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翌日、憂介は朝から出掛け、私は居間の掃除をしていた。ふと、なんだか煙たく、何かが燃えているような気配を感じる。慌てて屋敷内の扉を開けまわるも何もない。しかし庭に目をやると、そこには咬介の姿があった。火を焚べ、何か燃やそうとしているようだ。その足元には、当代夫人であった奥様の肖像画が複数枚、廊下に飾ってあったものも含め置かれていた。
「何してるの!!」
叫び庭へ駆け出した。咬介はこちらに気づくと、
「見てわからねぇのか、焚き火で暖を取ろうとしてるところだ」
悪びれもなく答えた。慌てて肖像画を抱え、離れた場所まで運ぶ。
信じられない。なんてことを。これは憂介の大切なお母様であり、思い出なのに。この男にとって奥様は子供の頃自分とお母さんを追い出した憎い相手かもしれないが、それにしても酷すぎる。
震えながら咬介を睨み威嚇する。
「燃やそうとするなんて!奥様の肖像画を。よくも……!自分が何をしようとしたかわかってるの!?憂介様がこんなこと、お許しになるとでも!?」
「そこら辺にあった火をくべるのに丁度いいものが、それだったってだけだ。それにアイツの許しなんていらねぇ。この紅獅子財閥はもうすぐ俺のものになる予定なんだからな」
「誰が……!あんたなんかに!!」
「口を慎めよ、使用人」
咬介は凄みを効かせた声で睨む。
「メイド風情が俺に楯突いていいと思ってんのか?お前なんて今すぐクビにしてやってもいいんだぞ」
「……私の主人は憂介様です。貴方に従う筋合いはありません」
「いいからそこをどいて絵を渡せ」
「嫌です」
「……何度も言わせるな。そいつを渡せ。今すぐに」
睨み合い、張り詰めた空気が流れる。強気に出たはいいが、内心怯えて、全身は小刻みに震えている。眉を吊り上げ低い声で威嚇してきて、この男が本気で怒っていることが分かる。それでも、憂介が大切にしている奥様の肖像画は、なんとしても守らなくては───!
咬介は暫く黙っていたが私がなかなか引かないことで埒があかないと悟ったのか、思いついたように、
「じゃあ代わりに火を焚べるものを渡せ。そうだな、その服はどうだ?今ここで全部脱いで焚べるなら、絵は燃やさないでやってもいい」
易い挑発だ。
「どうせできねぇんだろ?くだらねぇ。ホラ、さっさとそこ退いてそいつを差し出せ」
じり、とヤツの足が近づく。
私は睨みながら、徐にエプロンを外し、火に近づき中に投げ入れた。次にカチューシャ、タイツを脱いで、全部焚べる。ヤツは面を食らったような顔をしているが気にせず、黒のワンピースのファスナーを下ろし脱ぐと、それも乱暴に火の中に投げ入れた。
下着姿になり、ヤツを見据え居直った。庭先に吹く風はまだ冷たく、何も纏わず全身を晒している格好はかなり堪えたが、それでも頭と顔だけは怒りで沸騰しそうなほど熱かった。
「これでいいですか?では絵は全て返してもらいますね」
両脇に絵を抱え、くるりと背を向けてその場を去る。
「待てよ」
呼び止められ、眉間に皺を寄せたまま振り返る。険しい顔で虚勢を張ってはいるが、恐怖で縮み上がりそうだ。咬介は煙草を咥え火をつけると、
「俺は全部脱げって言ったんだよ」
指を指して口を歪めた。
「それも脱げよ」
今纏っているのは下着だけ。全身が心臓になったように早鐘を打った。
「お前の覚悟もアイツへの忠誠心も、そんなもんか?」
にじり寄ってきては、舐めるような視線で身体を見つめ、勢いよく左の乳房を下着の上から掴んだ。
「……なんなら手伝ってやるよ」
肩紐を指に絡め、ゆっくり下げようとする。私はその手を掴んで制止させた。
咬介はつまらなさそうにし、煙を私の顔に吹きかけた。だが、その下から現れた私の顔は、怯えてもいなければ泣いてもいない。ただ変わらず目の前の男を睨み続けている。
「……手伝って頂かなくても結構。自分でできます」
両の肩から自分で紐を外し、上半身の下着を脱いだ。臆せず隠さず、堂々と火に焚べようとしたとき、今度は咬介が私の手を掴み制止させた。
「くだらねぇ。興醒めだ」
……勝った。意地の張り合いのような喧嘩だったが、奥様の肖像画も守れた。
小さく安堵の息をつき、背を向けて絵も回収しその場を去ろうとした、その瞬間。咬介の左手が勢いよく私の両頬を掴み口を覆った。ギリギリと音を立てるように締めつける。苦しく、息もできないほどの衝撃に、声も出せない。
「───ッ、!」
「やっぱりこういうのは、嫌がってるのを無理やりねじ伏せるのがいいんだよな!」
恐怖と息苦しさで眩暈がする。声を出したくとも叶わず、目の前の男は悪魔のように高笑いした。
「ほら泣け。叫べよ。抵抗して俺を愉しませろ」
もがき身体をくねらせ、両腕の肖像画を落としてしまう。だがようやく自由になった両手で咬介を突き飛ばすと、息切れした状態で体を立て直した。充分に息を吸い込み呼吸を整え、落ち着かせる。目は潤み、それでも涙は流さまいと、キッと目を吊り上げ睨んだ。
「……気に入らねぇな。その目」
翡翠の瞳と紅水晶の瞳は交差し、空で絡み合う。
「どこまでも俺を苛つかせやがる。……憂介の慰み女の分際で」
「───私はッ、紅獅子家の使用人で、憂介様に支えているメイドです。それ以上でも以下でもありません」
「もう黙れよ」
───本気で怒っている。紅く光る瞳からだけでなく、身体全体から焔があがるような怒りに圧倒される。
「俺が次期総帥になったら、テメェなんてすぐに追い出して路頭に迷わすことだってできる。俺に楯突こうだなんて思わないことだ」
「ふざけないで」
声はうわずり、震えていて情けなさが滲み出ている。それでも睨みつける瞳を緩めようとはしない。
「紅獅子家を継ぐのも、次期総帥になるのも憂介様です。あなたなんてお呼びじゃない。もしあなたが邪魔するというなら、私がここから追い出してやる!」
「面白れぇ」
咬介は勢いよく顎を掴んできて、額がくっつくんじゃないかという距離まで近づくと、
「出来るもんならやってみろ。お前如きが何処までやれるか見ものだな」
ようやく手を離し、私は勢いでその場に転げた。咬介は新しい玩具を見つけ目を輝かせた子供のような無邪気さで続ける。
「そうだな、お前の面白さに免じて、そこがもっと成長したらお前だけは俺専属のメイドとして雇ってやってもいいぞ」
胸元を指差し、忘れていた羞恥心を思い出し咄嗟に隠した。
「誰が……!そんなものなるもんですか!」
「もっと抵抗してみせろ。俺を退屈させるな。そうしたら、お前にも面白れぇもん見せてやるよ」
咬介はそれだけ言って去っていった。いなくなったことがわかるとようやく緊張の糸が切れ、地面に手をつき大きくため息をついた。へなへなと腰が抜け、腕はまだ小刻みに震えている。冷たい風がほぼ全裸状態の身体に堪えた。服は全部燃やしてしまい、残骸だけがぷすぷすと情けない音を立てている。
───怖かった。今頃になってから、涙が滲んできた。
アイツは怖くて残虐で、人を人とも思わない行動をとるようなヤツなんだ。憂介からこの紅獅子の全てを奪おうとするというなら、私が絶対に阻止してみせる。
固く誓って、涙を拭った。




