↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/125

外伝 アナスタシア事件 ~その16~

 以前、マトリョーシカを差し向けた公園のベンチに座ったまま、阿弥は放心状態でいた。

 全てがご破算になったのだ。

 全てが終わったのだ。


 父とも連絡がつかない。

 すでに逮捕された可能性が非常に高かった。

 八方ふさがりで、打つ手がない。


「あのとき……」


 ヴィクトルの誘いを断らなければ、こうはならなかっただろうか?


 別に捕まって罰せられるのは構わない。

 だが目的を達成できない、藍英明を野放しにするのだけは我慢ならなかった。


 藍家の家屋は狙撃されないように結界が張られている。

 要人からすれば当たり前の措置だが、おかげで窮地に陥っているのだ。


 それでも阿弥は諦めたくなかった。

 自分を鼓舞して、家に隠してあるライフルを取りに行くべく立ち上がる。


「ここにいたのか。携帯が繋がらないから焦ったよ」


 心から安心したような顔をして、彰は阿弥に駆け寄る。


「少し座っていいか? 走ってきたから」


 それほど彰は心配だったのである。


「え、ええ……」


 出鼻を挫かれた格好だが、阿弥も自然とベンチに再び腰掛けた。


「ずいぶん疲れているようだけど、何かあったの?」


 何かあったか、知っていて阿弥は白々しい台詞を吐いた。


「仕事でこき使われた。精霊使いは辛いよ」

「仕事ねえ……」

「で、無性に阿弥の顔が見たくなって、全力でダッシュしてきた」

「あはは。こき使われて、疲れているのに?」


 彰との会話で、先ほどまでの張りつめていた気持ちがほぐれていくのを、阿弥は感じていた。


「彰と杏華、それに優や慎二……。みんなと一緒にいたときは、本当に楽しかったわ」

「ああ、そうだな」

「ずいぶん遠い昔のように、感じるわね」


 阿弥は遠い目をして語るが、実際には1ヵ月くらい前の話だ。


「まだまだ人生これからだ。いくらだって出会いはあるし、友達だってたくさんできるさ」


 そうやって人生は流れていく。

 彰も涼一やナターシャと知り合うことが出来た。


「なんか私たち、すごく年寄り臭いわね」

「確かに、花の高校生のする話じゃないな」

「そうね」


 阿弥はくすりと笑った。


「じゃあ、高校生らしいことでもするか」


 強引に阿弥の手を取って、彰は走り出す。

 こういうことに疲労など関係ない。

 何といっても、花の高校生なのだ。


「ちょ、ちょっと彰?」


 戸惑いながらも、阿弥はされるがままでいた。

 彰は発言した通り、今回はタクシーを使用せず、電車を乗り継いだり歩いたりして、小樽市の海岸に到着する。

 太陽が沈みかかり、海面がオレンジ色に輝いていた。


「……きれい」


 その光景に阿弥は素直に感動した。

 北海道ではとっくに海水浴のシーズンは終わっている。

 だからこそ人影はまばらで、存分にはしゃぐことができた。


「冷たい!」


 靴と靴下を脱ぎ去り、阿弥は素足で海水を蹴る。

 脱ぎ去った靴は途中で寄ったコンビニのビニール袋に入れ、靴下はカバンに突っ込み両方とも、


「かしこまりました、お姫様」


 恭しく一礼をしながら彰が受け取った。

 2人は1歩1歩、まるで噛み締めるように海岸を歩く。


 口にこそ出さないが、決定的な終わりを迎えようとしていることを、彰も阿弥も肌で感じ取っていた。

 だから彰は阿弥をここへ連れてきた。

 どうしても伝えなければならない事があるのだ。


「阿弥」

「なに?」

「…………好きだ、阿弥のことが」

「知ってる」

「なんだ、バレてたか」

「ええ。それはもう、丸わかりよ」


 2人の視線が交わり、穏やかな空気がたゆたう。

 告白という劇的なイベントには似つかわしくない雰囲気かもしれないが、彰と阿弥の関係を鑑みれば、案外こんなものかもしれない。


「それにしても、こんなに良いムードの場所に連れてきて告白するなんて、正直、見直したわよ?」


 ドラマのような演出をするとは意外だった。

 阿弥は気分が良くなり、彰の首に両腕を回す。


「阿弥……?」


 慣れていない彰は、反射的に身を強張らせてしまう。


「始めてじゃ、仕方ないわよね」


 彰の様子を見て、阿弥は察した。

 仕方ないので経験者の阿弥の方から、そっと唇を重ねる。

 情けないことに、彰は柔らかい阿弥の唇が離れるまで地蔵状態だった。


「終わったけど?」


 ずっと余韻に浸りぼおっとしていた彰に、阿弥はややキツめに声をかけた。


「は! ご、ごめん……」

「ファーストキスの相手が好きな人って、どんな気分?」


 余裕たっぷりに、阿弥は彰の顔を覗き込んだ。

 そこには経験者ならではの、ゆとりがある。


「そ、そりゃあ最高の気分に決まってるさ」

「ふうん。良かったわね」

「阿弥は、ずいぶん慣れているようだけど……」

「女の子に、そんな事を聞いては駄目よ?」


 彰が言おうとしていたことを遮り、それなりに真剣に阿弥はめつけた。

 マナー違反に少し気分を害したため、意地悪をすることにする。


「新品じゃなくて、がっかりした?」


 儚げな表情を浮かべ、彰の目を見据える。


「そ、そんなことは」

「男の人は、処〇が好きだものね」

「お、俺は、まだ経験していないから、そういうのがわからないだけだよ」


 自分が何を口走っているのか、彰はわからなくなっていた。

 とにかく阿弥の機嫌を、これ以上損ねないようにするだけで背一杯である。


「それって、誘っているのかしら?」

「さそ……? ちが、そうじゃなくて」

「くすくす、冗談よ。こんなに動揺するなんて」


 自分にもこんな時間が過ごせることに、阿弥は驚いていた。

 まるで恋人のように、2人は自然と手を繋いで歩いていく。


――ずっと、このままでいられればいい。


 普通なら叶う、ごくささやかな願い。

 しかし、その願いは予期せぬ闖入者によって脆くも砕かれた。


「彰、その子から離れて!」


 ナターシャが銃口をこちらへ向けて、駆け寄ってくる。

 とても友好的な態度とはいえなかった。


「はあ? なに言ってるんだ?」


 内心でやっぱりかと思いつつも、あくまで彰はすっとぼけてみせた。


「というか、今いいところなんだから邪魔するな」

「その子は、冬月阿弥はアナスタシアの一員なのよ!」

「証拠はあるのか? そもそも、どうしてここにいるのがわかった」


 無論、彰は誰にも言っていない。

 大体、思いつきで小樽まで訪れたのだから、普通ならわかるはずがないのである。


「そんなこと、今はどうでもいいでしょう!」

「銃を突きつけて強引に従わせる。それがそちらのやり口か?」

「……とにかく、冬月阿弥の身柄を拘束します。これは上からの命令なのよ」


 反駁する彰に業を煮やしたナターシャは、一方的に要求を告げる。

 軍人相手なら、それで通用しただろう。

 しかし、彰は違う。


「ここは日本だぞ! さっさと銃を下ろせ馬鹿野郎!!」


 頭にきた彰は、むしろ余計に反発した。

 従うはずがない。


「なっ……」


 ナターシャは閉口する。

 ここまで頑強に拒否されるとは思わなかった。


 それでも拳銃を構えた姿勢を崩さない。

 ナターシャも彰も、互いに1歩も譲る気はなかった。


――だいたい日本人の身柄を、他国の軍人が勝手に拘束してしまっていいものなのだろうか?


 何とかならないかと思案を巡らせているうちに、彰は妙案が閃いた。


「ああ、そうか。すでに精霊レンジャー課で、冬月阿弥は重要参考人として確保している。そちらに身柄は引き渡せない。こう言えばいいのか」


 順番はこちらが先というのを、彰は主張した。


「これのどこが確保なのよ? 野放しじゃない!」

「精霊レンジャー課の職員が、付ききっきりで見張っている」

「どこに精霊レンジャー課の人間がいるのよ!」


 ああ言えば、こう言う。

 ナターシャの中では水掛け論になっており、頭に血が上りかけていた。

 対して、彰は自信満々のしたり顔で言ってやった。


「すぐ目の前に」

「あっ……」


 どうやらナターシャも思い出したようだ。


「俺は課長の日南さんから正式に任命された、精霊レンジャー課の職員だからな。というわけで、阿弥は渡さない」


 彰の言葉は紛れもない事実だ。

 だからナターシャも返す言葉がない。


「もう大丈夫ですよ、彰君」


 いつの間にか背後に忍び寄っていたのは、彰の上司で課長の日南だ。

 この登場の仕方は、とても心臓に悪い。


「阿弥さんの父である、冬月樹が全て自白しました」

「お父さんが?」


 父が捕まったことに対して、阿弥は気が気でなかった。


「ええ。全ては自分がやったことで、娘は一切関わりはないと」

「お父さん……」

「なので、阿弥さんにかかっていた容疑は晴れました。ロシア軍にはお引き取りしていただきます」


 なぜかは知らないが、日南は阿弥について特に尋問する気はないようだ。

 それどころか、まるで眼中にない、あえて無視しているかのような口調である。


「さすがは俺の上司だな。だが、どうしてここにいるとわかったんだ?」

「それは簡単。彰君の携帯をGPSで追跡したんですよ」

「おい!」


 前言撤回。

 何て野郎だ。

 つい彰は日南の胸倉をつかんでしまう。


「こんなの茶番よ。付き合いきれないわ」


 ナターシャは阿弥を尾行していた、ロシア軍極東軍管区の同士を呼び出す。

 1人や2人の少人数で尾行させたのではない。

 それなりの人数で、ローテーションさせていたのだが……。


「どうして誰も応答しないの!?」


 仮にもロシア軍人である。

 連絡が取れないなどあり得ない。


 何か異常事態がおきているのだろうか?

 ナターシャは焦燥に駆られた。


「何度呼んでも無駄ですよ。先ほど、お引き取りしていただくと言ったじゃないですか。すでに無力化してあります」


 だからこそ、日南は堂々と姿を現したのだ。

 聖騎士パラディンの手にかかれば、これくらい何でもなかった。


「嘘よ! そんなに簡単にやられるはずがないわ」


 だが現実には誰もナターシャの呼び掛けには応じない。

 それが日南の言葉を裏付けていた。


「彰君の台詞ではありませんが、ここは日本です。ウクライナやアフガニスタンとは違いますよ? あまり日本を、精霊レンジャー課を舐めないでいただきたい」


 片頬を歪めた笑みを浮かべて、日南は啖呵を切った。

 しかし、締まらないこと甚だしい。

 その20でアナスタシア事件は終わる予定です。しかし、第四部は全く手つかず……。

 お時間を頂くことになりそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。