第2章 精霊学園へようこそ! ~その5~
この場にいる誰もが固唾を飲んで見守る。
ダッと汐莉が地面を蹴ったと思う間もなく、絶対零度の剣が次々に粉砕されていく。
遂に8本目の剣を砕いたとき、汐莉は茉夏達のいる方をチラリと見る。
これ以上は織姫に怪我を負わせてしまう。
それで判断を求めたのだ。
しかし、茉夏も悠斗も総司も平然としている。戦いを止める素振りは全く見せない。
汐莉は思い切って織姫の心臓を貫く。
「ん?」
刀が触れた途端、織姫が等身大程度の雪山に変化し、どさりと崩れ落ちた。
「雪で分身を作っただと!?」
驚愕のあまり汐莉は呆然と立ち尽くす。
「壬生先輩、後ろです」
実は織姫が反則をしているので、その埋め合わせのために悠斗は助け船を出した。
汐莉が振り返ると、精霊魔法の印を結んでいる織姫を視認した。汐莉は刀の切っ先を織姫に向け、片手で印を結ぶ。
果たして、織姫の精霊魔法が先に完成した。
「凍り吹雪!」
凍てついた風雪が汐莉目がけて襲い狂う。
「放電!」
汐莉の刀に静電気が集中し自然放電する。その力で風雪を払いのけた。
お互いに一歩も譲る気はない。
「そこまで!」
ここらが潮時だと判断した茉夏は終了を告げた。
非常に緊迫した熱戦だった。織姫はその場に尻もちをつき、汐莉は両手を膝に当て前屈みの状態で、ぜえぜえと息を切らせている。
双方、かなり全力で戦ったに違いない。
「この勝負に関していえば、織姫の負けです」
悠斗が誰に言うでもなく、結果を述べた。
「フライングしたからか、ダーリン?」
いち早く回復した汐莉は、悠斗に寄りかかり肩を借りる。
織姫は開始の合図よりも前に絶対零度の剣の精霊魔法を準備していたのだ。
「その通りですけどダーリンって、いつ壬生先輩が俺のカノジョになったんです?」
「キスしたとき」
「……………………」
悠斗はぐうの音も出なかった。
「氷姫と呼ばれる理由がわかりましたよ」
総司は尻もちをついている織姫に手を貸した。
「あ、ありがとうございます」
「さすが紅家の次期当主。お強いですね」
「次期当主は私より、お兄様の方が」
こんなときでも、織姫は兄を立てようとする。
「あなたが紅家を継ぐことで、悠斗君を守ることや自由にすることができる――。そのことを心にとどめておいた方がいいですよ」
周りには聞こえない程度のボリュームで、総司は織姫に大事なことを伝えた。
「それでは、僕はこれで」
声が清涼なだけでなく、総司は立ち去るのも爽やかだ。
織姫はぼんやりと、その後ろ姿をずっと見つめていた。
「風紀委員になれば、壬生先輩の剣術指南が受けられるんですか?」
汐莉の刀捌きを眼前にして、悠斗の気が変わりつつあった。
「ダーリンの強さがあれば、剣術など必要ないように思うが?」
「接近されたら精霊魔法を使えない。そういうときの対処法も用意しておかないといけない相手がいる。多分、まともにやったら壬生先輩にも勝てないと思う」
「ずいぶん弱気だな。それならば接近されない方法を考えるべきじゃないか?」
「台湾で精霊使いとしても、兵士としても優れた敵がいました。その敵は精霊魔法を防御し、接近してきます」
そういうハイブリッドな敵を相手にしたとき、悠斗1人では対処できないということがわかった。
「江東の虎、か。」
「はい」
「ダーリンの頼みでは、仕方ないな。それに勝負は引き分けだ。ちょうどいい交換条件なのか」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、よろしくな」
こうして悠斗は風紀委員を務めることになった。
当たり前だが精霊学園第三分校も普通の高校と同じ授業がある。
そこへ精霊魔法に関する座学、実技があるので、そういう意味では普通の高校よりも大変なのかもしれない。
単純に授業が多いのだ。その代わり精霊魔法関係の授業の成績が良ければ、通常の授業の成績が悪くても単位は融通してもらえる。
まあ、優秀な生徒は全ての授業において成績が優れているものだが。
悠斗は現在、小田切という教師の授業を受けていた。
小田切は二級精霊使いの資格を所持しているだけあって、精霊魔法の授業を受け持っている。
すでに専門家である悠斗の目から見ても、比較的わかりやすい授業内容といってよい。
ただ、どこか自信過剰に映る。
教員で資格所持者はさほど珍しくない。持っていないと説得力に欠けるからだ。
「では、今日はこれまで」
チャイムが鳴り、日直が号令をかけるのも普通の高校と何ら変わらない。
「悠斗さん、今日も学食へ行きますか?」
「古式さん。お弁当を作る余裕もないしね」
学生食堂があるのはありがたかったが、これも精霊学園の特徴かというと別に違う。
学生食堂のある普通の高校もある。
悠斗は声をかけてきた愛李と共に学食へ向かった。
途中で織姫も合流する。
入学して1週間が経つというのに、悠斗はこの2人以外の同学年の生徒と食事をしたことがない。
生徒会の会長、副会長、それに風紀委員長と親しげにしていることと風紀委員に入ったことで、どうやら避けられているようなのだ。
だが、むしろ悠斗にとっては都合がよかった。
あまり大っぴらに出来ない事情を抱えていて、それらを詮索されずに済むからだ。
廊下を歩いていると、あまり好ましくない場面に出くわす。
これこそ、どこの高校にもある弱い者いじめの現場だ。今や風紀委員となった悠斗としては見過ごすわけにはいかない。
こんなに堂々と廊下で吊し上げが行われている、というのは他ではお目にかかれないかもしれないな、と悠斗は自嘲した。
「何をしているんです? 暴力行為は停学、もしくは退学処分になりますよ」
丁寧に、だがどこかやる気なさそうに悠斗は止めに入った。
吊し上げにあっているのは1年生で、救いを求めるような目を悠斗に向ける。
「なんだ! てめえは?」
「風紀委員ですが?」
高校生の恫喝などそよと受け流し、悠斗は冷静に答えた。
「はっ! 1年が風紀委員か。てめえもシメられてえようだな」
制服には学年を示すバッジが付けてあり、それで何年生かわかる。今、悠斗に絡んできているのは2年生だ。
3人いて、威勢がよく悠斗に古典的な台詞を吐いているのがリーダーなのだろう。
「俺達は虹七家の人間だ。逆らったら、どうなるかわかっているんだろうな?」
したり顔で威圧してくる。
「どうなるんですか、先輩?」
悠斗は意地の悪い笑みを浮かべた。目の前の生徒が次に何を言うのか、悠斗は興味があった。




