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第18章 満州の地で ~その5~

「こんなところまで、敵の侵入を許したのか!?」


 ロシア軍極東軍管区の本拠地たるハバロフスクの街に侵入されたばかりか、さらに庁舎にまで接近されてしまった。

 表に出たゴリツィンが目を剥くのも当然である。


「ゴリツィン司令、ここは危険です。建物の中へ!」


 大音声をあげながら慌ててナターシャはゴリツィンのもとへ走った。

 パーヴェルに託されたのである。

 ゴリツィンを守るようにと。


「ようやくお出ましか」


 王成徳の双眸が妖しく輝いた。

 鉱石の金棍を行使して以降、ずっと守りに専念して精霊力を温存してきたのは、この瞬間のためだ。

 再び王成徳は精霊力を急速に高める。


「何をしようとしている?」


 冬月に精霊使いとしての素養は、ない。

 だが王成徳が何か仕掛けようとしているのは気配でわかった。


 アナスタシア時代に、精霊使いと戦った経験が活かされているのかもしれない。

 王成徳の視線の先を目で追う。


「……! そうか! 高城君、ゴリツィンを守るんだ!!」


 意図に気付いた冬月は彰に次にとるべき行動を促し、自らはマトリョーシカに新たな命令を出す。

 だが全てが徒労に終わる。


 ナターシャがゴリツィンに合流したのを見計らって、王成徳は精霊魔法を放った。

 2振りの鉱石の柳葉刀が空を切り裂き目標に迫る。

 彰の精霊魔法もマトリョーシカも鉱石の柳葉刀を追いかけるが届かない。


「いかん!」


 ゴリツィンは迷わず選択した。

 自分の命か、ナターシャがの命か。

 ほんの数瞬の間に。


「ごふっ……!」


 我が身を投げ出したゴリツィンの体を鉱石の柳葉刀が貫く。

 極寒の地でナターシャは時が凍りついて止まったかのように思えた。


 護衛すべき対象に、自分が守られてしまったのだ。

 パーヴェルに合わせる顔がなかった。


「ゴリツィン司令?」


 愕然としてナターシャはその場に佇んでしまう。

 遠目に素人の彰が見ても、ゴリツィンの負った傷は致命傷であるとわかるものだった。

 軍人であるナターシャなら、一瞥しただけで察しただろう。


――もう助からない、と。


「目的は果たした。撤退する」


 さっさと踵を返し、王成徳は逃走にかかる。

 幸い敵は司令官が倒れたことに心理的ショックを受け、パニックに陥っていた。


 さほど苦労を要することもなく、王成徳率いる義和団はハバロフスクの街を出て戦場からの離脱に成功する。

 こういう部分も含めて義和団の団長は非常に計算高い、いや狡猾なのかもしれない。


 ナターシャがゴリツィンに近付いた瞬間を狙い精霊魔法を放ったのも、そのタイミングならば対処できないだろうし、部下の少女を庇うと判断したからだ。


 そして結果は見事、予想の通りとなった。

 ゴリツィンはナターシャの盾になり、鉱石の柳葉刀の前に無防備に体を晒して貫かれる羽目になったのだ。


 他にゴリツィンには選択肢がなかったといえるし、そうするように王成徳が仕向けたともいえる。

 いずれにせよ、最大の目的であったゴリツィンの首を取った。


 ロシア軍をハバロフスクまで押し込むことに成功した。

 満足のいく、これ以上ない結果である。

 王成徳は1人、ほくそ笑んだ。


「は! 追わないと!!」


 我を取り戻したナターシャは、じっとしてなどいられなかった。

 ゴリツィンの、他にも殺された多くの同胞たちの仇を討たねばならない。


 このまま黙って見過ごすなど、できない相談だ。

 意を決してナターシャは駆け出そうとする。


「……待て、ナターシャ」


 それを止めたのは、弱々しいゴリツィンの声だった。


「追っては、ならん……」

「しかし!」

「勝てる相手ではないだろう」

「――――っ!!」


 確かに、ゴリツィンの言う通りだ。

 ナターシャが追いかけたところで、王成徳に返り討ちになるのがオチである。


「ごほっ、ごほっ! ナターシャよ、お前は軍を抜けろ。これは、わしからの遺言だ」

「遺言だなんて、司令にはまだまだ」

「いいな? もう、戦っては……」


 そこでゴリツィンの体からガクッと力が抜けた。

 命の灯が消えたのである。


「ゴリツィン司令!」


 ナターシャはゴリツィンの体を揺さぶった。

 しかし、もちろん反応はない。

 それでもナターシャは何度も、何度も同じ動作を行う。


「もうよせ、ナターシャ」

「彰……」

「とっくに死んでいる」


 結果を告げる彰の表情は渋いものだった。

 自分も阿弥のとき、非常に辛かったのだ。


 ナターシャの気持ちは痛いほどわかる。

 けれども告げなければならなかったのだ。

 死んでしまったことを。


「戦闘で軍人が死ぬのは、当たり前よね」


 気丈にも涙は見せずナターシャは彰に向き直った。

 軍人としてのさがが、そうさせたのかもしれない。


「ナターシャ……」


 こういうとき、彰はどういう言葉をかけていいのかわからない。

 無性に情けなくなった。


「ナターシャ君。こんなときだが、少しいいかね?」


 このような重苦しい雰囲気の中、口を開いたのは意外にも冬月である。

 なにやら彰は嫌な予感がした。


「何でしょうか?」

「君には私を殺す権利がある。どうするかね?」


 眉一つ動かさず、冬月は正面からナターシャを見据えた。

 どこか悟っているフシがある。

 そんな様子が窺えた。


「……その必要は、ないわ。私の父を殺害したのは、あなたの娘よ。そして、あなたの娘は私の目の前で自ら頭を撃ち抜いて死んだ。私の復讐は果たされたわ」


 決して目を逸らさず、ナターシャは逡巡しながらもハッキリと答えた。

 互いに大事な人を失ったのだ。

 もう十分である。


「ナターシャ君がそういうのなら、これで互いにしがらみは無しということだな」

「ええ、そういう事ね」


 間に流れる空気は険悪だが、ナターシャと冬月は和解をした。

 これ以上、追及すべきではない。


「しかし、中国はこれからどうするんでしょうかねえ?」


 よくもまあ、こんなピリピリとした空気の中で呑気な声を出せるものである。

 その心臓の強さが日南の特徴なのだが。


 ここまで中国軍は深く攻め込んで、どう後始末をつけるのか?


 日南に限らず、誰もが気になる所ではあった。

 そして思いの外早く、その答えが出る。


 戦闘が一段落し、一行は庁舎へ戻ったときに参謀から報告を聞き耳を疑った。

 なんと、中国側から休戦の申し込みがあったというのだ。


「勝っているのは、向こうなんですがねえ」


 この日南の言葉が、みんなの疑問を代弁していた。


「しかも国境線は元のままとのことです」


 休戦の条件を参謀が述べると、ますます理解に苦しんだ。

 それでは一体何のために戦ったのか、意味がわからなかった。


「いよいよ中国の海洋進出が本格化するのかもしれません」

「どういうことだ、日南さん?」


 日南が言わんとしていることが理解できず、彰は首を傾げる。


「ロシアがちょっかいを出してきたら、海洋進出どころではありません。そうさせないために、中国と事を構えたら痛い目を見ると知らしめるために、今回の作戦を実行したと見るのが妥当でしょう」

「それって、まさか……」

「ええ、日本を攻めるための準備でしょう」


 とんでもないことを、さらっと口にするのも日南らしい。

 ロシア軍極東軍管区を狙い撃ちにしたのも、もしも極東地域で有事の場合は真っ先に駆けつける部隊だからである。


 この日南の推測は的を得ていた。

 戦術家ではなく、戦略家なのだ。


「それで日南君。何か有効な手立てはあるのかね?」


 至極もっともな疑問を冬月は口にした。


「ありません。せいぜい情報収集を密にして、中国軍の動きを正確に予想し防備を固めるくらいです。日本側からは攻撃できないから、仕方ありません」


 直接海路から沖縄、そして朝鮮半島から北九州と2か所同時に攻め込まれたら、かなり危ないと日南は睨んでいた。

 日本にそれを防げるだけの戦力は、あるにはある。


 虹七家が動けば何とかなるはずだった。

 しかし彼らは恐らく最初は座視する。


 迎撃に当たった自衛隊や虹七家以外の精霊使いが撃破された後で、のこのこ姿を現す。

 それが虹七家のやり方だった。


 最後の最後、ぎりぎりまで力を貸さない。

 根室市街戦が良い例だ。


 そのため日南は日本本土で戦いが起きないよう、これまで尽力してきた。

 ソウルしかり、台北しかり、今回のハバロフスクしかり。

 だが、その努力もこれまでとなりそうな気配が濃厚である。


「精霊レンジャー課ならびに自衛隊の戦力の強化が、急務だな」


 冬月は事態の深刻さをいち早く理解した。

 集団的自衛権で争っているレベルではないのだ。


「冬月教授の仰る通りです。今回、我々は一応ロシアに貸しを作りました。少しは手助けが期待できると思いますが……」


 表立っての支援は無理だろうと、日南は判断した。

 今回の戦いでハバロフスクが陥落しなかっただけ、幸運だったのかもしれない……。


 その後、ロシアと中国の間で不可侵条約が結ばれた。

 これにより中国は北の大国を気にすることなく、各方面に兵を送ることが可能になったのである。

 しばらく主人公は出てきません。

『魔神の契約者』というタイトルだったら危なかったです。


 あと、あきちゃ推しではありませんよ?

 たまたま彰は名前が似てしまっただけです。

 他のキャラの名前から、どのグループ推しなのかは、すぐわかると思います(笑)。

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