第18章 満州の地で ~その4~
「彰君、あの精霊使いは手強いですよ。気を付けてください」
「ああ、わかった」
日南に言われるまでもなく、精霊力の高まりで彰は肌で感じていた。
強力な精霊使いの存在を。
「落雷!」
まずは挨拶代わりに使い慣れた精霊魔法をぶっ放す。
天空から雷が鉄槌の如く降り注ぐ。
並みの精霊使いであれば、防御魔法を展開しても貫かれてしまうだろう。
ハオカーの契約者である彰の精霊使いの能力は、それほど向上していた。
しかし、上には上がいる。
王成徳は造作もなく落雷から自分の身を守った。
鉱石の精霊は特に防御に秀でているのだ。
そうそう守りを突き崩せるものではない。
「彰君でも、厳しそうですね」
日南の目が険しいものとなる。
見たところ、どうも彰の旗色が悪いようだ。
「あの精霊使いは、我々の知っているのとは違う精霊と契約しているのではないかね?」
マトリョーシカに契約を交わさせるために、散々精霊を調べ尽くした冬月である。
王成徳の行使する精霊魔法に、どこか違和感があった。
土系統に似ているが、それよりも威力や硬度が上なのだ。
「ひょっとすると古代精霊かもしれません」
つい最近、太陽の精霊ラーの存在が確認されたのは日南も知っていた。
新たな古代精霊が出現してもおかしくはない。
「古代精霊?」
「ええ。現在の系統に属さない全く別種の精霊がいるのです、冬月教授」
「なるほどな。そもそも精霊界について、我々は何も知らないのだ。ベールに包まれた精霊が存在しても、何ら不思議はない」
冬月は1人得心するが問題は、さて、この窮状をどう乗り切るかだった。
マトリョーシカも数を揃えているわけではないのである。
「彰! それに……」
ゴリツィンの護衛についていたナターシャが何事かと、様子を見に庁舎から出てきたのだ。
日南は顔を合わせても問題無かったが、冬月を見ると動揺が走ってしまうのは致し方なかった。
なるべく視界に入らないようナターシャは振る舞う。
それには戦闘に加わるのが一番良い。
ナターシャは彰を支援すべく飛び出した。
「かなり手強い相手みたいね」
「ナターシャか」
彰は肩を並べて戦える存在が現れたことに、少しほっとした。
日南と冬月は見ているだけで、戦わないからだ。
もっともマトリョーシカに命令を出しているだけ、冬月のが幾分マシだが。
「また増えたか」
さすがに王成徳の表情にも焦りの色が滲んだ。
そもそも待ち伏せされていた時点で、かなり作戦の成功率は下がる。
ゴリツィンを殺害するのは極めて難しい状況だった。
「鉱石の戦棍!」
まずは厄介な雷使いを倒す。
王成徳からすれば高城彰もまた手こずる相手なのだ。
あれほどの使い手は、同じ古代精霊の契約者以外に知らない。
「稲妻の矢!」
複数の稲妻の矢を鉱石の戦棍に目がけて放ち、彰は叩き落とす。
その隙にナターシャは接近戦を挑むべく王成徳に忍び寄る。
だが王成徳も、そうはさせじと鉱石の精霊魔法で壁を作りだしナターシャの行動を阻む。
義和団の団長として武器の扱いにも長けているが、指揮を執るために目の前の戦いだけに夢中になるわけにはいかなかった。
「例の紅悠斗という精霊使いは来ていないのかね?」
日本の精霊使いでは1,2を争う強さを誇る紅悠斗の噂は、冬月でも耳にしたことがあった。
「悠斗君にはフィリピンの方へ出向いてもらっているんですよ。それに彼は、厳密には精霊レンジャー課ではないですので」
「今いる者で、どうにかしなければならんか」
元教授としての頭脳を冬月はフル回転させる。
どうも元教え子は戦闘が苦手のようだ。
「高城君、ナターシャ君。とにかく、その精霊使いを引きつけておいてくれ」
こう見えても冬月は実戦経験が豊富だ。
アナスタシアとして活動していたのである。
王成徳を相手にせず、他の中国兵を狙い撃ちにする方針に変更した。
いくら強力な精霊使いといえど、たった1人では無力化すると考えたのだ。
マトリョーシカに新たな命令を下し、冬月は自らも拳銃を手にする。
「冬月教授は意外に、武闘派だったんですね」
思わぬ一面を目にし、日南は面食らう。
恩師は娘想いの父親というイメージしかない。
もっとも、その娘は死んでしまったのだが……。
「ウラジオストックでは、腕がモノを言ったのでな。それより、日南君も精霊魔法で援護しなさい。全く使えない、という訳ではないのだろう?」
出来の悪い学生を諭す口振りで、冬月は日南に精霊魔法を行使するよう促す。
敵の気を逸らすだけでも全く違ってくる。
ほんの些細なことが命取りとなるのが戦場だった。
「はいはい。わかりました」
「はい、は1度だ。君は何度言えば」
「はい!」
会話から日南と冬月の関係が窺える。
悠斗が見たら鼻で笑う場面だが、あいにくこの場にはいない。
命令をAIが処理したマトリョーシカが中国兵たちに襲いかかる。
義和団の団員とはいえ並みの兵士、並みの精霊使いよりも若干強いという程度だ。
ロシア極東地域を震撼させたマトリョーシカの敵ではない。
次々と中国兵を殺していく。
「我が義和団が、このざまとは」
その様を目の当たりにした王成徳の全身に焦燥の色が滲んでいた。
敵の狙いは自分を孤立させることにあると、正確に理解したからだ。
それにしても、部下も存外不甲斐ない。
鍛え方が足りなかったか?
つい王成徳は失望してしまう。
だが、このままではジリ貧だ。
どうにかこの危機的状況を打開しなければならなかった。
そのためには、まず目の前の2人の精霊使いを始末する必要がある。
どうやらまだ十代のようだが、これほどの使い手だ。
王成徳は子供と見て手加減するのを止めた。
必殺の精霊魔法を放つべく、急激に精霊力を高める。
「勝負に出たか」
次に王成徳が放つ精霊魔法を受けきることが、自分に可能だろうか?
そんな疑念が彰の脳裏に浮かんだ。
すぐ隣にいるナターシャをちらと覗き見る。
全く動揺しておらず、顔色一つ変えずに印を結んでいた。
芯が強いというよりも、軍人として正規の訓練を受けている影響が大きいのだろう。
「俺はまだまだだな」
こんなことで臆してしまうようでは、怯んでしまうようでは、また大事なものを失ってしまう。
彰は己を奮い立たせ精霊魔法を放つべく印を結ぶ。
「鉱石の金棍!」
古より語り継がれる演義では、一撃で山をも吹き飛ばすと言われている金棍。
さすがにそこまでの威力はないが、王成徳の手持ちの精霊魔法では最も破壊力があった。
「雷神の槌!」
対して彰も最高の精霊魔法を行使する。
鉱石の金棍と雷神の槌は互いを叩きつけ、その凄まじいまでの衝撃波が大地を揺るがした。
が……。
「くそ! 俺の負けか」
彰は葉を軋ませる。
鉱石の金棍は雷神の槌を叩き潰し、猛然とこちらへと迫っているのだ。
少しは威力は衰えているかもしれないが、彰の命を奪うには十分な殺傷力は失っていないだろう。
「氷山!」
何の捻りもない名前の防御魔法をナターシャは展開した。
地面から氷山が生え、彰とナターシャの身を守る。
「ん……」
美しいナターシャの表情が強張った。
氷山に亀裂が走ったからだ。
「そんな、まさか」
嫌な予感ほど的中してしまうのが世の中だろうか。
鉱石の金棍は氷山を叩き割ってしまったのである。
2人を守護する物は何もない。
「ナターシャ!」
咄嗟に彰はその身でナターシャを庇う。
無意識で取った行動だった。
諦めて? 覚悟を決めて?
ぎゅっと彰は目を瞑る。
ところが、いつまで経っても訪れるはずの鉱石の金棍による打撃はやってこない。
恐る恐る目を開けると、
「マトリョーシカが」
数体のマトリョーシカが盾になっていたのだ。
その光景に彰は呆然としてしまう。
「まだ戦闘中よ、彰」
軽く彰を突き飛ばし、ナターシャは再び印を結び始める。
こういう状況でもなければ、ずっと抱き締められていたかったが、そんな余裕はなかった。
彰も我に返り、現状を確認する。
マトリョーシカが減ったのは痛手だが、王成徳の精霊力が低下しているのは朗報だ。
先ほどの一撃はかなり無理して放ったのだろう。
目を凝らせば渋面を浮かべていた。
だからといってこちらに余裕があるのかといえば、全くないのだが。
戦いはどちらも決め手を欠いたまま、膠着状態に陥ってしまう。
ハバロフスクの外で戦っているロシア軍と中国軍も同様に違いない。
勝敗が決していたら、片方の軍が到着しているはずである。
そうなっていないということは、いまだ戦闘中なのだ。
実際には数は少ないが後がなく士気が高いロシア軍と、数は多いがやる気にかける中国軍で均衡状態だった。
「冬月教授、何か打つ手はありますか?」
「あったら、とうの昔にやっている」
拳銃を乱射しながら、冬月は憮然としながら答えた。
アナスタシア時代とは勝手が違うことを痛感しながら。




