第3章 蠢動 ~その3~
「ダーリンの妹も、きっと同じ気持ちなんだろうな」
正鵠を射た汐莉の私的に、悠斗の胸中は複雑だ。織姫が自分を慕ってくれているのは痛いほどわかる。だが、それを意識しすぎると戦場に出る決意が鈍る。
我が身が可愛くなってしまう。
「大事なものを背負って戦えるほど、俺は強くないですよ」
失うものがないから、悠斗は憂いなく戦える。
「私には大事なものを守るために、戦っているようにしか見えないのだがな」
「買被りですよ」
「そうか? 紅家の人間なら戦うことを拒否することも出来るだろう? それをしないのは、ダーリンが戦わないと別の人間が……」
「だから買被りですよ」
「強情だな。第一、ダーリンの契約精霊を失うリスクを考えれば、最前線に送るのは明らかに失策だ」
「虹七家の人間は、頭がおかしいんでしょうね」
「家の事で苦労するのは、どこも同じか」
「ま、そんなところです」
実際、悠斗は苦労させられている。
「ダーリン。はい、あ~ん」
「……あ~ん?」
シャーベットを乗せたスプーンを汐莉が突き出してきたので、悠斗は礼儀としてパクついた。
「凄い恥ずかしいんですけど、これ」
「口移しのがよかったか?」
「ええっ?」
「ふふ。私がダーリンにしてあげられるのは、これくらいだからな」
その憂いを帯びた汐莉の顔は、セクシー担当に相応しいものだった。
「悠斗は風紀委員に入るくらいだから、やっぱり精霊争覇戦の代表に選ばれるんだろうなあ」
「高柳……、おっと達也。それは、どうだろうな」
ようやくクラスに馴染んだクラスメートの中でも、特に親しい高柳達也に聞かれた悠斗は語尾を濁した。
自分が出場したら反則なのではないか?
そう考えてしまうのだ。
自惚れというわけではないが第一線の現役で活躍している自分が高校の大会に出場するのは、メジャーリーガーが草野球チーム相手に野球をするようなものだ。
もちろん実戦経験者も数多くいる。
だが悠斗ほどの経験と実績を備え、級を問わず精霊使いの資格を持っている生徒はいないはずだ。
「悠斗さんと、織姫も間違いないですね」
「古式の言う通りだな。何せ、あの壬生先輩と互角だったわけだし」
「織姫の出場は間違いない」
悠斗もそれは否定しない。
「精霊学園の分校同士による対抗戦だぜ! 俺も出てえなあ~!!」
「出れるさ。達也も古式さんも織姫とそんなに実力差があるわけじゃない」
それが悠斗の見立てだった。そしてこの年代の精霊使いの能力は大きく伸びる。
そのための精霊学園だ。
「そうだな。代表戦に勝てばいいんだ」
「その意気だ」
意気込む達也に、悠斗は目を細める。
「ところで話は変わるけど、織姫さんと壬生先輩の契約精霊は何なんだ? 2人の模擬戦を見てて気になったんだ」
「それ、私も知りたいです」
「そうか。織姫も壬生先輩も亜種精霊と契約しているから、珍しい対戦だったんだな」
言われるまで悠斗は全く気にならなかった。
「氷と雷の精霊、ですね」
「そう。織姫はシヴァと、壬生先輩はカーバンクルと契約している」
「『氷』の精霊魔法を使う織『姫』で『氷姫』なんですね」
総司がそう呼んでいたのが愛李は気になったのだ。
「契約精霊からして違うんだな」
「だが達也、別に汎存種精霊と比べて優れているわけじゃない」
精霊使いのほとんどは汎存種精霊と契約している。
汎存種精霊とは4種類。
風の精霊シルフ。
火の精霊サラマンダ―。
水の精霊ウンディーネ。
土の精霊ノーム。
それ以外は全て亜種……、と言いたいところだが各属性ごとに1体しかいない存在が現在5体確認されている。
各属性の最上位、王と称していいのかもしれない。
風、火、水、土、そして氷の王。
その5体と汎存種精霊以外が亜種精霊とされている。
氷と雷属性というだけで、まず亜種精霊なのだ。
雷属性の王だけが、まだ存在が確認されていない。
これが精霊の種類についてわかっている全てだった。
「結局モノをいうのは契約精霊ではなく、精霊使い自身の能力だよ」
実際に悠斗は戦場で何度も痛感させられた。
「お前ら席に着け~!」
1時限目の授業を担当する小田切が教室に到着した。
「では、悠斗さん」
「おっと、いけね」
愛李と達也がそれぞれ自分の席へ戻った。
悠斗も授業に頭を切り替える、が……。
「政府から協力要請があった。今日は予定を変更して、これから出現したゲートを閉めに行く。みんなにも来てもらう」
その小田切の発言に、悠斗は眉をひそめた。
「危険です! 小田切先生、外部の専門家に任せるわけにはいけませんか?」
思わず悠斗は席を立ち上がっていた。昨日、風紀委員室で見たニュースが頭によぎったのだ。
「紅、お前の言いたいことはよくわかる。だが、精霊使いとは危険と隣り合わせの職業だ。精霊学園の生徒なら、そのことは百も承知だろう?」
全くもって小田切の言う通りである。悠斗は反論できなかった。
「みんな心配するな。もう精霊は出現した後らしい。それに何かあっても先生が守ってやる」
小田切は自分の厚い胸をドンっと叩く。
出現した精霊の対処だけで手が回らないから、ゲートの処理を要請した。
しかし、それは逆ではないのか?
それに小田切の自信のある素振り。
色々と懐疑的な要素があっても、今の時点でこの件に関して悠斗は何も出来なかった。
小田切の先導で目的地の公園に辿り着いた。学園からほど近い距離で、放置しておいたら知らずに通った生徒が襲われるかもしれない。
だからゲートを精霊学園の関係者に任せるのもわからないではなかった。
ゲートから現れた精霊は、処理班が学園から遠ざけたのだろう。
確かに精霊の気配は感じられなかった。精霊界側もだ。
「これなら大丈夫か」
愛李、達也と並んで悠斗は小田切の作業を見守る。
二級精霊使いだけあって手際そのものは悪くない。ただ、妙に遅いのだ。
生徒に手順を見せるためにゆっくりと行っているのだろか?
そうだとしたら、見上げたものだが。
しかし、ここで非常に残念なことが起きる。これは別に小田切の責任ではない。
ゲートを隔てた精霊界側で精霊力が高まり出したのである。それはつまり、精霊がこちらの世界に迫っているということを示していた。
ゲートから精霊が出現しようとしているのだ。




