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それから数週間が経過し、ついに社交会が開かれる日がやってきた。私自身も後から知って驚いたのだけれど、パーティーとは舞踏会で、女はドレスを、男はタキシードで幕間にダンスをするというのだ。
「ちょっとぉ、私ダンスなんてやったことないしできないわよ……!」
「んなもん俺だって同じだ」
「そんなぁ。どうすんのよ……」
恨めしそうに泣き言を言う。
「んもぅ、美夜ちゃんいい加減腹括んな。せっかくこの静ちゃんがそのドレス見繕ってあげたんだから!」
静さんは銀と淡いブルーのドレスを用意し、髪も上品に結ってくれた。こんなお姫様みたいな格好は初めてで、とてもじゃないが落ち着かない。
「あ〜いいなぁ。紅獅子財閥の舞踏会なんて庶民は逆立ちしたって行けない場所なんさね。仕事がなければ静ちゃんが行きたかったわぁ」
唇を尖らせ、静さんは咬介のヘアセットをしながらぼやいた。咬介も私のドレスと色調を合わせた銀色のスーツで、涼やかな装いに後ろに流した髪が爽やかだ。
「……でもダンスの時間とかになったらどうするつもり?」
心配し尋ねると、
「その時だけ外にバックれたらいいんだよ」
無責任な答えに呆れ返る。でもいざとなれば咬介についていってしまおう。それに目下の心配事はダンスではなく刀だ。未だどうするか決めていないし、そもそも会場にあるかどうかすら分からない。
何処にあるのか、咬介にだって聞けないし……
もし目の前に黒烏刀を臨んだとして、私は見て見ぬ振りをするのか。それとも奪取し優二郎様に捧げるのか……。答えを出せぬまま、車に乗り込み社交会が開催される邸宅へ向かった。
車中も緊張で目が回る思いが続く。
「痛っ……」
慣れないハイヒールで早速踵に靴ずれが出来てしまった。こんな中数時間過ごさねばならないのか……。顔を青くしながら消沈していると、着いたぞと言われ、車から降り辺りを見渡してみる。会場はとても広く大きく、噴水や巨像も置かれた豪邸だった。ここが元老院派筆頭、右近の邸宅───。皆続々と集まってきており、赤や青といった色とりどりのドレスに身を纏った紳士と淑女たちが互いに手を取り合い、屋敷の中へ入っていく。
エスコートって言ってたけど、咬介も私をあんな風に連れていってくれるのかしら……。
その期待は数秒後見事に砕かれた。咬介は何も言わずこちらに気もかけず、さっさと歩いて会場内に入っていく。呆気に取られ、ちょっと待ってよ!と後ろから声をかけるも、靴連れで痛む足にに手間取りうまく歩けない。半泣きになっていると、後ろから肩を叩かれた。
「よろしければお手を」
そう言って手を差し出したのは、薄紫のスーツに身を包んだ憂介だった。
微笑み佇むその姿に、つい目を奪われ惚けてしまう。慌てて意識を戻し、そんなわけにはいきませんと固辞しようとしたところで思わずバランスを崩し倒れ込みそうになった。
「きゃっ……!」
しっかりと腕を抱かれ支えられる。鼓動が高鳴り、ただ一瞬視線を交差させただけなのに時間が止まったかのようだった。
───数ヶ月前までは共にあったはずの、優しくて頼りになる私の大好きな京四郎の腕。広い胸板。ほのかに香る石鹸の香り。漆黒の瞳は今は紅く輝いているが、今でも変わらない、私を見つめる優しい眼差し───……。
激しく胸を打つ鼓動を抑え、先に行った咬介を追いかけなきゃとその手を外すも、再度バランスを崩しそうになり、また転ぶよと言われ優しく支えられる。大人しく観念して手を支えてもらい歩くと、私たちに周りの視線は集まった。
───側から見たら、私は憂介のパートナーだと思われてしまうかしら───
そう思い、ふと、憂介は誰を相手として連れてきたんだろうと気になった。見たところ近くに女性はいない。訊こうとしたところで憂介は丁度声をかけてきた男に対応し、私はぽつんと取り残されてしまった。
手持ち無沙汰になり会場を見渡していると、高い天井から伸びるクリスタルのシャンデリアや派手な装飾、絢爛豪華な調度品が立ち並び、見たこともないような甲冑や絵画が立てかけられている。前回白夜会が開かれたのは和を基調とした落ち着いた場所だったため、西洋のインテリアが施された屋敷内はとても興味深い。きょろきょろと周りを見渡していると、一人取り残されている状況に周りからの嘲笑のような声と視線が刺さり、居た堪れない居心地の悪さを感じた。
少しでも離れないと、パートナーだと思われたら憂介に迷惑かけちゃうよね───。
裾の長いスカートを両手で持ち、人気の少ない場所へと進む。ついでに咬介のことも探さないと。どこ行ったんだろう───。
きょろきょろと周りを見渡しながら屋敷内を徘徊していると、廊下突き当たりに大きな扉があった。何の気なしにドアノブに手を触れようとしたその瞬間、何者かに強い力で手を掴まれた。そのまま背中を強くドアに押しやられ驚いていると、男が酷く恐ろしい形相でこちらを睨んで見下ろしていた。
白髪で背の高い貫禄のある姿の男───先の白夜会のときに一度だけ見かけた。この男はこの屋敷の主人、右近───!
そう気づくも右近は、私の手を掴みながら恐ろしい剣幕で言う。
「ここに何の用だ」
「あっ……私……お、お手洗いはどこかなって……」
慌てて言い訳し誤魔化すも、右近は手を離さず私を睨みつけながら続ける。
「お前は憂介の元使用人の女ではないか。今は咬介の元にいるようだが、間者の真似事か?」
手に力を込められ、思わず痛い、と零す。
「やはり女は信用ならないな。大方黒烏刀を捜しに来たんだろう。咬介が悲しむぞ。……お前のこと、周りがなんと言ってるか知っているか?憂介を裏切り元老院派の男についた尻軽女、そして俺たちからすると信用のおけない背徳者だ。お前の居場所など何処にもない。咬介を誑かし籠絡するようなら、俺たちはどんな手を使ってでもお前を消す」
真っ直ぐに向けられた悪意に何も言い返せぬまま、胸を刺されたような怒りと悲しみで思考は停止する。右近は止まらず、
「咬介も我々の駒に過ぎぬ。紅獅子財閥を継がせた後は目障りなものとして全てを排除できる立場にあるんだ。我々は」
「こ……咬介が駒って……どういう……」
「我々は保守派を排除し、紅獅子憂介が財閥からいなくなることが目的。咬介なんぞ、総帥の椅子に就いた後はなんとでもできる。そう、事故に見せかけて殺すことだって───」
「やめて!!」
大きな声に、私自身が驚いた。怯まず睨みつけながら、
「どうしてそんな酷いこと……!」
「何故それほど憤る?お前は憂介の間者だろう。それとも咬介に抱き込まれ情が移ったか?」
右近は片手で私の顎を掴んだ。粗忽な指が強く両頬に食い込む。
「全ては現総帥の意向のままに。逆らう者は制裁を下す。小娘一人がしゃしゃり出ようとするな。それに咬介だって、総帥を目指すのは自身の意思ではなかろう」
───咬介は紫苑さんとの約束で総帥になろうとしている。確かに自身の意思ではないかもしれない。だけど───。
「咬介のことを勝手に決めないで」
体は震えつつも、視線だけは屈しないと強く睨み言い放つ。
「何が元老院派よ。咬介のこと利用して、良いところだけせしめようなんて根性悪いのよ!卑怯な手で手に入れたものなんて簡単に失くすわ」
「口を慎め小娘」
右近は指に力を込め凄む。
「お前が咬介を唆して憂介に手術を受けさせた戦犯だな。最大の好機をみすみす手放し敵に塩を送るなど……!お前さえ居なければ!!」
もう片方の手で私の首を掴もうとしたその瞬間、その手は現れた男によって掴まれ阻止された。
「……!咬介!!」
「人の下僕に気安く触るな」
腕を捻りあげ、右近は私から手を離す。私はようやく苦しさから解放され一息つけた。右近は我々を睨み、つまらなさそうな表情を見せるとその場を去ろうとした。その背中に向け、咬介は言う。
「お前が俺を駒と使い利用するのは勝手だ。だが忘れるな。俺もお前たちを利用しているに過ぎねぇってことをな」
ぴた、と歩みを止め振り返り、
「駒風情が一端の口を叩くな。俺たちを利用できるものならしてみろ」
そう言い服を翻し去っていった。




