第3章 蠢動 ~その1~
横浜中華街。
その中でも立地のよい場所に建っている五つ星ホテルに、孫は招かれた。
「陸遜殿。確かに自分は住居の手配を頼んだが、これは」
五つ星ホテル最上階のスイートルームを陸遜は用意したのだ。その上、豪勢な中華料理が目の前に並んでいる。
陸遜の配慮に、孫は目を瞬かせた。
「お気に召しませんか?」
「そうではないが、ここまでしてもらう理由がない」
「理由ならありますよ。ここ数日、あなたが日本の要人を暗殺してくれたおかげで、この首が繋がったのですから」
人のよさそうな笑みを浮かべ、陸遜は孫に深々とお辞儀をする。
「日本の暮らしが長いもので、つい」
このホテルは中国の資本が流れ込み、実権は陸遜が握っていた。
実質的なトップである。
「陸遜殿には、10年前も世話になった」
「ふふ。それも、込みですよ。さあ、せっかくの料理が冷めてしまいます」
「……遠慮なく、いただこう」
孫は中華料理に手を伸ばした。
「『日本』の中華料理はいかがですか?」
「悪くないな」
「お口にあってなによりです。あと、こちら。頼まれていた調査の資料です」
「謝謝」
ありがとう、と孫は資料を受け取る。
※都合上、中国人同士の会話は日本語で書いていますが、実際には中国語で会話しています。
「見事なものだ」
ある人物について詳細に記載されていた。
「大したことはありません。ただ、その紅悠斗という少年……」
「過去に2度ほど会ったことがある。つい先日、台湾で。そして10年前に、日本で」
陸遜に手渡された資料を読んで、10年前に異様な高まりをみせた精霊力の持ち主が紅悠斗だと孫は確信した。
「ソウル、台北に限らず、ここ数年の主だった戦いで名前を聞きますが、まだ15歳の少年だったとは……」
「その15歳の少年に、台北では不覚を取った」
「中央から指令が出ているのですか?」
完全に越権行為であるが、陸遜は聞かずにいられなかった。
年端のいかない少年を殺してしまうことに抵抗を感じてしまう一方、災いの芽は早いうちに摘んでおくべきだという矛盾する見解が陸遜の胸中に湧いていた。
「指令は出ていない。が、確実に殺す」
孫の表情には悲壮な覚悟が滲んでいた。
中央からの指令が無ければ、すぐにでも行動を起こしたかった。しかし、まさか無視するわけにはいかない。
偶然の遭遇を期待するも、手元の資料によると紅悠斗の住所は孫の行動半径からやや離れた場所だ。
「あなたと紅家は、複雑な因縁がありますね」
「…………」
孫は答えない。
陸遜も別に返事を期待していなかった。
孫家も陸家も中央から遠ざけられて久しい。協力関係にあるが、互いの素性に深入りはしない。孫家と陸家はそんな間柄だった。
孫が始め遠慮したのも、両家の関係を考慮したからだろう
「気付きましたか? さきほどすれ違った女性のこと」
重苦しい雰囲気を明るくしようと、陸遜は話題を変えた。
「香港の?」
「さすがですね。ええ、香港四天王の1人、それも四天王筆頭です」
「特区とはいえ香港も中国の一部だ。ここにいても不思議ではない」
「あなたと同じ依頼をしてきた、と言ってもですか?」
「なんだと! それは本当なのか?」
冷静を装っていた孫の目の色が変わる。
「本当ですよ。理由は教えてもらえませんでしたが、あなたの邪魔をしないように釘を刺しておきました」
「色々と手を尽くしてくれて助かる、陸遜殿」
「彼女はあなたと違い、スイートルームを強要してきましたからね」
陸遜は小さく肩を竦め口元を綻ばせた。孫もつられて笑みを零す。
風水都市、香港。その頂点にいる東方不敗が、いかなる理由で動いているのは孫は皆目見当がつかない。しかし、それはどうでもいいことだった。
「連中の出番はない」
自分が紅悠斗を打倒する。それでおしまいなのだから。
精霊学園の部活動に悠斗は入る気はさらさらない。
だから本来、新人勧誘合戦など他人事のはずだ。
それが他人事でなくなったのは、風紀委員になったからである。
自業自得といえた。
「大丈夫ですか、お兄様?」
「あ、ああ」
部活の新人勧誘合戦で揉みくちゃにされた悠斗は、授業が終わったあと織姫が来るまで机に突っ伏していた。
戦場で敵と戦うのとはまた違った体力を使い、やけに体がだるい。
汐莉が自分を風紀委員にした理由がわかる気がした。
「昨日で勧誘期間は終わりだから、今日はゆっくりできる、はず……」
しかし、悠斗の淡い期待は裏切られる。
風紀委員会の部屋で打ち合わせを済ませた後、悠斗は汐莉と2人で部活棟に向かった。
部活棟とは文字通り部室が棟を成している建物だ。
「斬る!」
汐莉は部活棟に到着するなり抜刀しようとした。
悪・即・斬!
と言わんばかりだ。
「壬生先輩。それ、何とかなりませんか?」
「ならん!」
「まあ、気持ちはわかりますけどね」
「あのバカどもは世のため人のため、ここで斬り捨てた方がいい!」
汐莉が刀を抜きたがるのも無理なかった。正直に言えば、悠斗も部活棟ごと精霊魔法で吹き飛ばしたかった。
部活動の新人勧誘合戦も終わり、一息つけると思っていたら新歓コンパというイベントが待っていたのだ。
新入部員を歓迎する、という名目のもと羽目を外す生徒が続出していた。
風紀委員はそんな生徒を取り締まっている真っ最中だ。
悠斗と汐莉は一番の激戦区(?)であろう部活棟を見回ることにした。実力的にも妥当な判断だ。
新人勧誘合戦のときもそうだったが、精霊魔法が飛び交っていて危険だ。
「出来上がっているのか」
飲酒は法律違反だが、持ち込む輩もいるのだろう。海外では当たり前の光景なので悠斗は別に驚きはしない。
ただ酔っ払って精霊魔法を行使するのが悠斗の癪に障った。
「確かに斬り捨てたくなりますけどね」
「だろう? ダーリンもヒノカグツチを出せ! 夫婦始めての共同作業と洒落込もうじゃないか!!」
「いや、夫婦じゃないですから」
「むぅ。どうしても認めない気だな。仕方ない。あの連中を斬って憂さ晴らしでもするか」
はなはだ物騒なことを吐き捨てつつ、今度こそ汐莉は抜刀した。




