↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翡翠の乙女と双頭の紅獅子  作者: 棗健
星の下のワルツ
PR
55/78

13-3

◆◆◆◇ ◆◆◆◇


パーティーは終盤にさしかかり、俺はバルコニーに出てひとり煙草を吸っていた。


西園寺グループの令嬢と繋がりを持つことで競争にリードした憂介たち保守派を、苦々しい目で警戒しながら今後の作戦を立てようとしている右近たちを他所に、俺はもう今後の紅獅子財閥の行末など興味を失くしていた。

頭の中を何度も反芻する、先ほどの場面───憂介と美夜の口付け。最初に感じた感情は、人の所有物に手を出しやがって許さねぇという怒りや独占欲、支配欲ではなく、何よりも先に、ただ、胸が痛かった。


───美夜が、優二郎に言われ黒烏刀を奪おうとしていることは知っていた。右近に預けた刀の場所も把握していた。だが、憂介の婚約者を発表され悲しみに暮れる彼女を見てしまい、その果てに駆け落ちの約束と接吻の一部始終を目撃してしまうと、外れ者は自分一人なんだと改めて認識した。そのまま勢いで鍵を渡し、刀も好きにさせて自分からも解放させた。


───これでよかったんだ。───


初めて会った日から、宝石のような翡翠の瞳に心臓を掴まれ目が離せなかった。母と同じ色の瞳を持ったその女は、生意気で向こう見ずで、憂介に忠順だからこそ余計に神経を逆撫でしてくる。最初はただあの野郎のものを全て奪ってやる、という身勝手な理由だった。だがいつの間にか、こいつの前では自分らしく自然に振る舞えることに気づき、自分の手を焼いてでも側に置いておきたいと思うようになった。

自分にとって一番大切な家族である紫苑に会わせたのだって、単に余命短い紫苑を安心させるためだけではなかった。自分にとってこれから大切な女性になる予定の女だと、紹介したかった。───たとえ、彼女の中では自分はそんな立場になかったとしても。


母の墓前に花を添えたいと言われた時だって、今までそんなふうに言ってくれた人は誰一人としていなかった。なのにこの女は生前母が好きだった花を添え、手も合わせてくれた。


───自分の中で、確実に彼女の存在が大きくなっていく───。


無理やり体の関係を持ってしまったことで強く傷つけてしまい、深く後悔し反省した。それと同時に少なからず高揚感を覚え、そして手放さなければいけない選択に駆られた今、彼女に自分を刻めたことを糧に、この先彼女のいない未来をひとりで生きて行こうと思った。


夜風は涼しく、流れる音楽は軽快なのに、気分だけはずっと海の底に沈んでいくように落ちていく。ふと、いつの間にか隣に黒の服を纏った馴染みの男が立っていた。


「ひとりか?寂しいな」


無表情を崩さないその男は、目線は先にある噴水に向けたまま声をかけてくる。

「右近。……何の用だ」


俺は苛立ちを隠さず一瞥する。

「いや。パートナーに裏切られた男を嗤おうかと思ってな。煙草を一本貰おうか」


俺は黙って箱を差し出すと、右近は摘み出し火を点け一服する。


「一緒に紅獅子を乗っ取ろうと共闘を組んでもう一年か。……早かったな。お前には何度も憂介を出し抜くチャンスがあったのに、何故しない。私には到底理解できないね。自ら敵に塩を送るなど───」


右近は続ける。


「私はただ憂介率いる保守派連中が気に入らないから、あ奴が後継者になるくらいならお前を総帥に仕立て上げ、それから私が経営するためにお前をこの計画に引き込んだだけだ。……現総帥も、自分の孫である憂介よりも私に次の経営を担ってもらいたがっているからな」


右近の話を聞き流しながら、俺は思う。

───右近たち元老院派の連中と手を組んだのは、その方が憂介と対立しやすいからという単純な理由からだった。ただ紅獅子財閥が欲しいだけのこの男とは、互いに利害関係が一致していた。憂介のものを全てを奪うことが目的だった俺は、総帥の座についた後、速やかに経営権を明け渡すという約束だった。


「……お前はいつもそうだ。大事なものほど手放してはいけないのに、自分の選択よりも人の想いを優先させてしまう」


「……何が言いたい」

「お前は私に似ている」


目の前の男の言葉に、俺は眉を顰め視線を送る。


「いつもどこかで自分を殺し、大事なところで人に判断を委ねてしまう。……私は、お前が不憫でならない」

「同情か?さっきまで人のことを散々駒だとか抜かしやがってたじゃねぇか。勝手に共感感じてんじゃねぇよ」


美夜に決めさせるべく鍵を渡しはしたが、そうしたのは自分の意思だ。たとえ、自分は孤独になろうとも。


「たまには自分に素直になってはどうだ。欲しいものは手放さない。失くしたくないものは大切にする。……簡単なことだ」

「……なんでお前にそんなこと言われなくちゃいけねぇんだよ」


「言っただろう。お前は私に似ている。……だから、お前には判断を誤ってほしくないんだ。」


右近はそう言い、ゆっくり去ろうとする。立ち止まると、背中を向けながら、


「私は現総帥の恩に報いるためにも、紅獅子財閥が欲しい。そのためならどんなことも利用してみせる。お前はただの駒だ。……だが、駒が幸せになってはいけないということもない。……良かったな。どうやらお前は勝ったようだ」


そう言ってその場から消えた。

俺はその言葉にハッとすると、刀の部屋へ急ぐ。鍵が開いたままの扉を開けると、そこには───。


自身の愛刀、黒烏刀があり、月明かりに照らされ光を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。