第3章 蠢動 ~その2~
「ああ! 俺が行きますよ」
「ダーリン、邪魔をするな!」
「こんなことで可愛いカノジョの手を汚させるわけにはいきませんよ」
「ほほぅ、殊勝な心がけだ。だが『可愛い』ではなく『美人』に訂正してもらおうか。何と言っても、私はセクシー担当だからな」
「はいはい。美人でセクシーな俺のカノジョの壬生先輩」
「よろしい! 今のはしっかり録音して、妹にメールしておいたからな」
汐莉は両手を腰に当て、仁王立ちになる。
やれやれと肩を竦めつつも、バカをやっている生徒達のもとへダッシュした。
「ふざけて精霊魔法を使うなよ!」
精霊魔法で家族を失った悠斗としては叫ばずにはいられない。
「召喚! 火とかげ!」
悠斗は素早く印を結び、火とかげを召還する。騒いでいる生徒達は十数名に及んだ。それと同じ数の火とかげを悠斗は召喚してみせた。
「さすが私のダーリンだな」
汐莉は腕を組んで悠然と構えていた。他の生徒が戦慄しているのとは対照的に。
火とかげ達は1対1になるように生徒の正面に据えられた。雑然としていた場が、一瞬で水を打ったように静まり返る。
「風紀委員長の壬生汐莉だ。羽目を外し過ぎないよう節度を持って楽しめ!」
汐莉の啖呵はさまになっていた。
その迫力に気圧され逆らう生徒はいなかった。それぞれ自分の所属する部活の部室にすごすごと退散していく。
「何もわかっていない、クソガキどもが」
火とかげを精霊界へ送還した後も、悠斗の苛立ちは収まらない。心身共に疲弊していた影響もあるのかもしれない。
「ダーリンでも、そんな顔をするんだな」
「あんな連中を守るために命がけで戦っているのかと思うと、馬鹿馬鹿しくなってくる」
いつになく辛辣に言葉を吐き捨てると、脱力した悠斗はすぐ傍にあったベンチに座り込んでしまった。
部室棟にはベンチもあるし自販機だってある。部活間の交流を図るためのものらしい。
汐莉はベンチの裏側へ回り、悠斗を背後からぎゅっと抱きしめた。
「こうして慰めてやるのが、カノジョの役目だろう?」
残念なことに、汐莉は酒焼けボイスだ。そのためか耳元で囁かれても、まるで色気を感じない。
しかし頬に当たる長い黒髪から発せられる妙に甘い香りが悠斗の鼻腔を刺激し、気持ちを落ち着かせた。
汐莉の柔らかい体も心地良い。
「……壬生先輩がセクシー担当というのは、本当だったんですね」
「ダーリンは一体全体、私のことをどう思っているんだ?」
「ペチャパイ?」
先ほどから背中に全く感触が無いのだ。
「おい!」
汐莉は容赦なく悠斗の喉にスリーパーホールドを決める。
「ちょ、ギブギブ……」
パンパン。
悠斗は右手でガッチリとホールドしている汐莉の右腕を叩いた。
だが汐莉は悠斗の悠斗の首を絞め続ける。悠斗の意識が遠退きかけたタイミングで、汐莉は力を弛めた。
「げほ! ひどいなあ」
「口は災いのもとよ、ダーリン」
「はい……」
――勝てないなあ。
悠斗は頬を綻ばせるのだった。
闇夜に紛れて蠢動する影があった。
日本の有力な精霊師の邸宅にほど近い場所である。ここにゲートを開放させておく。
時間はかかるものの、その作業自体は難しいものではない。
ただゲートを開放すると精霊はこちらの世界へやってきたがる習性があるため、すぐに離れる必要があった。
自分が呼び寄せた精霊に殺されてしまう、というのは洒落にならない。
本来ゲートというのは精霊界側の精霊が、何かの拍子に精霊力が高まったときに出現するものである。
そして、我々の世界に精霊達はやってくるのだ。
では、それを人為的に出現させてどうしようというのか?
精霊達を暴れさせて人々の注意を引くのである。この国の警察機構や精霊使いが気を取られてくれれば、それだけ暗殺の標的に近づきやすくなる。
これが、江東の虎の暗殺の手口だった。
新歓コンパの時期も過ぎ去り、学園は落ち着きを取り戻していた。
悠斗も風紀委員の仕事に時間を取られることが少なくなっていた。
今はその風紀委員の集う風紀委員会室でテレビ番組をザッピングしているところである。
集う、といっても悠斗と汐莉の2人しかいない。他の風紀委員は汐莉が休みを取らせたのだ。
――ゲートが頻繁に出現している。
――精霊師を狙ったテロが多発。
この2つのニュースを追っていた。
「まさか、な」
悠斗には心当たりがある。だが、確証はなかった。
「その2つのニュースが気になるのか」
キンキンに冷えたラズベリーのシャーベットに舌鼓を打ちながら、汐莉が訪ねてくる。
「ええ。壬生先輩は何か聞いていませんか」
「いくら愛しのダーリンといえど、捜査状況を漏らすわけにはいかないぞ?」
「ですよね」
ダーリンと呼ばれることに、悠斗は異議を唱えるのを止めていた。いや、諦めた。
「もっとも、私のところまで情報が流れてこないのだがな」
汐莉のデザートは悠斗の奢りだ。剣術の指南を受けるようになったので、そのお礼だった。
特一級精霊使いの給料からすれば、別段懐も痛まない。
「私よりもダーリンのが詳しいんじゃないのか?」
「なかなか喰えない上司ですから」
悠斗は溜め息交じりに応じた。
どうも日南は事件の全容を把握していながら、意図的に隠しているフシがある。それに頼んでいた件についても、なしのつぶてだった。
どうにも腑に落ちない。
「子供を戦場に引っ張り出す、悪の首魁か」
「手先、だと思いますよ? 日南さんも精霊師で、誰かに雇われているようだし」
「……その人に頼めば、私も戦場に連れていってもらえるのか?」
バン!
血相を変えて悠斗はテーブルを両手で叩いた。汐莉の台詞に自制心の緒が切れたのだ。
「いくらカノジョの壬生先輩でも怒りますよ!?」
「もう怒っているじゃないか」
「遊びじゃないんですよ?」
「そんなことはわかっている!」
今度は汐莉が声を荒げた。
「2年前のソウルでは、私も人を斬ったことがある。あの感触が、いまだに忘れられない……」
「だったら!」
「ダーリンのような人間の存在を知って、見て見ぬふりが出来るほど私は大人じゃないんだ。ダーリン1人を戦わせて、平気でいられるはずがないだろう?」
汐莉は重苦しい顔で悠斗を見据えた。




