外伝 アナスタシア事件 ~その6~
彰と杏華が精霊学園第一分校に編入して2週間が過ぎた。
呆れたことに?
予想していた通りに?
2人も同じクラスになった。
恐らくは日南が手を回したのだろう。
杏華が満足気な顔をしていたのが気になるところではあるが。
学園生活に慣れてくると、杏華が好きになれないと言った理由が、彰には非常によく理解できた。
「子供の集まりかよ」
彰はそのように吐き棄てた。
極めて率直な感想である。
「でしょ?」
杏華は心の底から同意する。
精霊学園はスクールカーストによる差別があからさまだった。
精霊学園のカリキュラムで精霊使いとしての実力が、順位が、明確になってしまうのだ。
成績優秀者はカースト上位に、普通の者はカースト中位に、落ちこぼれはカースト下位にとキレイに住み分けが出来ていた。
そんな中、2年次という半端な時期に編入してきた、2人のニューカマーの実力はいかほどか?
好奇の目を学園の生徒達は隠そうともしなかった。
命がけの戦いをくぐり抜けた2人である。
精霊使いとしての成績は、彰も杏華も当然のように上位だった。
わずか2週間で彰は精霊と、ハオカーと折り合いをつけるコツを身に付けつつある。
周囲も2人の実力を認めた。
これまでの無遠慮な視線が鳴りを潜めたのだ。
さらに彰と杏華がカースト上位と認知されると、2人とお近づきになろうとする生徒が増えた。
特に杏華は、やや垂れ目だが面長の整った顔立ちで、美脚というルックスの持ち主だ。
ひっきりなしに男子が言い寄ってきた。
「好きな人がいるから」
そういう男子たちには彰のいない所で、杏華はハッキリと自分の想いを告げ断っていた。
フラれた男子の方は杏華の好きな人というのが誰かピンとくるので、2度と声はかけてこない。
時折り、彰の事を恨みがましい目で睨みつけるだけである。
この日の昼食を学生食堂で済ませ、2人が教室へ戻ると、いつもの光景が繰り広げられていた。
カースト上位の生徒が下位の者を痛めつけているのだ。
完全に弱い者いじめである。
いじめはどこの学校にもあるものだが、精霊学園の場合は精霊使いとしての実力が無いから、カースト下位だからと、暗黙の了解として当たり前のことになってしまっているフシがあった。
生徒会や風紀委員が差別を失くそうと躍起になっているが、今のところ何の成果も挙がっていない。
「ここの生徒とは、上手くやっていけそうにないな」
やりきれなくなり、彰は大きな息を吐いた。
時期尚早だが、そのように断じなければならない。
親友2人を失った遠因も精霊学園の生徒にあると思っているのだ。
最初から印象は最悪なのである。
目の前でいじめをしている同級生と、阿弥に声をかけてきた連中が彰の目にはダブって映った。
「あんたらみたいなのを見ていると、反吐が出る」
拳を振り上げている生徒の手首を掴んで、彰は止めに入った。
「お、お前。俺は藍家の人間だぞ?」
「知っている。藍涼一、学年1位の優等生様だろう?」
「藍家の、虹七家の人間である俺に貴様は何をしているのか、わかっているのか?」
「ああ、わかって喧嘩を売っている」
にやと口元を緩め、彰は握力を強めた。
――虹七家。
優れた資質を持つ精霊使いを輩出する、7つの名家の集合体である。
精霊使いという武力が国家にとって欠かせないものとなっている現在、虹七家の力は日本の重要な戦力と位置付けられていた。
そして、その副作用として虹七家は日本政府に対して、隠然たる影響力を持っている。
しかし……。
「有事の際にはあまり人を派遣せずに、精霊レンジャー課や自衛隊の精霊大隊に任せて、戦力を温存する虹七家だろ?」
皮肉を交えて彰は事実を口にした。
数年前の根室市街戦のヘタレっぷりは、つとに有名である。
「なんだと!」
「そのくせ態度が横柄とか最悪だよな」
彰は虹七家をこき下ろし嘲弄した。
「貴様、侮辱したな!」
力づくで涼一は強引に彰の手を振りほどいた。
そして彰に対して啖呵を切る。
「そこまで言うからには、覚悟は出来ているのだろうな?」
「本当の事を言っただけだろう?」
「勝負しろ! 高城彰!!」
彰の人を食ったような態度に、涼一は黙っていられなかった。
ここまで虚仮にされて、おめおめと引き下がるわけにはいかない。
「いいぞ。拳でも、精霊魔法でも、俺はどちらでもいい。好きな方を選べ」
もともと彰は荒事には慣れている。
それが原因で大事に至ってしまったわけだが……。
「彰!」
「そんなに心配しなくて大丈夫だ、杏華」
心配そうな面持ちの杏華に、彰は安心させる言葉をかけた。
涼一はそれが余計に癪に触った。
「精霊学園の生徒なら、精霊使いとして勝負するのが当たり前だ! 訓練棟までついてこい」
声を荒げて、涼一は教室を飛び出す。
彰は不敵な笑みを浮かべて、後に続いた。
訓練棟とは、文字通り訓練をするための建築物だ。
いくつもの演習場があり、そのうちの空いていた1つを彰と涼一は占領した。
「取り巻きがいなくていいのか?」
1人でいいのか?
彰は挑発的な言葉を発した。
この演習場には2人の他に誰もいない。
授業中なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、杏華はついてきたがっていたし、涼一の取り巻き連中も同様である。
しかし2人ともサボるのは自分たちだけでいい、というくらいの分別を持っていた。
「貴様に対する温情もある。無様に叩きのめされているところを、奥村さんに見られたくはないだろう?」
余裕綽々の涼一だった。
それとも虹七家の人間としてのプライドだろうか?
「へえ、心配してくれるんだ?」
「勢い余って殺してしまうかもしれないがな」
「気にするな。俺は目の前で2人も親友を殺されている」
平然と彰は言ってのける。
あまりに普通の口調だったので、涼一はさして興味を示す内容ではないと判断した。
「まあいい。そろそろ始めるぞ」
まず涼一が所定の位置につき、次いで彰が正面に立ち呼吸を整える。
そして、模擬戦が開始された。
「行くぞ! 火の斧!」
印を結び終えた涼一が、火の斧を3挺も顕現させた。
火の斧が3方向から彰に迫りくる。
「稲妻の防御柵!」
対して彰は雷の柵を自分の周囲に張り巡らし、火の斧を防ぐという冷静な対応を見せた。
火の斧は稲妻の防御柵を貫けず、弾き返されたのちに消滅する。
「雷の精霊とはな……」
思わず涼一は目を剥いた。
それだけ珍しい属性なのだ。
最も精霊学園の授業で彰は精霊魔法を披露していたから、知っていなければおかしいのである。
涼一が無関心だったのと、いつも彰の隣にいる杏華に目を奪われていたのが無知の原因だった。
「そっちは火トカゲ(サラマンダー)だったな」
「貴様の雷の精霊のが珍しいんだ!」
「カーバンクル?」
どうやら勘違いしているようだが、彰にわざわざ訂正を促す暇はなかった。
矢継ぎ早に涼一が精霊魔法を放ってきたからである。
「稲妻の槍!」
複数の稲妻の槍が顕現し、涼一の精霊魔法を全て叩き落とす。
彰は自身の精霊魔法に手ごたえを感じていた。
「む。なかなかやるな」
まだ余裕のある涼一は、歯を見せながら彰に鋭い視線を投げつける。
「そっちこそ、口先だけじゃなかったんだな」
負けじと彰は涼一の眼光を正面から受け止める。
「認めてやる。貴様は強い。だから俺の最高の精霊魔法を使用しても、貴様なら死なないだろう」
その言葉は、次に涼一が強力な精霊魔法を放つことを示唆していた。
彰はそれに対応しなければならない。
こういうときに限って、ハオカーが今まで行使したことのない精霊魔法を提示してくる。
なぜ、このタイミングなのか?
普段の授業で提示してくれればいいのに。
彰は腹の中で毒づきつつも、ぶっつけ本番の精霊魔法を行使すべく印を結び始めた。
2人の精霊力が急速に高まっていく……。
「炎熱の重量刀!」「雷神の槌!」
彰と涼一の精霊魔法はほぼ同時に完成し、宙空で激突する。
特殊な結界が張られていなければ、演習場を吹き飛ばすほどの威力だった。
びりびりと大気を震わせ、炎熱の重量刀と雷神の槌がせめぎ合う。
せめぎ合いに勝ったのは雷神の槌だった。
炎熱の重量刀は跡形もなく消え去り、雷神の槌が涼一に強襲する。
「馬鹿な……」
呻き声をあげつつも、涼一は精霊力を高め抵抗を試みる。
まともに喰らうよりは遥にマシだ。
そして、直撃――。
炎熱の重量刀が威力を低減させていたおかげで、涼一は致命的なダメージを受けずに済んだ。
しかし、無様に後方に倒れてしまった。
起き上がろうとすると全身が軋む。
――負けられない!
藍家の次期当主候補として、ただの一般人には絶対に。
自らの意地と矜持にかけて、涼一は立ち上がった。
「そっちはまだ、精霊魔法を放てるのか?」
突然の彰の問いかけに、
「当然だ」
涼一は精一杯の虚勢を張った。
「そうか。じゃあ俺の負けだな。もう精霊力が残っていない」
あっさりと敗北宣言をし、彰はペタリとその場に座り込む。
その様子に涼一は目を瞬いた。
「負けを、自ら認めるのか?」
「ああ。さすがに藍家の次期当主候補だけのことはあるな」
彰は晴れ晴れとした表情を浮かべた。
妙にすっきりとした気分だ。
「引き分けだ」
気が付けば涼一は、そのように言っていた。
本音をいえば余裕は全くないのだ。
彰の戦意が無くなったことで一気に緊張が解け、涼一はその場にへたり込んだ。
相手が素直に敗北を認めていることに乗じて、勝ち誇るほど涼一の器量は小さくない。
それよりも気になる事が2つほどあった。
「さっき言っていたことは本当なのか?」
「何の事だ?」
「親友を殺された件だ」
「……本当だ」
彰の顔が虚ろなものへと変化する。
それが事実を告げていた。
「アナスタシアのマトリョーシカ(人形)と呼ばれるロボットによってな」
「それは夏休みの話か!?」
「ああ、つい最近の話だ。そういえば、ここの生徒も死んでいるのか」
今さらな話だった。
優と慎二のことで頭が一杯で、彰は精霊学園の生徒のことを失念していた。




