第2章 精霊学園へようこそ! ~その6~
「この学園にいられなくなるんだよ!」
この台詞に悠斗はきょとんとした。そして腹を抱えて笑い出した。
「そうきたか。それは予想していませんでしたよ、先輩方」
「な、何がおかしい。虹七家は……」
「確かに、虹七家は日本国内で権力を持っている。しかし、精霊学園に関していえばノータッチで介入できない」
悠斗の口調ががらりと変わった。
政府に隠然たる影響力があるといっても、それは実力あってこその話だ。
精霊学園や精霊大学くらい金銭的にはともかく、自力で卒業できない程度の人間に力を与えるはずがなかった。
だから例え泣きついても、助けてはもらえない。
それが虹七家の意向である。
「あんたら3人はそれぞれ橙家、藍家、翠家のお荷物じゃないか。そんな連中の思い通りになるほど、虹七家は甘くない」
悠斗は3人の素性を知っていた。精霊学園第三分校に通う虹七家の人間のことは全て頭にインプットしてある。
「お前は一体……」
さすがに正面に立っている1年生が虹七家にゆかりのある人間だと気付いた。
「誰でもいい。今はお荷物だが、せっかく汚名を返上できるチャンスがあるんだ。ここでがんばってみたらどうだ?」
悠斗は割と真剣に3人を諭してみた。
「知ったふうなこと言ってんじゃねえよ」
何もかも見透かされているので、捨て台詞にもイマイチ迫力に欠けた。
あの程度で引き下がるとは、精霊学園は優等生が集まるんだなあ。
悠斗は3人の後ろ姿を眺めながら思った。
パチパチパチパチ……。
成り行きを見守っていた生徒達が万雷の拍手を送る。
「ど、どうしたんだ?」
その拍手が自分に向けられたことに悠斗は気付かない。
吊し上げにあっていた生徒が、
「助かりました。ありがとうございます」
悠斗の手を握り、一心に礼を述べるのだ。ちなみに男子生徒だ。
「あ、ああ。風紀委員の仕事だから」
今まで必死に戦っても感謝されるどころか、虹七家の連中からは疎まれるだけだった悠斗はこそばゆかった。
「もし本当に虹七家から圧力がありましたら、私に言ってください。紅家が守って差し上げますから」
にこりと麗しい微笑を湛える織姫に心を奪われない男子はそうそういない。
「は、はい!」
吊し上げにあっていた生徒も、どうやら織姫のシンパになったようだ。
直立不動で真っ赤になってのぼせている。
「さ、行きましょう、お兄様。愛李も」
「そうだな。時間もあまりないし」
「はい。ご一緒します」
3人は足早に学生食堂へ向かう。
織姫は嬉しかった。
兄が脚光を浴びるのが。兄の行為が報われるのが。
自然、その足取りは軽くなるのだった。
悠斗達は学生食堂の一隅にある長テーブルに腰を下ろした。
観葉植物で区切られた瀟洒なラウンジもあるが、そちらへは足を踏み入れないようにしている。
見たところ、虹七家の生徒とその取り巻きしか利用していないからだ。
無輪、紅家の人間で風紀委員と生徒会役員の2人なら使用しても文句は出ないだろうが。
「悠斗さんは、スゴイんですね」
愛李は感心したように言った。
「あの場を力ずくではなく、平和的に解決するなんて」
確かに悠斗には力がある。それを使えば簡単に片付いただろう。
しかし闇雲に力を振るわなかったことを愛李は評価している。
「そういう考え方もあるのか」
悠斗は目から鱗が落ちた気分だった。
「それにしても、この学園にいる虹七家の人達は一体何をやっているんでしょうか、お兄様?」
織姫はチラリとラウンジの方へ目を向けた。
取り巻きにちやほやされている虹七家の生徒に不快感を覚えているのだ。
「どうも虹七家と、それ以外の生徒の間に深い溝があるようだな」
スクールカーストというのは、どこに行ってもある。ただ虹七家が悪目立ちし過ぎているのだ。
「あんな人達と一緒にされるなんて、私は我慢できません!」
織姫はポークのソテーに勢いよくフォークを突き立てる。思っている以上に頭にきているようだ。
怒りはしないが、悠斗も精霊学園における虹七家と他の関係は気になった。
「風紀委員になって、よかったのかもしれないな」
自分で口にしておいて悠斗は面食らう。
10年前に家族を失って以来、何事にも捨て鉢だった自分が、まさか学園内の問題を改善しようと考えているなどとは。
悠斗の口の端に自嘲が滲んだ。
「お兄様?」
「悠斗さん?」
織姫と愛李の視線が悠斗に集中する。
「意外と、この学園に期待しているんだよ」
悠斗はアイロニーを交えて返事をした。
そして気になったことがあったので、今度は悠斗が聞いて見る。
「2人はいつの間に、そんなに仲良くなったんだ?」
答えは返ってこなかった。
その日の放課後。
織姫はいつものように悠斗を迎えに来ていた。悠斗のクラスの教室のドアをくぐると、
「えっ……?」
呆気にとられた。
――兄が楽しそうに談笑している。
いつも愛李とだけ会話をしていた悠斗の周りに人の輪が出来ていた。
それを見て織姫の胸がチクリと痛んだ。
「すっとしたぜ」「よく逃げなかったな」「正面から堂々と言い負かしたもんね」「虹七家でも違うのね」
などなど、悠斗は賛辞を浴びて徐々に普通の会話をするようになっていったのだ。
単なる雑談。
しかし悠斗は照れ笑いをしながら、振られた話題にどう返事をしていいいか困っていた。
常に孤独を強いられてきたため、こういう空気になれていない。
「お兄様、そろそろ行かないと風紀委員の仕事に遅れますよ?」
だから織姫が呼びに来てくれて、悠斗は内心胸を撫で下ろした。
「じゃあ、また」
ぎこちない挨拶をして会話を切り上げ教室を後にする。それを咎める生徒はいない。
「珍しいですわね。お兄様があんなにお話なさるなんて」
織姫はどこか棘のある言い方をした。
それに対し、悠斗はどこか疲れた面持ちで言った。
「ああいうのは久し振り過ぎて、どうしていいのかわからないよ。それに……」
「それに?」
「大事なものが増えると、覚悟が鈍る」
「――――っ!」
悠斗の言葉がひんやりとした感触を持って胸に落ちると同時に、織姫は自分の不甲斐なさを恥じた。
兄は戦場に出る度に命を削り戦っている。
そして、敵の命を奪っている。
――もともと虹七家でも、紅家でもないのに!
やりきれない思いが織姫を捉えた。
「ごめんなさい、お兄様」
素直に謝る織姫に、悠斗はただ黙って頷いた。
そして悠斗はぽんっと織姫の頭に手を置き、そっと撫でた。




