↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翡翠の乙女と双頭の紅獅子  作者: 棗健
破壊───真相───
PR
70/78

16-4

◇◇◇◆ ◇◇◇◆


会場には多くの財閥関係者達が集まっており、新たな白夜会にむけての最終調整を行おうとしていた。


「やぁ憂介、今日は例の婚約者は来ていないのかい?」

小太りの男に話しかけられ、僕は態度には出さないが、内心拒否感を強く示した。


───この男は保守派でも先代派でもない、情勢によってのらりくらりと乗る船を変える軽薄な男だ。西園寺グループの珠代さんと結婚することで得る地位や名声を敏感に嗅ぎつけ擦り寄ってきたのだろう。適当に話をつけ解放されると、僕は珠代さんについて考えた。叔父さんから、彼女の仔細を調べ上げてもらい報告された彼女の身の上は、とても奇妙なものだった。


数年前まで将来を誓い合った婚約者がいたにも関わらず、その婚約者及び関係者が次々と謎の死を遂げている。また、以前までの貞淑で慎み深い珠代の人柄は、まるで別人のように変わり奔放で攻撃的になり、金遣いも荒く豪遊三昧だという。

僕は壁に寄りかかり溜息をついた。彼女はただ紅獅子次期当主の正妻という座を手にしたいだけなのだろう。僕が言えた義理ではないが、このままだと、政略結婚で愛のない生活をしていた両親の二の舞になりそうで憂鬱だ。早いことこんな茶番はやめ、婚約破棄し自由になって欲しいと伝えなければならない。

ぼんやりとしながら、忙しそうに駆ける他の者たちを他所目に再度物思いに耽る。


僕が欲しいのは、たとえ立場が変わっても、全てを失くしてもそばに居てくれるひと。無償の愛。そしてそれは、いつも僕に寄り添い笑いかけてくれていた、美夜だった。だが咬介の登場により、彼らは互いに惹かれ合い、そして美夜は僕の元を去ろうとしている───。


裏切られた、と最初は思った。だが、きっとそうではない。ただ少し掛け違った結果、僕から彼女の手を離してしまったのだ。

もし僕が、枯渇血病を発病しなければ。咬介の助けを受けなければ。彼女が、僕のために咬介に身を捧げなければ。そして僕が、彼女を信じきれていたならば───。

全ては後の祭り。運命は残酷な方向へ動いてしまったのだ。ただ僕は、何もしなかった。それが、僕の罪───。


ふと、咬介が煙草を吸いにバルコニーへ出ていくのを見つけた。後ろを追いかけ、隣に立った。咬介はこちらを睨むと、何の用だと尋ねてきた。付近の見回りでもしていたのか、腰には黒烏刀を帯刀してある。昨日の件もあり俄かに心が騒ついたが、落つかせてから話しかける。


「……ついに白夜会が再度仕切り直して開かれるけど、次期当主は現総帥からの推薦と決定じゃなくて参加者の投票で決まるらしいね。実に平和で民主的じゃないか。真剣を使った決闘とかじゃなくて本当によかったよ」


冗談を交えた僕の言葉に、咬介は変わらず黙して何も語らない。


「……以前、次期総帥の座を君に譲ると話したこと、覚えてる?あの時はああ言ったが、やはり君は美夜を手放すことは考えられないようだね。……なら、僕も最後まで戦うよ。どちらが次期総帥と、美夜の伴侶に相応しいか───……。後者は、美夜の心が僕に向かうまで、いつまでも待つつもりだから。長期戦の構えだ」


僕はしばらく推し黙った後、咬介に質問した。


「君は、どうして紅獅子財閥の頂に立ちたいの?紫苑様との約束のため?それとも意地?」


咬介は煙草を咥えたまま、やはり答えようとしない。僕は小さく笑うと静かに語り出す。

「……君に質問する前に僕も答えるのが礼儀だよね。僕は、初めは敷かれたレールの上を往くのが正しいと思っていたんだ。……だが、そのうち、そのレールは僕の為に用意されたものじゃない、別の者に宛てがわれているとわかった途端、奪わなくてはいけないと思ったんだ。僕だけが持つことを許される権利なんだから、誰にも奪わせないと母さんも言っていたしね。

……でも、最近思う。僕はその頂に立った後、一体何がしたいんだろう、って……」


遠くを見つめながら、あなたは必ず紅獅子の次期当主なるのよと母から強く言い聞かされていた頃を思い出す。本当に欲しいのは、頂点ではなく、何者であろうとも変わらず愛してくれる存在だった。母に、それを求めていた。

───そして今度は、美夜に求めた。


頂に立てば、僕はそんな尊い存在になれると信じて進んできた。だが伽藍堂が頂に立ったとしても、きっと誰も幸せになれない。中には何もないのだから。それでも止まることができない。僕は、誰かに止めてもらいたいのかもしれない。


咬介は煙草を足元に捨て踏みつけると、くだらねぇ、とぽつりとこぼした。そしてこちらを煽るように見ると、


「男に生まれたからには頂点に立たなきゃつまんねぇだろ。意味も理由もねぇ。全員俺の部下と子分にしてやって同じ景色を見せてやる。それだけだ」


子供のような答えに思わず口を開けたまま呆然としてしまう。そしてそのまま、あははは、と笑って目尻の涙を拭った。

咬介。君とは、どこですれ違ってしまったんだろう。きっと僕たちは、気の合う友人になれたはずなんだ───……。


「アイツのこと何十年でも待つ、って言ってやがったな。そいつは無駄だ。あれはもう俺のもんだ。諦めろ」


咬介は煙草を消し、スタスタと出口に向かっていく。どうしたんだい、もうすぐ会議が始まるよと声をかけると、汗をかいて苛立ちながら、


「……なんだか嫌な予感がすんだよ。あの女───、お前の婚約者とか抜かすあの女。前にすれ違った時にも感じた。あれは───微かだが剣妖の気配がする」


えっ、と立ち尽くすと、彼女の様子が以前と変わったと報告を受けたことを思い出す。


「今日ここに来て探りを入れようとしたが、いねぇとなると───西園寺の家に乗り込んで正体を明かす」

「待ってくれ」


僕は急ぐ咬介を制止した。咬介が帯刀していたのはこのためか。


「僕も行く。先に屋敷に戻っていいかい。刀を取りに行く」

「必要ない。俺だけで行く」

「違うんだ。美夜の様子も気になる。剣妖が擬態した姿が彼女───珠代さんなら、もしかするとその目的は美夜かもしれない」

「ッ……、どういうことだ」

「向かいながら話そう」


僕と咬介は走って建物から抜けると、車に乗り込み屋敷へと急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。