに冷たい言い方だが、命令違反を犯した。ならば、自分で何とかするべきだろう」


 苦渋の決断だ。小田切を助ければ、今度はクラスメートを見捨てることになる。天秤にかければ、悠斗がどちらを選ぶかは自明の理だ。


「それで、平気なんですか……?」

「平気とか平気じゃないとか、考える余裕はないよ。戦場とはそういう場所なんだ」

「だけど!」


 愛李はしつこく食い下がった。誰かを見捨てる、という行為にどうしても嫌悪感を覚えてしまうのだ。


 それが単に潔癖症なだけ、ということを理解したのは悠斗の悲痛な横顔が目に入ったからである。


「――砂嵐サンドストーム!」


 ならば自分が支える。そもそも愛李はそのためにここにいるのだ。

 契約精霊ノームの力を借り、土の精霊魔法を水塊にぶつけた。砂が水を吸収して泥と化し地面に崩れる。


「ひ、ひいっ!」


 助かった小田切は礼を言うでもなく、ウンディーネに立ち向かうでもなく一目散に逃げ出してしまった。


「大した二級精霊使いだ」


 悠斗は冷笑を浴びせ、その後ろ姿を黙って見送る。ハナから戦力として期待していない。


「古式さん、守りは任せた」

「は、はい!」


 小田切が逃げたことに失望したが、愛李は気を取り直す。悠斗にアテにされたのだ。凹んでいる場合ではなかった。


「ウンディーネは強力な精霊魔法でないと倒せない。みんなにも防御魔法を」


 急速に悠斗の精霊力が高まる。一撃で何体か粉砕するつもりだ。

 それに呼応するように愛李も集中する。


炎熱の渦ブレイズシュトゥルム!」


 まずは悠斗の火の精霊魔法がウンディーネ2体に直撃する。


岩石の棺ロックコフィン!」


 続いて魔法の効果が拡大する前に、愛李の防御魔法が展開した。

 炎の渦に飲み込まれたウンディーネ2体が消滅する。


「すごい……」


 その威力に思わず愛李は息を呑む。だが、いつまでも呆けているわけにはいかない。

 2体の仲間(?)を死に至らしめたのが誰なのか、ウンディーネが勘付いた。


 3体のウンディーネから水球が一斉に発射される。

 人と精霊の違いはあれど、はっきりと殺意の込められた精霊魔法。


 悠斗は顔色一つ変えないし、防御魔法を展開する素振りも見せない。あくまで攻撃一辺倒の姿勢を崩さない。

 愛李は怖かった。


 飛来する水球を前に胃袋がきゅっと収縮し、恐怖に駆られる。それでも目を見開き、震えながらも防御魔法を展開した。

 悠斗の信頼を裏切るわけにはいかなかった。

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